[インタビュー] コホート研究こそが循環器疾患予防の出発点
今井 潤(ゆたか)氏
(東北大学大学院薬学研究科臨床薬学教授)
大迫研究は偶然の会話をきっかけに始まった
―まず,家庭血圧が疫学研究へとつながったきっかけを教えていただけますか。
今井: 私は血圧の変動や動揺性に関心があり,大学で家庭自己測定血圧と自由行動下血圧を研究していました。一方,永井先生は地域医療のなかで,住民の健康意識がもっとアクティブにならないだろうかと思案していました。そしてある日,永井先生と偶然,同窓会で再会したのです。永井先生との会話の中で,私は自己血圧測定が健康意識の向上につながるのではないかという提案をしました。それが大迫研究のスタートです。
早池峰ダムから早池峰山をのぞむ
無理のない方法で長く続けられてきた家庭血圧測定
―家庭血圧の理想的な測定の仕方として,たとえば朝なら起床後1時間以内,排尿後,1~2分安静,朝食・服薬前という指針があります。これらは,研究のなかで徐々に固まってきたのですか。
今井: そうですね。臨床的な意義と,実際に測定する際の利便性の両面から検討したものです。
まず,朝と夜の2回測るのが家庭血圧の原則です。起床直後,あるいは覚醒直後に布団に入ったままで測ると,想像以上に血圧が高いのです。また,排尿すると血圧が下がるので,その後に測定します。1~2分の安静については,ほんとうは5分といいたいところです。しかし,毎回5分安静にしろといっても,なかなか難しいのです。我々がずっと監視しているわけにもいきません。そのため,実行のしやすさを考えて1~2分としています。服薬前,食事前というのは,薬や食事の影響が最小限になるからです。
とにかく毎日,継続的に測ることが大切です。いろいろとうるさいことを言った結果,守られなかったり,測ってもらえなくなったりするほうが困るのです。
大迫保健福祉センター
―測定した血圧は,どのようなかたちで記録しているのでしょうか。
今井: 血圧計に内蔵されているICメモリーと,手書きの記録用紙の両方です。ICメモリーがあるので記録用紙は必要ないともいえますが,測定値を自分で記録するという能動的な行為には大きな意味があります。たとえば服薬コンプライアンスや,それにともなう受診へのコンプライアンスも改善します。健康への意識を高めるというのは大迫研究の原点ですので,やはり記録は続けていただきたいと思っています。
健診結果は時間をとって一人ひとりに説明
手書きの検査案内や,わかりやすくまとめられたポスター
―基本健診の受診率は6割と,他の自治体にくらべて非常に高いですね。
MRI写真を見ながら診察
「血圧」だけではマンネリになってしまう
―大迫研究のメインである家庭血圧研究や自由行動下血圧研究への参加率はいかがですか。
今井: 当初は7~8割でしたが,実は少しずつ減ってきています。どうも,「血圧」だけではすこしマンネリになってしまうようですね。非常に難しいと感じるのが,地域住民のかたがたに,いかに継続的に健康への興味を持ち続けてもらうかということです。MRI,糖負荷試験,ホルター心電図など,新しいテーマも積極的に取り入れています。
地域の要求に応えていきたい
―研究としても,これから認知症などに対象を広げていくのでしょうか。
今井: いま,いろいろなところで「病気の予防」が叫ばれています。しかし,実際にどういうかたちで予防に力を注げばよいかというと,その出発点はコホート研究以外にありません。大迫研究でも,高血圧自体というより,その結果としての血管障害や臓器障害が問題になるわけですから,そうした部分もきちんととらえる必要があります。
歯科検診車 歯っぴい号
最近は認知症,うつ病や自殺も,地域の大きな問題になってきています。歯が抜けるということも非常に健康に影響があるため,歯科の検診も3年前から始めています。つまり,この地域でいま何が必要なのかという視点に立つと,必然的にそうしたテーマも含まれてくるのです。うつ病は高血圧や循環器疾患にもつながりますので,その解析もしていきたいですし,MRIでみた無症候性脳梗塞や,歯周病と心疾患など歯科の結果も,これから出していければよいと思っています。