[インタビュー]蓄積データを住民に活用したい
沼岡 寿恵氏
(北見市端野総合支所保健福祉課 健康推進担当)
増加する肥満の背景に,「快適な」農作業
―最近の端野町で,気になる変化はありますか。
沼岡: 私は1990年からこの端野町で働いていますが,最近気になるのは肥満や糖尿病の増加です。とくに男性の肥満がとても増えています。端野町では,30代でもBMIが高い人が多い傾向にあります。
―それは生活習慣の影響なのでしょうか。
沼岡: 先日,農業青年団の方たちに実態を聞いて驚きました。トラクターなどの農機を運転するのは主に男性なのですが,トラクターは最近大型化していて,エアコンやオーディオがフル装備なんだそうです。だから非常に快適で,30 ℃を越えるような真夏の農作業でも,まったく汗をかかない。びっくりして,「でも,後ろくらい振り向くでしょう?」と聞いたら,「モニターがついているから,後ろも振り向かない」って。ほんとうに,乗って降りるだけという感じですね。
女性のほうは,主に農機のうしろでの作業をするので,とても大変です。それなのに,暑い時期はそうめんや水かけごはんなどで簡単にお昼をすませてしまう人もいて,女性の貧血が多くみられます。体重も,むしろ「やせ」の傾向です。
農繁期は食事の時間も不規則です。若い人は農作業が終われば焼肉を食べたりお酒を飲みに行ったり。
トラクターでタマネギの収穫を行う
端野で特徴的なのは,タマネギのカレーと焼肉
―端野町はタマネギ農家が多いとききましたが,食習慣でなにか特徴的なものはありますか。
沼岡: ここではタマネギをとてもたくさん食べます。ふつうの家庭でも10キロ入りで買うくらいです。カレーは,タマネギを5個も6個も使って,水は加えずにタマネギの水分だけでつくる家庭もあります。甘くておいしいのですが,実はタマネギってとても糖分が高いんですよね。また,このあたりではカボチャやイモもよく食べます。根菜というのはカロリーが高いものなので,摂取カロリーが偏っている面はありますね。それと,北見に来たときには,焼肉屋が多いことに驚きました。
―肉の消費量も多いのですか。
沼岡: かなり多いと思います。焼肉屋さんで食べるだけでなく,アウトドアでも焼肉をするんです。学校の炊事遠足でも,交流会でも,運動会でも焼肉。だから,北見のホームセンターでは,ふつうの店舗の3倍以上の焼肉セットを仕入れるんだそうです。住民の方々には,焼肉のカロリーなどについても話をするようにしていますが,食習慣を変えるというのはやはり難しいものですね。なかなか浸透しにくいと感じます。
広大なタマネギ畑
端野・壮瞥町研究のデータには,保健師としての責任を感じてしまう
―そうした生活習慣に対して指導をするときには,端野・壮瞥町研究の解析の結果も使われるのでしょうか。
沼岡: ええ,健診データはすべて集団健康教育や家庭訪問に使っています。また,札幌医科大学のほうで新たに検討したいという項目があれば端野・壮瞥の健診ですぐに取り入れられるので,それを指導に役立てられるメリットがあります。たとえばHbA1cや眼底検査,HOMA(homeostasis model assessment)指数は,老人保健法では必須ではありませんでしたが,ここでは早い時期から全員の健診項目に取り入れています。動脈硬化に関連するCRPや,腹囲もそうですね。
―メタボリックシンドロームの基準のもととなった研究としても有名な端野・壮瞥町研究ですが,そのことについてはどのように感じていらっしゃいますか。
端野総合支所
沼岡: 「研究の成果が充分に住民に還元されていないのではないか」と思うことがあります。たとえば,透析についてです。研究が開始されたころは,透析といえば糸球体腎炎やIgA腎症の悪化によるものが多く,糖尿病性腎症の人は数えるほどしかいませんでした。でも,透析になる人は着実に増加していて,その増加はおもに糖尿病によるものです。そういう経年的なデータをみていると,やはりそこに指導のヒントがあったはずだと思うんです。
―もっと早くから,対策をとらなければいけなかったということでしょうか。
沼岡: そうです。そうしたデータを読み取る力が保健師に充分にあれば,悪くなる前に対策を強化できたのではないかと痛感しています。だから,端野・壮瞥町研究のデータを「これが日本の実態です」と言われてしまうと,「保健師の責任は重いな」と考えてしまいます。
「保健師さんたちはなにもしなかったの?」
―これからの取り組みで,大切になってくるのはどのようなことですか。
沼岡: 健診をするだけでは,住民の健康は守れません。
以前,住民のかたに言われて,はっとしたことがあります。健康教育で「端野町では最近,こんなに値が悪くなっています」という説明をしたら,「どうしてこんなに悪くなったの?」と聞かれたんです。「保健師さんたちはなにもしなかったの?」「経過観察っていうのは,何もしないってことかい?」と。
たしかに,経過観察をしているだけでは,決して良くならないんですよね。生活習慣を変えなければ,そこからかならず発症してくる。それが保健師としての実感です。
1980年代に健診受診者に糖負荷試験をしているのですが,その結果で同じ境界型と判明しても,1人1人の生活習慣によって,のちに糖尿病を発症する人とそうでない人に分かれます。そのことに,糖尿病になってしまってから気づいても遅いのです。
その年のデータだけで一喜一憂しないこと
―住生活習慣を改善していくために,住民の方々にはどのような働きかけをされているのですか。
沼岡: 住民の方々にも,ご自身のデータを管理する習慣をつけていただければと思いながら,指導や家庭訪問を行っています。というのも,健診の結果を1年単位でしか見ない人がとても多くいるからなんです。どうもレシート感覚のようで,1回見たら,そのまま捨ててしまう人がいます。
健診の結果報告会では,1人1人に説明しながら結果をお返しします。このとき難しいのは,結果が良かった方です。「異常がなかったのだから,もうしばらく受けなくてもいい」と思ってしまう方もいるのですが,大切なのは,毎年のデータを1つずつ積み上げていくことです。家庭訪問も,「良かったから行く」「悪かったから行く」というわけではありません。自分の健診の結果をみて,「異常の数がいくつある」「こんなふうに変化している」というように,データを読み取る力をつけてほしい。私たちは,そのためのお手伝いをしたいと思っているのです。
【追記–2008年6月】
2008年度より,基本健診は特定健診となり,各々の保険者の責務となりました。北見市も,健診は保健部内ではなく国保部門が担当することとなり,健診結果については,ダイレクトには保健師の手元に届かなくなりました。
端野町では長らく保健師が定着してきたので,保健師に対する住民の方の受け入れはたいへんよい状況です。今後は,今まで蓄積されてきた個々人の健康管理データをどのように本人,家族,その子供たちの世代に活用するかが課題であると思います。