[2012年文献] 食事からの鉄の摂取量は男性の心血管死亡リスクと関連する
生体内の鉄分は酸素を運び,脂肪を燃焼し,消化や細胞の再生にも不可欠で重要なミネラルであるが,フリーラジカルの産生源でもあり組織損傷を誘発することで心血管疾患悪化とも関連している。1981年Sullivanが,閉経後の女性の鉄蓄積量が年齢に伴う男性の鉄蓄積量に近いことから鉄仮説(iron hypothesis:体内に蓄積された鉄が心血管疾患(CVD)リスクを増加する)を立てた。
そこで,アジアの一般住民で食事からの鉄分摂取量とCVD死亡リスクとの関連を検討した初めての前向き研究として日本人男性,女性を対象とした大規模前向き研究(JACC)のデータを使用してこの仮説を検討した結果,男性においては食事からの鉄分摂取量は脳卒中死亡および全心血管疾患死亡リスクと有意に関連していたが,女性では関連がみられなかった。
Zhang W, et al. Associations of Dietary Iron Intake With Mortality From Cardiovascular Disease: The JACC Study. J Epidemiol. 2012; 22: 484-93.
- コホート
- 国内の45地区に居住し,1988~1990年のベースライン調査に参加した40~79歳の110792人のうち脳卒中,冠動脈疾患,癌の既往のある5864人,食事摂取頻度調査票(FFQ:food frequency questionnaire)への回答の得られていない46313人を除いた58615人(男性23083人,女性35532人 )を2003年まで中央値14.7年間追跡。
FFQでは,33の食品項目の過去1年間の平均摂取量と5段階の摂取頻度「ほとんど食べない」「1~2日/月」「1~2日/週」「3~4日/週」「ほぼ毎日」をたずねた。
鉄の摂取量は,以前の検証から得られている各食品の100gあたりの鉄含有量(五訂日本食品標準成分表より)と標準的な1回あたりの摂取量に,上記の摂取頻度(週あたりに換算し,0回,0.38回,1.5回,3.5回,7回/週)を乗じて算出した(残差法を用いて総エネルギーで調整)。
また同時にヘム鉄*,非ヘム鉄*摂取についても評価した。
全鉄,ヘム鉄,非ヘム鉄の摂取量により,全体を五分位に分けて解析を行った。摂取量の最少五分位,最多五分位の中央値は以下のとおり。
全鉄:男性(5.12mg/日,10.58mg/日),女性(5.14mg/日,9.81mg/日)
ヘム鉄:男性(0.07mg/日,0.44mg/日),女性(0.06mg/日,0.48mg/日)
非ヘム鉄:男性(3.84mg/日,10.19mg/日),女性(3.81mg/日,9.46mg/日)
*ヘム鉄は動物性食品に含まれ,体内での吸収率が高い。今回は肉類,魚介類に該当する食品の全鉄に対するヘム鉄の割合(牛肉なら69%)から摂取量を推定した。非ヘム鉄は全鉄摂取量からヘム鉄摂取量を減じて算出した。 - 結 果
- ◇ 対象背景
全鉄の摂取量が多いほど高齢で,喫煙率は低く,精神的ストレスを感じておらず,飲酒量が少なく,運動をよりしていた。高血圧歴の割合は男女同等であった。
ヘム鉄と非ヘム鉄でも同じような傾向がみられたが,ヘム鉄の摂取量の多い五分位では,もっとも少ない五分位にくらべて高血圧歴の割合が低かった。
追跡期間中の死亡は以下のとおりであった。
全心血管疾患:2690人(男性1343人,女性1347人)
全脳卒中:男性607人,女性620人
(脳出血:男性196人,女性263人,虚血性脳卒中:男性355人,女性296人を含む)
冠動脈疾患(CHD):男性311人,女性246人
(心筋梗塞:男性243人,女性185人を含む)
◇ 全鉄の摂取量と心血管疾患死亡
男性では全鉄摂取量の最多五分位の最少五分位に比した全脳卒中死亡の多変量調整ハザード比は1.43(95%信頼区間1.02-2.00; P=0.009),全心血管疾患死亡では1.27(1.01-1.58; P=0.023)と有意な関連がみられた。
女性においては全鉄摂取量とCHDによる死亡のハザード比が負の関連を見せたが,統計学的に有意ではなかった。
◇ ヘム鉄の摂取量と心血管疾患死亡
男性のヘム鉄摂取量は心筋梗塞死亡のハザード比と有意な負の関連を示し,ヘム鉄摂取の最多五分位の最少五分位に対するハザード比は0.59(95%信頼区間0.38-0.90; P=0.015)であった。
女性においては,ヘム鉄摂取量と心血管疾患エンドポイントに有意な関連はみとめられなかった。
◇ 非ヘム鉄の摂取量と心血管疾患死亡
非ヘム鉄摂取量は男性の脳出血死亡のハザード比と有意な正の関連を示した。
非ヘム鉄摂取の最多五分位の最少五分位に対する脳出血死亡のハザード比は1.72(95%信頼区間1.02-2.90; P=0.038),脳実質内出血1.77(0.95-3.31; P=0.05),くも膜下出血1.74(0.66-4.59; P=0.36)であった。
女性においては,非ヘム鉄摂取量と心血管疾患エンドポイントに有意な関連はなかった。
◇ 結論
生体内の鉄分は酸素を運び,脂肪を燃焼し,消化や細胞の再生にも不可欠で重要なミネラルであるが,フリーラジカルの産生源でもあり組織損傷を誘発することで心血管疾患悪化とも関連している。1981年Sullivanが,閉経後の女性の鉄蓄積量が年齢に伴う男性の鉄蓄積量に近いことから鉄仮説(iron hypothesis:体内に蓄積された鉄が心血管疾患(CVD)リスクを増加する)を立てた。
そこで,アジアの一般住民で食事からの鉄分摂取量とCVD死亡リスクとの関連を検討した初めての前向き研究として日本人男性,女性を対象とした大規模前向き研究(JACC)のデータを使用してこの仮説を検討した結果,男性においては食事からの鉄分摂取量は脳卒中死亡および全心血管疾患死亡リスクと有意に関連していたが,女性では関連がみられなかった。