[2015年文献] 麻疹・おたふく風邪の既往は心血管疾患死亡リスクの低下と関連する
これまでの研究で,幼少期に多くの感染症に罹患した人では,動脈硬化が抑制されることが報告されている。これは感染症に罹患する機会が少ない人は,十分に免疫システムが発達しないために制御性T細胞(免疫を抑える細胞)が活性化されず,血管の炎症を制御できない可能性が考えられている(衛生仮説)。そこで,日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究において,麻疹・おたふく風邪の既往の有無と,心血管疾患(CVD)死亡リスクとの関連を検討した。その結果,男女ともに,麻疹・おたふく風邪の両方の既往がある人は,既往がない人と比べて,脳卒中死亡リスクならびに全CVD死亡リスクが有意に低かった。さらに,男女ともに,麻疹・おたふく風邪の両方の既往がある人は,どちらか一方の既往がある人と比べて,全CVD死亡リスクが有意に低かった。
Kubota Y, et al.; JACC Study Group. Association of measles and mumps with cardiovascular disease: The Japan Collaborative Cohort (JACC) study. Atherosclerosis. 2015; 241: 682-686.
- コホート
- 国内の45地区に居住しており,1988~1990年のベースライン調査に参加し,自己記入式質問票に回答した40~79歳の110585人(1989年までは,麻疹・おたふく風邪・風疹ワクチンは導入されていないため,ワクチン接種は受けていない)のうち,麻疹とおたふく風邪既往に関する情報のない6749人を除いた103836人(男性43689人,女性60147人)を2009年まで追跡(169万123人・年)。
- 結 果
- 追跡期間中に心血管疾患(CVD)で死亡した人は7816人。死亡の内訳は,脳卒中3396人,虚血性脳卒中1955人,出血性脳卒中1335人,心筋梗塞1212人であった。
ベースライン時の既往歴により,以下の4つのグループに分類した。
G1: 麻疹・おたふく風邪のいずれも既往なし,G2: 麻疹のみの既往,G3: おたふく風邪のみの既往,G4: 麻疹とおたふく風邪両方の既往
◇ 対象背景
4つのグループの対象背景は以下のとおり。
・男性
人数(人): [G1]21245,[G2]14671,[G3]730,[G4]7043
年齢(歳): 58.7,57.7,54.0,53.0,P<0.001
BMI(kg/m2): 22.6,22.6,22.7,22.9,P<0.001
高血圧既往(%): 22.5%,21.9%,19.3%,18.4%,P<0.001
糖尿病既往(%): 7.4%,6.5%,7.9%,6.0%,P<0.001
CVD既往(%): 4.7%,4.7%,3.8%,3.9%,P=0.016
CVDの家族歴(%): 41.7%,44.8%,44.4%,43.8%,P<0.001
アルコール摂取量(g/日): 34.4,34.0,32.7,34.5,P=0.207
喫煙習慣(%): 53.2%,52.7%,54.2%,53.7%,P=0.464
≧1時間/日の歩行(%): 47.7%,50.5%,45.6%,49.6%,P<0.001
≧5時間/週の運動(%): 7.7%,7.2%,6.2%,5.9%,P<0.001
強度の自覚的ストレス(%): 20.0%,21.5%,34.5%,30.2%,P<0.001
大学を卒業した人(%): 15.8%,16.8%,21.6%,22.2%,P<0.001
・女性
人数(人): [G1]24950,[G2]21202,[G3]1256,[G4]12739
年齢(歳): 59.0,58.0,55.9,54.4,P<0.001
BMI(kg/m2): 22.9,23.0,22.9,22.9,P=0.419
高血圧既往(%): 24.2%,23.9%,23.1%,20.6%,P<0.001
糖尿病既往(%): 4.7%,3.8%,5.1%,3.7%,P<0.001
CVD既往(%): 3.1%,3.5%,5.8%,3.3%,P<0.001
CVDの家族歴(%): 41.6%,45.0%,44.2%,45.6%,P<0.001
アルコール摂取量(g/日): 10.9,10.4,10.7,9.8,P=0.080
喫煙習慣(%): 5.8%,4.7%,5.6%,5.7%,P<0.001
≧1時間/日の歩行(%): 50.0%,51.2%,47.7%,51.9%,P=0.002
≧5時間/週の運動(%): 5.3%,4.7%,4.0%,3.6%,P<0.001
強度の自覚的ストレス(%): 17.7%,18.9%,23.4%,24.6%,P<0.001
大学を卒業した人(%): 8.1%,9.8%,12.5%,13.3%,P<0.001
◇ 麻疹・おたふく風邪の既往歴と,CVD死亡リスクとの関連
麻疹・おたふく風邪の既往歴によるグループごとにみた,CVD死亡の多変量調整†ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり(†年齢,BMI,高血圧既往,糖尿病既往,CVDの家族歴,アルコール摂取量,エネルギー摂取量,喫煙歴,歩行時間,運動時間,自覚的ストレスの強度,教育水準,CVD既往で調整)。
(1)全CVD死亡リスク(それぞれG1,G2,G3,G4の値)
麻疹とおたふく風邪両方の既往がある男性と女性,および麻疹のみの既往がある男性では,両方の既往がない人と比べて,全CVD死亡リスクが有意に低かった。
男性: 1.00,0.92(0.85-0.99),0.75(0.54-1.04),0.80(0.71-0.90)
女性: 1.00,0.97(0.90-1.05),0.97(0.75-1.27),0.83(0.74-0.92)
(2)脳卒中死亡リスク
麻疹・おたふく風邪両方の既往がある男性と女性,およびおたふく風邪のみの既往のある男性では,両方の既往がない人と比べて,脳卒中死亡リスクが有意に低かった
男性: 1.00,0.95(0.85-1.06),0.52(0.28-0.94),0.83(0.69-0.98)
女性: 1.00,1.06(0.94-1.19),1.22(0.87-1.75),0.84(0.71-0.99)
(3)虚血性脳卒中死亡リスク
いずれのグループについても,虚血性脳卒中死亡リスクとの関連はみとめられなかった。
男性: 1.00,0.98(0.85-1.13),0.70(0.35-1.41),0.87(0.69-1.10)
女性: 1.00,1.04(0.89-1.22),0.93(0.52-1.65),0.81(0.64-1.02)
(4)出血性脳卒中死亡リスク
おたふく風邪のみの既往のある男性では,両方の既往がない人と比べて,出血性脳卒中死亡リスクが有意に低かった。
男性: 1.00,0.91(0.75-1.09),0.21(0.05-0.86),0.76(0.57-1.00)
女性: 1.00,1.08(0.90-1.29),1.54(0.95-2.49),0.86(0.67-1.09)
(5)心筋梗塞死亡リスク
麻疹とおたふく風邪両方の既往がある男性では,両方の既往がない人と比べて,心筋梗塞死亡リスクが有意に低かった。
男性: 1.00,0.92(0.77-1.09),0.52(0.22-1.27),0.71(0.53-0.93)
女性: 1.00,0.87(0.71-1.07),0.99(0.48-2.00),0.84(0.63-1.13)
◇ 麻疹・おたふく風邪のどちらか1つの既往がある人と,両方の既往がある人との比較
麻疹・おたふく風邪のどちらか1つの既往がある人に対する,両方の既往がある人のCVD死亡の多変量調整††ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり。男女ともに,両方の既往がある人では,どちらか1つの既往がある人と比べて,全CVD死亡リスクが有意に低かった。また,どちらか1つの既往のある女性では,脳卒中死亡・虚血性脳卒中死亡・出血性脳卒中死亡リスクが有意に低かった(††年齢,BMI,高血圧既往,糖尿病既往,CVD既往,CVDの家族歴,アルコール摂取量,エネルギー摂取量,喫煙歴,歩行時間,運動時間,自覚的ストレスの強度,教育年数で調整)。
(1)全CVD死亡リスク
男性: 1.00,0.88(0.78-0.99),女性: 1.00,0.85(0.76-0.94)
(2)脳卒中死亡リスク
男性: 1.00,0.89(0.74-1.06),女性: 1.00,0.79(0.67-0.93)
(3)虚血性脳卒中死亡リスク
男性: 1.00,0.90(0.71-1.13),女性: 1.00,0.78(0.62-0.98)
(4)出血性脳卒中死亡リスク
男性: 1.00,0.86(0.65-1.14),女性: 1.00,0.78(0.62-0.98)
(5)心筋梗塞死亡リスク
男性: 1.00,0.78(0.59-1.03),女性: 1.00,0.96(0.72-1.28)
◇ 結論
これまでの研究で,幼少期に多くの感染症に罹患した人では,動脈硬化が抑制されることが報告されている。これは感染症に罹患する機会が少ない人は,十分に免疫システムが発達しないために制御性T細胞(免疫を抑える細胞)が活性化されず,血管の炎症を制御できない可能性が考えられている(衛生仮説)。そこで,日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究において,麻疹・おたふく風邪の既往の有無と,心血管疾患(CVD)死亡リスクとの関連を検討した。その結果,男女ともに,麻疹・おたふく風邪の両方の既往がある人は,既往がない人と比べて,脳卒中死亡リスクならびに全CVD死亡リスクが有意に低かった。さらに,男女ともに,麻疹・おたふく風邪の両方の既往がある人は,どちらか一方の既往がある人と比べて,全CVD死亡リスクが有意に低かった。