[2019年文献] 血漿中のインスリン様増殖因子(IGF)-II濃度が高いほど心不全発症リスクは低い
インスリン様増殖因子(IGF)-I,-IIは血管平滑筋細胞の増殖,遊走,収縮調節,アポトーシス抑制に関与しており,その血中濃度はIGF結合タンパク質(おもにIGFBP3)により調節されている。別の増殖因子である形質転換増殖因子(TGF)-β1も血管平滑筋細胞の遊走や増殖に関与している。これらの血中濃度の上昇はアテローム性動脈硬化,高血圧,糖尿病や心血管疾患(とくに虚血性心不全)と負に関連していることが複数の研究から報告されていたが,心不全との関連に関する報告は少なく,結果も一貫していなかった。そこで,日本人の一般住民を対象として,血漿中のIGF-I,IGF-II,IGFBP3,TGF-β1濃度と心不全死亡との関連を検討した。その結果,血漿中のIGF-II濃度が高いほど心不全による死亡リスクが有意に低かった。一方,IGF-II,TGF-β1では心不全死亡との関連はみられなかった。IGF-IIは心不全の発症や予後に何らかの影響を及ぼしている可能性が示唆され,今後さらに検討する必要がある。
Eshak ES, et al. The Prospective Association Between Plasma Concentrations of Cellular Growth Factors and Risk of Heart Failure Mortality in Japanese Population. J Epidemiol. 2018; 29: 104-109.
- コホート
- コホート内症例対照研究。1988~1990年にJACC研究に登録された全国45地区に居住する40~79歳の110585人のうち,採血に同意した39242人(35%)から心血管疾患(心筋梗塞,脳卒中),癌の既往のある人を除外した37769人(女性24487人,男性13282人)を解析対象とした。追跡期間は1999年12月31日までの9年間(中央値)。
死亡診断書を用いて「心不全死亡」(症例)を確認。症例1人に対し,年齢(±5歳),性別,居住地,採血年をマッチチングさせた,心血管疾患のない登録者1人をランダムに抽出し,対照とした。
血漿中のバイオマーカー(細胞増殖因子: IGF-I,IGF-II,IGFBP3,TGF-β1)濃度は1ヵ所の臨床検査施設で測定。既往歴,BMI,喫煙状況,飲酒習慣などを質問票により調査し,血圧を測定した。
各バイオマーカー値の1 SD上昇ごとの心不全死亡のオッズ比と95%信頼区間を算出した。 - 結 果
- 追跡期間中の心不全死亡は88人(男性44人,女性44人)。
◇対象背景
ベースライン時の対象者の背景は以下のとおり。
年齢(歳): [症例]69.2,[対照]67.9
BMI(kg/m2): 22.6,23.1
収縮期血圧(mmHg): 145.9,138.5,P=0.04
拡張期血圧(mmHg): 83.7,80.8
総コレステロール濃度(mg/dL): 200.7,196.9
現在の喫煙習慣: 32.5%,20.7%
エタノール換算アルコール摂取量(g/日): 32,27
降圧薬服用: 27.6%,14.8%,P =0.05
糖尿病既往: 6.9%,3.9%
腎疾患既往: 5.8%,5.4%
肝疾患既往: 4.4%,2.7%
バイオマーカー値
IGF-I:107.2 ng/mL,110.2 ng/mL
IGF-II:532.4 ng/mL,588.3 ng/mL,P=0.01
IGFBP3:2.54 μg/mL,2.81 μg/mL,P=0.02
TGF-β1:33.92 ng/mL,36.01 ng/mL
◇ 血漿中のバイオマーカー濃度と心不全死亡の関連
症例における対照と比較した,各バイオマーカーの1 SD増加ごとの心不全死亡の多変量調整†オッズ比(95%信頼区間)は以下のとおり。IGF-II濃度が高いほど心不全死亡リスクが有意に低いことが示されたが,その他のバイオマーカーと心不全死亡リスクとの有意な関連はみられなかった(†年齢,性別,地域,BMI,喫煙,飲酒,収縮期血圧,降圧薬服用,血清総コレステロール濃度,糖尿病・腎疾患・肝疾患既往で調整)。
IGF-I: 1 SD(男性: 57.6 ng/mL,女性: 38.4 ng/mL)増加,0.95 (0.56-1.61),P=0.84
IGF-II: 1 SD(143.7 ng/mL,120.0 ng/mL)増加,0.53 (0.30-0.94),P=0.03
IGFBP3: 1 SD(0.78 μg/mL,0.73 μg/mL)増加,0.69 (0.43-1.11),P=0.12
TGF-β1: 1 SD(8.0 ng/mL,10.9 ng/mL)増加,0.94 (0.55-1.61),P=0.82
◇ 結論
インスリン様増殖因子(IGF)-I,-IIは血管平滑筋細胞の増殖,遊走,収縮調節,アポトーシス抑制に関与しており,その血中濃度はIGF結合タンパク質(おもにIGFBP3)により調節されている。別の増殖因子である形質転換増殖因子(TGF)-β1も血管平滑筋細胞の遊走や増殖に関与している。これらの血中濃度の上昇はアテローム性動脈硬化,高血圧,糖尿病や心血管疾患(とくに虚血性心不全)と負に関連していることが複数の研究から報告されていたが,心不全との関連に関する報告は少なく,結果も一貫していなかった。そこで,日本人の一般住民を対象として,血漿中のIGF-I,IGF-II,IGFBP3,TGF-β1濃度と心不全死亡との関連を検討した。その結果,血漿中のIGF-II濃度が高いほど心不全による死亡リスクが有意に低かった。一方,IGF-II,TGF-β1では心不全死亡との関連はみられなかった。IGF-IIは心不全の発症や予後に何らかの影響を及ぼしている可能性が示唆され,今後さらに検討する必要がある。