[2014年文献] 左室肥大の診断に用いられるCornell積などの値は,日本人では欧米人より低いレベルから心血管疾患リスクと関連

近年,心電図上の左室肥大所見については,心エコーで診断される解剖学的な左室肥大のマーカーというより,むしろ心筋の電気的リモデリングのマーカーである可能性が指摘されている。左室肥大の診断にはCornell電位やCornell積,Sokolow-Lyon電位による基準が用いられるが,これらのカットオフ値は,左室肥大の診断を目的とする場合と,心血管疾患リスク判定を目的とする場合とでは異なる可能性がある。そこで,日本人一般住民を対象とした多施設前向きコホート研究において,Cornell電位,Cornell積およびSokolow-Lyon電位と心血管疾患発症・死亡リスクとの関連を検討した。10年間以上の追跡の結果,これらの値はいずれも心血管疾患発症リスクと有意に関連していた。また,心血管疾患リスク予測のためのカットオフ値は,日本人(とくに女性)では欧米人にくらべて低い可能性が示唆された。

Ishikawa J, et al.; Jichi Medical School (JMS) Cohort Study Investigators Group. Levels of cornell voltage and cornell product for predicting cardiovascular and stroke mortality and morbidity in the general Japanese population. Circ J. 2014; 78: 465-75.pubmed

コホート
JMSコホート研究の12コホート(岩泉,多古,大和,久瀬,高鷲,和良,佐久間,北淡,作木,大川,相島,赤池)。
1992年4月~1995年7月にベースライン検診を受けた12490人(男性4911人,女性7579人)のうち,心電図データのない1285人,心電図所見を判定できなかった28人,完全左脚ブロックの20人,完全右脚ブロックの189人,QRS幅が200 ms超の3人,心房細動の53人,血圧データのない160人,降圧薬服用データのない430人,心筋梗塞・脳卒中既往の150人を除いた10172人(男性3830人,女性6342人)を追跡。
追跡期間は,死亡データについては平均140.9ヵ月,発症データについては平均127.4ヵ月。

左室肥大の診断基準として用いられる以下の3つの測定を行った。
・Cornell電位: aVL誘導のR波高+V3誘導のS波高
・Sokolow-Lyon電位: V1誘導のS波高+V5誘導のR波高
・Cornell積: Cornell電位×II誘導のQRS時間
結 果
◇ 対象背景
年齢55.4歳,BMI 23.1 kg/m2,喫煙率22.6%,飲酒率(1日20 g超)27.6%,高脂血症35.4%,糖尿病3.5%,血圧129.3 / 77.4 mmHg,高血圧34.2%,降圧薬服用率11.1%。

Sokolow-Lyon電位(Sokolow-Lyon voltage: SLV),Cornell電位(Cornell voltage: CV)およびCornell積(Cornell product: CP)は,いずれも男性のほうが女性より有意に高かった。
女性のCV測定値に0.6 mVを足すと,CPの分布における性差が少なくなった。このため,CPを用いた解析(男性+女性)では,女性のCV測定値に0.6 mVを足すことによる調整を行った。

追跡期間中に死亡したのは794人で,うち心血管疾患による死亡は183人(血管疾患死亡12人,心疾患死亡76人,脳血管疾患死亡95人),悪性腫瘍による死亡は320人,その他の原因による死亡が291人であった。
また,追跡期間中に心血管疾患(致死性+非致死性)を発症したのは422人で,うち脳卒中が362人,脳卒中を除く心血管疾患が70人,脳卒中とそれ以外の心血管疾患の両方を発症したのが10人であった。

◇ 連続変数としてのCVおよびSLVと全死亡・心血管疾患リスク
(1)全死亡リスク
男女別にみた各測定値の0.1 mV増加ごとの全死亡の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり(年齢,BMI,飲酒,喫煙,高脂血症,糖尿病,収縮期血圧および降圧薬服用で調整)。

・男性
  CV: 1.025(1.010-1.041),P=0.001
  SLV: 0.998(0.987-1.008),P=0.653

・女性
  CV: 1.031(1.010-1.052),P=0.003
  SLV: 1.029(1.015-1.043),P<0.001

(2)心血管疾患死亡リスク
男女別にみた各測定値の0.1 mV増加ごとの心血管疾患死亡の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり。

・男性
  CV: 1.040(1.008-1.072),P=0.013
  SLV: 1.013(0.991-1.035),P=0.247

・女性
  CV: 1.058(1.021-1.097),P=0.002
  SLV: 1.029(1.003-1.056),P=0.029

(3)心血管疾患発症リスク
男女別にみた各測定値の0.1 mV増加ごとの心血管疾患発症の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり。

・男性
  CV: 1.022(1.001-1.044),P=0.043
  SLV: 1.019(1.005-1.034),P=0.009

・女性
  CV: 1.056(1.033-1.079),P<0.001
  SLV: 1.028(1.011-1.045),P=0.001

◇ 心血管疾患発症・死亡リスク予測のためのCVのカットオフ値
・男性
心血管疾患発症リスクと死亡リスクのいずれについても,受信者動作特性曲線下面積(AUC)でみたCVの予測能は有意であった(それぞれ0.564,0.584,いずれもP≦0.005)。
CVの五分位によるカテゴリー(Q1: ≦1.03,Q2: 1.04~1.35,Q3: 1.36~1.64,Q4: 1.65~2.03,Q5: ≧2.04 mV)を用いた多変量解析では,Q5において,Q1に比した有意な心血管疾患死亡リスクの増加がみとめられた(性別,年齢,BMI,飲酒,喫煙,高脂血症,糖尿病,収縮期血圧および降圧薬服用で調整)。

・女性
心血管疾患発症リスクと死亡リスクのいずれについても,AUCでみたCVの予測能は有意であった(それぞれ0.667,0.668,いずれもP<0.001)。
CVの五分位によるカテゴリー(Q1: ≦0.83,Q2: 0.84~1.11,Q3: 1.12~1.37,Q4: 1.38~1.70,Q5: ≧1.71 mV)を用いた多変量解析では,Q5において,Q1に比した有意な心血管疾患死亡リスク,心血管疾患および脳卒中発症リスクの増加がみとめられた。

◇ 心血管疾患発症・死亡リスク予測のためのSLVのカットオフ値
男女の両方を含む,SLVの五分位によるカテゴリー(Q1: ≦1.97,Q2: 1.97~2.39,Q3: 2.39~2.80,Q4: 2.80~3.32,Q5: ≧3.32 mV)を用いた多変量解析を行うと,Q1に比して,Q5における心血管疾患および脳卒中発症リスクの有意な増加がみられた。

◇ 心血管疾患発症・死亡リスク予測のためのCPのカットオフ値
・男性
心血管疾患発症リスクと死亡リスクのいずれについても,AUCでみたCPの予測能は有意であった(それぞれ0.543,0.562,いずれもP≦0.037)。
CPの五分位によるカテゴリー(Q1: ≦86.5,Q2: 86.6~115.8,Q3: 115.9~146.2,Q4: 146.3~185.1,Q5: ≧185.2 mV・ms)を用いた多変量解析では,Q1に比して,Q5における心血管疾患死亡リスクの有意な増加がみられた。

・女性
心血管疾患発症リスクと死亡リスクのいずれについても,AUCでみたCPの予測能は有意であった(それぞれ0.662,0.642,いずれもP<0.001)。
CPの五分位によるカテゴリー(Q1: ≦112.0,Q2: 112.1~138.4,Q3: 138.5~164.0,Q4: 164.1~197.2,Q5: ≧197.3 mV・ms)を用いた多変量解析では,Q1に比して,Q4およびQ5における心血管疾患および脳卒中発症リスクの有意な増加がみられた。

・男女をあわせた解析
男女の両方を含む,調整後のCPの五分位によるカテゴリー(Q1: ≦101.9,Q2: 102.0~131.0,Q3: 131.1~158.6,Q4: 158.7~193.4,Q5: ≧193.5 mV・ms)を用いた解析では,Q1に比して,Q4およびQ5における心血管疾患および脳卒中発症リスクの有意な増加がみられた。

◇ 結論
近年,心電図上の左室肥大所見については,心エコーで診断される解剖学的な左室肥大のマーカーというより,むしろ心筋の電気的リモデリングのマーカーである可能性が指摘されている。左室肥大の診断にはCornell電位やCornell積,Sokolow-Lyon電位による基準が用いられるが,これらのカットオフ値は,左室肥大の診断を目的とする場合と,心血管疾患リスク判定を目的とする場合とでは異なる可能性がある。そこで,日本人一般住民を対象とした多施設前向きコホート研究において,Cornell電位,Cornell積およびSokolow-Lyon電位と心血管疾患発症・死亡リスクとの関連を検討した。10年間以上の追跡の結果,これらの値はいずれも心血管疾患発症リスクと有意に関連していた。また,心血管疾患リスク予測のためのカットオフ値は,日本人(とくに女性)では欧米人にくらべて低い可能性が示唆された。


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