[インタビュー]50年前にはじまったSeven Countries Study

足達 寿氏(久留米大学心臓・血管内科准教授)

 足達 寿
 (久留米大学心臓・血管内科准教授)
国際共同研究のパイオニア的存在であるSeven Countries Studyは,ちょうど50年前の1957年にはじまった。当時の研究統括医だった木村登教授と同じ久留米大学心臓・血管内科で田主丸の健診を続けている足達寿氏に,研究の歴史,日本のコホートの特徴,これからの展望などについてうかがった。

日本人の動脈がきれいなのはなぜ

―まず,Seven Countries Studyが始まった経緯をあらためてお聞かせください。

足達: この研究の発端は,久留米大学第三内科(現・内科学講座心臓・血管内科)の初代教授である木村登先生が,まだ九州大学の助教授だった1950年代にさかのぼります。木村先生は当時,亡くなられた患者さんの病理解剖結果を見る日々のなかで,日本人の動脈がきれいであること,つまり動脈硬化が少ないということをとても印象深く感じられていたのだそうです。さらに,狭心症や心筋梗塞など冠動脈疾患の発症が欧米のデータにくらべてきわめて少なかったということもあり,1954年に米国で開かれた世界心臓病会議でミネソタ大学のアンセル・キース先生と会った際に,どうして冠動脈疾患の発症率が日米でこうも違うのか,その原因を調べてみよう,そして日米だけではなく他の国についても比較してみようということで,ヨーロッパの専門家にも声をかけてSeven Countries Studyが始まりました。

左から福本郁子先生,アンセル・キース先生とマーガレット婦人,木村登先生夫人千賀さん,福本照徳先生,前列中央が森文信先生,右が戸嶋裕徳先生(1966年)
左から福本郁子先生,アンセル・キース先生とマーガレット夫人,木村登先生夫人千賀さん,福本照徳先生,
前列中央が森文信先生,右が戸嶋裕徳先生(1966年,福本病院所蔵)


―まだ危険因子などの概念もなかったころかと思います。発症に関連する可能性がある因子として,どんなことを調べたのですか。

足達: まずはコレステロール。Seven Countries Studyが開始される以前にも,血中コレステロール値が高い人で冠動脈疾患が多いようだという仮説はありました。ただ,そもそもコレステロール値の違いがなぜ生じるのか,どんな人でコレステロール値が高くなるのかなどについては,まだ誰も検討していなかったんです。漠然と,人種による違いだとも思われていたようです。そこで各国の人々の身体的な特徴や生活習慣を比較しようとしたわけですが,なかでもSeven Countries Studyでは食事と,そして食事に含まれる脂肪分に着目した検討を行いました。もちろん血圧や肥満についても調査しています。ただし女性では冠動脈疾患の発症が少ないということもあり,当初は40~59歳の男性だけが対象となりました。

田主丸は農村の代表,牛深は漁村の代表

―7か国が参加したということですが,コホートも7つですか。

足達: いいえ,コホートの数はぜんぶで16です。アメリカから1つ,オランダから1つ,フィンランドから2つ,ギリシャから2つ,イタリアから3つ,旧ユーゴスラビアから5つ,そして日本からは田主丸(現・福岡県久留米市田主丸町),および牛深(現・熊本県天草市)の2つのコホートが研究に参加しました。

―日本の2コホートはどのように選ばれたのですか。

足達: 木村先生が1958年に九州大学から久留米大学に移られたというタイミングもあり,日本ではまず,典型的な農村地域コホートとして久留米地方の田主丸が調査地区に選ばれました。そこで,もう1つのコホートは漁村にしようということになりました。なぜかというと,漁村では魚をたくさん食べると考えられるからです。今でこそよく知られていることですが,同じ脂肪分でも,動物の脂肪と魚の脂肪とでは性質がずいぶん違います。木村先生は当時から,動物と魚では含まれる脂肪酸の構成が違うのではないか,その違いが冠動脈疾患の発症率や死亡率にも関連しているのではないかと発想されていたのです。いわゆる栄養疫学ですね。ちょうど当時,久留米大学旧第三内科の研究生だった福本照徳先生が天草諸島の牛深地区で開業されていて連携がとりやすかったため,牛深が「漁村」として2つ目の調査地区に選ばれました。

 複数コホートをかまえる他の参加国についても,北部と南部での食生活の違いや,地域コホートと職域コホートの違いなど,それぞれ着眼点があるようです。さまざまな国,地域,文化,食生活において発症率を比較してみようという,大きな試みでした。

田主丸: 対象となった筑豊川沿いの地域 牛深: 漁業が盛んな海沿いの町
田主丸。対象となった筑後川沿いの地域 牛深。漁業が盛んな海沿いの町


―栄養疫学という概念は,当時からすでにあったのですか。

足達: 学問体系としては,あまり確立されていなかったのではないでしょうか。ただし,食事と心血管疾患になんらかの関係があるというのは,当時の多くの研究者たちも予想していたことだと思います。たとえば日本は,脳卒中が多く冠動脈疾患が少ないという疾病構造,そして米を主食とし,動物性蛋白質をあまりとらない質素な食事という大きな特徴を持っていました。特に動脈硬化性疾患が少ない理由については,国際学会などで欧米の研究者から質問を受けることも多かったとききます。そこに因果関係があるのかどうかというのは,やはり当時から興味の対象だったのでしょう。

陰膳買い取り法

―食事調査は,具体的にどのような方法で行われたのでしょうか。

足達: 食事調査というのは,食生活の実態を正確に把握するのがむずかしいものです。Seven Countries Studyでは,誤差がもっとも少ないと考えられる方法を取り入れました。それが「陰膳買い取り法」です。陰膳法ともいいますが,まずは各家庭にお願いして,家庭でその日につくる食事とまったく同じ「陰膳」を,1セット余分につくってもらいます。それを直接買い取って分析するという方法です。買い取った食事はすべて大きなミキサーに入れて全量をホモジナイズし,そこに含まれている栄養分を生化学的に分析するのです。蛋白質がいくらとか,脂肪がいくらとか。

―家でおかわりをした場合は,どうするのですか。

足達: たとえば,ごはんを3杯食べる旦那さんであれば調査用にも3杯分用意してもらいます。おやつを食べる場合も,同じものを2つ用意してもらうというように,徹底していただくんです。おおむね好意的に協力していただくことができましたが,たくさん召し上がる方のご家庭ではとくに大変だったのではないでしょうか。なにしろ,そのさらに2倍の量をつくっていただくのですから。

「おまえはメシをとってこい」

―各家庭に食事を受けとりに行くのは,研究室の方だったのでしょうか。

足達: 実は僕が受けとりに行っていました。朝も夜も昼も「今,ごはんのしたくができました」という電話をいただいたらすぐに。

―テレビ番組の「隣の晩ごはん」のようですね。

足達: まさにそうですね。僕がはじめてこの健診に参加したのは1989年でしたが,実はその年に研究室に入ったばかりの,いちばんの下っ端だったんです。それで先輩たちに「おまえはメシをとってこい」と言われて,受けとりに行っていたというわけです。「メシを食ってこい」ならうれしいんですけどね。「とってこい」なんですよ。

食事を受けとりに一軒一軒をまわったという
食事を受けとりに一軒一軒をまわったという

当時から綿密な標準化が行われていた

―食事調査のほかに,Seven Countries Studyの特徴といえるものはなんでしょうか。

足達: 綿密な標準化をしていることがあげられます。たとえば,採取した血液検体は世界各地からアメリカのミネソタ大学に送られ,すべて同じ手法で測定が行われました。また,発症調査や死因調査についても,標準化した登録用紙に詳細な症状やデータを記入してすべてミネソタ大学に送り,それをもとに研究者たちが話し合って最終的な診断や死因を決定するなど,なるべくバイアスをなくすような方法で調査が行われています。

―死因の決定というのは,国や医師によってかなりばらつきが出てしまうものなのですか。

足達: そうなんです。特に,昔の死亡診断書はあてにはならないといっても過言ではないでしょう。たとえば亡くなった原因がはっきりとわからない場合,以前はすべて心不全としてしまうというようなことがよくありました。突然死という言葉も同じですね。アメリカでは実際にも冠動脈疾患が多いので心不全というのもわかるのですが,日本人では脳卒中のほうが多いので,心不全という死因が不適当だった場合もかなりあるのではないかと考えられます。そういう意味で,いろいろな国の研究者同士がきちんと話し合って死因を決めたというのは,結果を比較する上でとても重要なことです。

やはり飽和脂肪酸や総コレステロールが冠動脈疾患と関連していた

―さて,Seven Countries Studyの主な成果はどのようなものだったのでしょうか。

足達: やはりアメリカやオランダ,フィンランドなど飽和脂肪酸の摂取量が多いところで冠動脈疾患が多いという結果が出ました。不飽和脂肪酸の摂取量が多いのは日本とギリシャでした。ギリシャでは地中海料理で魚介類を多くとりますから,魚を多く食べる日本とならんで不飽和脂肪酸の摂取量が多く,そして冠動脈疾患の発症は少なかったのです。

―当初から注目されていた,コレステロールの値はどうでしたか。

足達: 当時の日本の血中総コレステロールは,160 mg/dL程度でした。1999年の田主丸のデータでも200 mg/dLくらいですから,かなり低かったといえます。一方,フィンランドやアメリカでは,研究開始当初から240 mg/dLといったレベルでした。日本とは約80 mg/dLもの差があったわけです。このようにコレステロール値が高い国々では,やはり冠動脈疾患が多いという結果が出ました。

 一方,日本では冠動脈疾患が少ないかわりに脳卒中,特に脳出血が多かったのが現実です。当時の日本人の食事というのは,脂肪も,そして動物性蛋白質も非常に少ない「粗食」でした。つまり低アルブミン,低コレステロール状態です。すると脳の血管がもろくなってしまうんですね。しかも日本の食事は高塩分です。ごはんのおかずとして漬物など塩からいものを食べて,塩分の高いみそ汁を飲めば,当然,血圧は高くなりますね。それで,もろくなった血管に高い圧力がかかることになり,脳出血が起こりやすくなるというわけです。

コレステロール値によって異なる発症の傾向

―コレステロールが高い国では心臓に,コレステロールが低い日本では脳にその影響が出るのですね。

足達: そうです。それでいま申し上げたように,1999年のデータでは,血中総コレステロールが男性で198 mg/dL,女性で207 mg/dL程度です。もちろん当初の160 mg/dLからは増加しているわけですが,このくらいがもっとも望ましい値ではないかと思いますね。低コレステロール・低蛋白だと脳出血が多くなりますし,高コレステロールでは脳梗塞や心筋梗塞が多くなるからです。ただし,我々の直近の健診は1999年に行ったものであり,もう8年が経っていますので,いまはコレステロールがさらに上がっている可能性があります。実際に,発症の傾向を見てみると脳出血は激減していますが,脳梗塞は微増という状況です。

―ところで,木村先生が仮説として掲げられていた漁村と農村との発症率の差はみられたのでしょうか。

足達: 結局,違いはほとんど見られませんでした。どちらの地区でも,脳卒中やがんで亡くなる人が多く,心臓の病気で亡くなる人は非常に少なかったためです。農村でも漁村でも日本は日本だ,という結果だったといえます。

Seven Countries Studyとしては25年目で追跡終了

――1957年に始まり,国際共同研究の草分けとなっているSeven Countries Studyは今年50年目を迎えました。現在も,各コホートで追跡が続けられているのですか。

足達: Seven Countries Studyとしては,25年目をもって最後の追跡ということにしています。開始年には少しばらつきがあるので,1994年ごろのデータが最後ということになると思います。

 というのも,研究の中心的存在だった米国で,25年目以降の発症率調査が中止されたからです。米国のコホートはUS Railroadに勤務する鉄道員のコホートでしたが,すっかり車社会になってしまったために転職した人がかなり多く,これ以上の追跡は不可能ということになったようです。また,旧ユーゴスラビアが分裂したという事情もありました。ただし,可能なかぎりは研究を続けていこうということで,フィンランド,オランダ,イタリアの3か国では,フィンランドのFと,イタリアのIと,オランダの英語名からNEをとった「FINE STUDY」として,いまも追跡を行っています。

―日本のコホートは,いまでも追跡を続けられているのでしょうか。

足達: はい,田主丸では続けています。最近は10年ごとに大規模健診を行い,予後調査は毎年行うというかたちです。発症のことを考えると,10年間も手をこまねいているわけにはいきませんからね。

―現在の参加率や,対象人数はどのくらいですか。

足達: 対象者は約2000人です。田主丸コホートの当初の対象者は600人程度でしたが,それは男性だけの人数でしたし,年齢も59歳以下と限定していました。いまは女性も対象としており,年齢の上限は設けていません。受診率は,1999年で男性が 48 %,女性が 62 %でした。やはり昔より落ちてきているなという感じはしますね。次の大規模健診は,2009年に行う予定でいます。

田主丸には古くから河童伝説がある
田主丸には古くから河童伝説がある

最近増えてきているのは肥満と糖尿

―最近の田主丸コホートでは,どういった変化や特徴が見られますか。

足達: 田主丸での健診は,1958年,1968年,1977年,1982年,1989年,1999年と行われてきました。このなかでもっとも特徴的なのは肥満の増加です。また,高血圧については,血圧の薬を飲んでいる人がかなり増えました。昔は服薬率が3 %くらいでしたが,1999年は25 %くらいですね。つまり血圧がよくコントロールされている状況にあり,収縮期血圧の平均値はあまり上がっていないのですが,それでも拡張期血圧は上昇傾向です。肥満の影響もあるのでしょう。喫煙率は1958年で68 %でしたが,1999年は48 %とだいぶ下がってきています。それと,昔は検査をやっておらず正確な比較ができないのですが,やはり糖尿病も増えてきているという実感があります。

―メタボリックシンドロームや,代謝系の因子に関してはいかがですか。

足達: メタボリックシンドロームということばが出てきたのは最近ですが,我々は以前から腹囲が鍵になるだろうと考えており,すでに1999年の健診で全員の腹囲を測定しています。ですから,その時点でのメタボリックシンドロームの有病率などはわかります。それから,メタボリックシンドロームをもつ方がどのくらいの頻度で心血管疾患を発症するかということも,今後の健診である程度把握することができるでしょう。

新しい危険因子を見出したい

―田主丸で,これからの調査課題として掲げられていることなどはありますか。

足達: 疫学に関わりのない人には,田主丸という地名や田主丸研究のことはあまり知られていません。Seven Countries Studyの一環として始まった田主丸研究ですが,Seven Countries Studyが風化しつつある今,田主丸研究ならではの特色をなにか打ち出していければと思っています。

久留米大学病院
久留米大学病院

 その1つとして,1999年の健診時には新しい危険因子といわれるものをいくつか測定しました。たとえば,ホモシステインやレムナントリポ蛋白,高感度CRP,がんの予測因子といわれている肝細胞増殖因子(HGF),エンドセリンという血管収縮物質などです。とくにレムナントリポ蛋白は,中性脂肪とコレステロールが一緒になったような指標で動脈硬化の最強の危険因子ともいえるものですが,これまでに日本の疫学調査でレムナントリポ蛋白の測定をしているところはなかったと思います。これら新しい因子と種々の疾患の発症との関連を見るということが,田主丸研究の特色になっていくと思います。

―最後になりますが,足達先生はなぜ疫学の道に進まれたのですか。

足達: もともと疫学に興味はありました。が,いちばん大きなきっかけとなったのが,大学1年の夏休みに参加した対馬での集団健診でした。久留米大の教授と講師と学生とで医師団をつくって,毎年,各地区をまわって健診をするんです。無医村のようなところでしたから,それはもう住民の方に感謝されるわけです。僕らのような学生にまで,「ありがとうございました」って。当時の僕には,それがとても新鮮でした。こういう経験が,やはり今の仕事のルーツといいましょうか,力の源になっているような気がします。

 それで,当時教授だった戸嶋裕徳先生が「病気の人を治すことも必要やけど,病気にならないようにするための『予防』を勉強するのもおもしろいんじゃないか」と,疫学の道をすすめてくれたんです。ちょうど大規模健診の直前というときで,しかも新人だったので,ごはんは取りに行かされるし,健診の予定表をつくらなければいけないしで,最初のころは損な役回りばかりしていたものです。でも,楽しかったですね。

田主丸全景
田主丸全景



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