[editorial view] Framingham Heart Studyと心不全治療
しっかりした疫学研究は,介入試験ではブラインドされてしまうデータをも提供してくれるのです。
フラミンガム研究(FHS)は,心筋梗塞や脳卒中はもちろん,心不全を初めから実疾患としてとらえてハードエンドポイントとした意義がきわめて大きいと思います。
FHSは心不全という症候群の客観的な診断基準を作った唯一の研究で,この基準は現在でも心不全を定義するときのスタンダードになっています。そして明確な診断基準のもとで,FHSは高血圧,心肥大を心不全の危険因子として確立しました。
心不全の危険因子を定義した研究は世界にも例がありません。最近話題になっている拡張不全にもFHSの診断基準が生きているのです。
堀 正二 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学
Mckee P.A. et al: The natual history of congestive heart failure: The Framingham Heart Study. N Engl J Med. 1971; 285: 1441-6
*フラミンガムうっ血性心不全診断基準
大項目を2項目,あるいは大項目を1項目および小項目を2項目を有するもの
大項目 | 小項目 | 大項目あるいは小項目 |
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治療に反応して5日で4.5kg以上体重が減少した場合 |
それまで心不全とは収縮機能が悪いものという暗黙の了解があり,心不全の原疾患は虚血性心疾患か心筋症が多かったのです。
FHSは高血圧から心不全へのプロセスを示し,高血圧や左室肥大が心不全の危険因子であることを明らかにしましたが,なぜ1996年の発表まで拡張不全の概念が示されなかったのか。それはFHSの初期の検査に心エコー検査が入っていなかったからです。
拡張心不全では心肥大はあるものの心拡大はないのが特徴なので,初期の検査(胸部X線,心電図)からは診断できなかったのです。それゆえ,高血圧から左室肥大が起こることは明白でも,左室肥大がなぜ心不全になるのは分からなかった。ところが検査項目に心エコー検査が入りデータが蓄積されてくると,収縮機能が保たれていても拡張機能が低下して心不全になる症例が多いことが明らかになったのです。
一方,介入試験では駆出率が40%以下の症例を対象にしてきました。そういう例は血圧が低い場合が多いのです。ですから私たちの認識とFHSのデータにはギャップがあったのですが,そのギャップを埋めたのが拡張不全の概念でした。
これは介入試験ではブラインドされてしまうデータを疫学研究が提供してくれる好例であるといえるでしょう。
Vasan SR and Levy D: The role of hypertension in the pathogenesis of heart failure. A clinical mechanistic over view. Arch Intern Med. 1996; 156: 1789-96
拡張不全によるCHF(EF>40%)に対する初めての大規模試験。AII受容体拮抗薬candesartanは心血管死+CHF悪化による入院を抑制しなかったが,入院抑制傾向を示した。
Yusuf S et al for the CHARM Investigators and Committees:Effects of candesartan in patients with chronic heart failure and preserved left-ventricular ejection fraction;the CHARM-Preserved trial. Lancet. 2003; 362: 777-81
拡張期心不全の治療法確立のための大規模臨床試験開始
200以上の施設で左室駆出率40%以上の拡張期心不全800例をβ遮断薬群,非投与群にランダム化し2年以上追跡し,心不全悪化による入院,心血管死予防効果と費用対効果を検討する試験で,現在進行中。FHSの心不全診断基準を改変したものを使用。