[2015年文献] JAS2012のリスク評価チャートによる冠動脈疾患の推算死亡率は実測値より高く,高リスクの人ほどその差が大きい
欧米にくらべて冠動脈疾患死亡率が顕著に低い日本人のためのリスク評価ツールとして,日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版(JAS2012)』では,NIPPON DATA80のデータを用いて10年間の冠動脈疾患(CHD)死亡および脳卒中死亡の絶対リスクを算出するリスク評価チャートが採用された。そこで,NIPPON DATA80のリスクチャートから算出された死亡率と,EPOCH-JAPAN(国内の疫学コホート研究の大規模メタ解析)における実際の一般住民の死亡率との比較による検証を行った。その結果,性別を問わず,CHD・脳卒中とも実際の死亡率は推算された死亡率より低く,その差はリスクの高い人ほど大きくなる傾向がみられた。NIPPON DATA80のベースラインとEPOCH-JAPANのベースラインには約10年間の開きがあり,この間の薬剤・治療技術の進歩をはじめとした状況の変化がこれらの差をもたらした可能性がある。今後のより大規模なコホート研究によるリスク評価ツールの検証や,時代に即したツールの修正・開発の必要性が示唆されたといえる。
Nakai M, et al.; EPOCH-JAPAN Research Group. Calibration between the Estimated Probability of the Risk Assessment Chart of Japan Atherosclerosis Society and Actual Mortality Using External Population: Evidence for Cardiovascular Prevention from Observational Cohorts in Japan (EPOCH-JAPAN). J Atheroscler Thromb. 2015;
- コホート
- EPOCH-JAPANの14コホート中で死因データを有する12コホートの10万1977人のうち,NIPPON DATA80の参加者9442人,ベースライン時に心血管疾患既往のあった7029人,40歳未満または75歳超の13747人,血圧や総コレステロールなどのデータに不備のあった38079人(血糖値のデータのない小矢部コホートとJACCコホートの参加者を含む)を除いた33680人(男性15091人,女性18589人)を10年間追跡(平均追跡期間は9.4年間)。
平均年齢は56歳。 - 結 果
- 追跡期間中の冠動脈疾患(CHD)死亡は120人,脳卒中死亡は186人(うち脳梗塞死亡65人,脳出血死亡42人,くも膜下出血死亡39人)。
◇ NIPPON DATA80リスクチャートによる死亡率(絶対リスク)の検証
対象者を,NIPPON DATA80リスクチャートから算出された10年間のCHD死亡率(絶対リスク),および脳卒中死亡率の十分位数による10のカテゴリーにそれぞれ男女別に分類し,各カテゴリーの推算死亡率と実際の死亡率を比較した。
(1)CHD死亡
推算されたCHD死亡率の十分位数によるカテゴリー([1]~[10])の推算死亡率の平均,実際の死亡率,および両者の差は以下のとおりで,男女とも推算死亡率が高くなるほど実際の死亡率も上昇する傾向がみられたが,推算死亡率が高いカテゴリーほど,実際の死亡率にくらべて推算死亡率が高くなっていた。
・男性
[1]推算0.13% vs. 実際0.07%(差0.06%)
[2]0.23% vs. 0.13%(0.10%)
[3]0.35% vs. 0.13%(0.22%)
[4]0.52% vs. 0.07%(0.45%)
[5]0.76% vs. 0.20%(0.56%)
[6]1.10% vs. 0.66%(0.34%)
[7]1.57% vs. 0.73%(0.84%)
[8]2.23% vs. 0.66%(1.57%)
[9]3.30% vs. 1.13%(2.17%)
[10]7.01% vs. 1.52%(5.49%)
・女性
[1]推算0.02% vs. 実際0.00%(差0.02%)
[2]0.03% vs. 0.00%(0.03%)
[3]0.06% vs. 0.05%(0.01%)
[4]0.11% vs. 0.00%(0.11%)
[5]0.18% vs. 0.00%(0.18%)
[6]0.28% vs. 0.05%(0.23%)
[7]0.42% vs. 0.11%(0.31%)
[8]0.66% vs. 0.43%(0.23%)
[9]1.08% vs. 0.43%(0.65%)
[10]2.37% vs. 1.08%(1.29%)
これらの結果は,CHD発症率の高い吹田コホート,発症率の低い大崎コホート,ならびにNIPPON DATA80とほぼ同じプロトコルで10年後に実施されたNIPPON DATA90のそれぞれにおける解析を行っても,ほぼ同様であった。
(2)脳卒中死亡
推算された脳卒中死亡率の十分位数によるカテゴリー([1]~[10])の推算死亡率の平均,実際の死亡率,および両者の差は以下のとおりで,CHDと同様に,男女とも推算死亡率が高くなるほど実際の死亡率も上昇する傾向がみられたが,推算死亡率が高いカテゴリーほど,実際の死亡率にくらべて推算死亡率が高くなっていた。
・男性
[1]推算0.06% vs. 実際0.00%(差0.06%)
[2]0.10% vs. 0.20%(0.10%)
[3]0.16% vs. 0.13%(0.03%)
[4]0.26% vs. 0.27%(0.01%)
[5]0.45% vs. 0.07%(0.38%)
[6]0.72% vs. 0.53%(0.19%)
[7]1.13% vs. 0.60%(0.53%)
[8]1.74% vs. 0.93%(0.81%)
[9]2.76% vs. 0.99%(1.77%)
[10]5.40% vs. 2.19%(3.21%)
・女性
[1]推算0.06% vs. 実際0.00%(差0.06%)
[2]0.11% vs. 0.11%(0.00%)
[3]0.18% vs. 0.00%(0.18%)
[4]0.29% vs. 0.16%(0.13%)
[5]0.46% vs. 0.48%(0.02%)
[6]0.69% vs. 0.38%(0.31%)
[7]1.02% vs. 0.43%(0.59%)
[8]1.53% vs. 0.65%(0.88%)
[9]2.45% vs. 0.75%(1.70%)
[10]5.17% vs. 2.26%(2.91%)
◇ 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版のリスクカテゴリーの検証
対象者を,日本動脈硬化学会『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版』の「冠動脈疾患一次予防のための絶対リスクに基づく管理区分」における以下の3つのカテゴリーのいずれかに分類し,実際の死亡率を比較した。
カテゴリーI(低リスク): NIPPON DATA80リスクチャートによる10年間の冠動脈疾患死亡確率(絶対リスク)0.5%未満
カテゴリーII(中等度リスク): 0.5%以上2.0%未満
カテゴリーIII(高リスク): 2.0%以上または糖尿病有病者
その結果,以下のとおり,リスクの高いカテゴリーほど実際の死亡率が高くなっていたが,男性ではカテゴリーIIとIIIとの実際のCHD死亡率に有意差はなかった。女性では,カテゴリーIIIにおける推算CHD死亡率および実際のCHD死亡率がいずれもカテゴリーIIより低くなっていた。
・男性
カテゴリーI: 推算0.27% vs. 実際0.07%(差0.20%)
カテゴリーII: 1.11% vs. 0.57%(0.54%)
カテゴリーIII: 1.98% vs. 0.58%(1.40%)
・女性
カテゴリーI: 推算0.14% vs. 実際0.02%(差0.12%)
カテゴリーII: 1.03% vs. 0.70%(0.33%)
カテゴリーIII: 0.60% vs. 0.23%(0.37%)
カテゴリーIIIへの分類基準として糖尿病を用いない場合の解析を行うと,糖尿病を用いた場合にくらべて,男女ともカテゴリーIIIにおける推算CHD死亡率と実際のCHD死亡率がいずれも高くなった。
◇ 結論
欧米にくらべて冠動脈疾患死亡率が顕著に低い日本人のためのリスク評価ツールとして,日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版(JAS2012)』では,NIPPON DATA80のデータを用いて10年間の冠動脈疾患(CHD)死亡および脳卒中死亡の絶対リスクを算出するリスク評価チャートが採用された。そこで,NIPPON DATA80のリスクチャートから算出された死亡率と,EPOCH-JAPAN(国内の疫学コホート研究の大規模メタ解析)における実際の一般住民の死亡率との比較による検証を行った。その結果,性別を問わず,CHD・脳卒中とも実際の死亡率は推算された死亡率より低く,その差はリスクの高い人ほど大きくなる傾向がみられた。NIPPON DATA80のベースラインとEPOCH-JAPANのベースラインには約10年間の開きがあり,この間の薬剤・治療技術の進歩をはじめとした状況の変化がこれらの差をもたらした可能性がある。今後のより大規模なコホート研究によるリスク評価ツールの検証や,時代に即したツールの修正・開発の必要性が示唆されたといえる。