[学会報告・日本疫学会2010] CIRCS+大阪職域コホート研究,EPOCH-JAPAN,JMSコホート研究,NIPPON DATA80,大迫研究,吹田研究,高島研究

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会場写真


第20回日本疫学会学術総会は,国際疫学会西太平洋地域学術会議(International Epidemiological Association Western Pacific Region)を兼ね,2010年1月9日(土)~10日(日)の2日間にわたって埼玉県越谷市の埼玉県立大学にて行われた。

国際学術会議も兼ねた今回,西太平洋地域の社会・経済発展にともなって増加している生活習慣病や,インフルエンザをはじめとする感染症などの問題に際し,疫学における基礎分野の充実があらためて望まれていることから,メインテーマは「Return to the Basics of Epidemiology」とされた。
応募演題は23か国から計331件。会場では各国のデータや研究成果について活発な議論が交わされていた。

以下に,学会で発表された疫学研究の一部を紹介する。


■ 目 次 ■ * タイトルをクリックすると,各項目にジャンプします
CIRCS+大阪職域 CKD発症の危険因子は年齢,蛋白尿,血尿,高血圧,糖尿病,低HDL-C血症
EPOCH-JAPAN 危険因子の数が多いほど心血管疾患死亡リスクが増加
JMSコホート研究 リポ蛋白(a)低値は脳出血の危険因子
NIPPON DATA80 高い食塩摂取は日常生活動作(ADL)低下リスクと関連
大迫研究 血清マグネシウム低値は,血圧とは独立に頸動脈病変と関連
吹田研究 MetSは心筋梗塞,虚血性脳卒中の危険因子だが,高LDL-C血症は虚血性脳卒中とは関連せず
吹田研究 正常高値血圧の人でも頸動脈硬化が進展
吹田研究 血清クレアチンキナーゼ高値は心筋梗塞リスクと関連
高島研究 CRP遺伝子多型は動脈硬化性疾患の原因ではなくマーカーである可能性

[CIRCS+大阪職域コホート研究] CKD発症の危険因子は年齢,蛋白尿,血尿,高血圧,糖尿病,低HDL-C血症

発表者: 大阪府立健康科学センター・前田 健次 氏 (1月10日(日),ポスター)
  目的: 慢性腎臓病(CKD)発症の危険因子について,大規模な職域・地域コホート研究のデータで検討。
  コホート・手法: CIRCSの秋田・大阪コホート(地域住民コホート),および大阪職域コホート研究(勤務者コホート)の,CKDを有しない30~74歳の6,137人を5年間追跡。日本腎臓学会による推定式(2008年)を用いて糸球体濾過量を推算し(eGFR),追跡時eGFR<60 mL/分/1.73 m2をCKD発症とした。
  結果: 多変量解析の結果,CKD発症の独立した危険因子として,年齢(10歳ごと),蛋白尿,血尿,高血圧,糖尿病,低HDL-C血症が見出された。なかでももっとも高いリスクを示したのは蛋白尿であり,CKDに対する蛋白尿と糖尿病との強い相加効果もみとめられた。
 前田健次氏のコメント
「CKD診療ガイド」では,腎機能低下につながる危険因子として血尿,高血圧,糖尿病,低HDL-C血症などが挙げられており,今回の結果は妥当といえます。しかし,腎障害の代理指標とされている蛋白尿との組み合わせにより,各因子の腎機能低下への影響にはかなり幅があると考えられます。


[EPOCH-JAPAN] 危険因子の数が多いほど心血管疾患死亡リスクが増加

発表者: 滋賀医科大学・村上 義孝 氏 (1月9日(土),ポスター)
  目的: 日本人の大規模コホートデータを用い,複数の危険因子の集積と循環器疾患死亡との関連を性別・年齢ごとに検討した。
  コホート・手法: EPOCH-JAPAN(国内の13コホートを個人レベルで統合したデータベース: 主任研究者 上島弘嗣)のうち,今回の目的に合致したデータを有する8コホートの男女40,856人を選択し(追跡期間: 約10年),4つの危険因子(高血圧,糖尿病,高脂血症,喫煙)の保有状況と循環器疾患死亡との関連を検討した。
  結果: ほぼすべての性別・年齢層において,保有する危険因子の数が多いほど,循環器疾患死亡リスクが有意に高いことが示された。この関連はとくに若年層の男性において顕著であった。
村上義孝氏 村上義孝氏のコメント
確立された危険因子の集積と循環器疾患死亡との関連について,年齢階級・性別に検討できる本統合データベースの果たす役割は大きいと思います。今回の解析はまだ始まったばかりですが,個々の危険因子と循環器疾患死亡の関連の検討とともに,それらの危険因子の集積が与える影響についても検討を進めていこうと思います。


[JMSコホート研究] リポ蛋白(a)低値は脳出血の危険因子

発表者: 自治医科大学・石川 鎮清 氏 (1月9日(土),口演)
  目的: リポ蛋白(Lp)(a)は動脈硬化の進展に関与すると考えられていることから,前向きコホート研究により,Lp(a)レベルと脳卒中発症リスクとの関連を検討した。
  コホート・手法: JMSコホート研究の10,494人を10.7年間追跡。 (JMSコホート研究へ
  結果: Lp(a)低値は,脳出血発症の独立した危険因子であった。Lp(a)レベルと脳梗塞発症リスク,くも膜下出血発症リスクとの関連はみとめられなかった。
石川鎮清氏 石川鎮清氏のコメント
通常,Lp(a)はその血中濃度の大部分が遺伝的に規定され,また炎症反応蛋白でもあるために動脈硬化の危険因子ととらえられ,一時,多くの研究報告が出されましたが,脳卒中との関連については議論が分かれていました。今回のJMSコホート研究での検討では,Lp(a)低値と脳出血の関連がみとめられ,過去の報告とは異なる結果となっていました。


[NIPPON DATA80] 高い食塩摂取は日常生活動作(ADL)低下リスクと関連

発表者: 滋賀医科大学・三浦 克之 氏(1月10日(日),口演)
  目的: これまでに脳卒中や高血圧の既往とその後の日常生活動作(activities of daily living: ADL)低下リスクとの関連が報告されていることから,食塩摂取量とADL低下との関連を検討した。
  コホート・手法: NIPPON DATA80の52~64歳の男女1,510人(心血管疾患既往および降圧薬服用なし)を14年間追跡。ベースライン時のナトリウムおよびカリウム摂取については,1980年の国民栄養調査のデータから個人の摂取量を推定した。ADLは5つの項目(食事,排泄,着替え,入浴,家の周りの歩行)により評価し,いずれかの動作を行えない状態をADL低下とした。 (NIPPON DATAへ
  結果: 食塩摂取量が多いほど,またナトリウム/カリウム摂取量比が高いほど14年後のADL低下のリスクが有意に高かったことから,中年期の高い食塩摂取と低いカリウム摂取が将来のADL低下を引き起こす可能性が示唆された。
三浦克之氏 三浦克之氏のコメント
NIPPON DATA80の対象者は,循環器疾患基礎調査と同時に国民栄養調査の対象者でもあるため,食生活と将来の疾患リスクとの関連の分析が可能となりました。国民栄養調査で評価された食塩摂取量が将来のADL低下との関連を示したことは,介護予防対策において重要なエビデンスになるものと思います。


[大迫研究] 血清マグネシウム低値は,血圧とは独立に頸動脈病変と関連

発表者: 東北大学・橋本 貴尚 氏 (1月9日(土),ポスター)
  目的: 血清マグネシウム(Mg)値と血圧,および頸動脈病変との関連を検討。
  コホート・手法: 大迫研究の724人。血圧値は24時間自由行動下血圧測定により評価した。 (大迫研究へ
  結果: 血清Mg値は,頸動脈内膜-中膜肥厚度(IMT),および頸動脈プラークの割合との有意な負の関連を示した。血清Mg値と24時間血圧との関連はみられず,有意な交互作用もみとめられなかったことから,血清Mg低値が血圧とは独立した頸動脈病変の危険因子である可能性が示唆された。
橋本貴尚氏 橋本貴尚氏のコメント
これまでに,米国の大規模疫学研究のARIC研究において,血清Mg低値と全身の動脈硬化の指標である頸動脈IMTとの関連が報告されていますが,日本人の一般住民を対象とした検討はありませんでした。さらに,24時間血圧が正常域にある集団においても関連が認められたことから,Mgは非高血圧者においても重要な動脈硬化の関連要因であると考えられます。


[吹田研究] MetSは心筋梗塞,虚血性脳卒中の危険因子だが,高LDL-C血症は虚血性脳卒中とは関連せず

発表者: 国立循環器病センター・岡村 智教 氏(1月10日(日),ポスター)
  目的: メタボリックシンドローム(MetS)および高LDL-C血症と心血管疾患発症リスクとの関連を検討。
  コホート・手法: 吹田研究の心血管疾患既往のない30~79歳の男女5,013人(吹田市民から無作為抽出)を11.7年間追跡。MetSの定義には修正NCEP-ATP III基準(腹囲基準: 男性≧90 cm,女性≧80 cm)を用い,高LDL-C症の定義は≧160 mg/dLとした。 (吹田研究へ
  結果: MetSは心筋梗塞および虚血性脳卒中の有意な危険因子であったが,高LDL-C血症は心筋梗塞のみと有意な関連を示し,より心筋梗塞に特化した危険因子であることが示唆された。
岡村智教氏  岡村智教氏のコメント
LDL-Cは心筋梗塞などの冠動脈疾患の重要な危険因子であり,今回あらためてその意義が確認されました。一方,多くの先行研究から,総コレステロールと脳梗塞の関連はあまり強くないことが示されており,今回のLDL-Cと脳梗塞の関連についての結果は想定範囲内でした。
メタボリックシンドロームについては,高血圧と耐糖能異常という,脳梗塞に対しても強い関連を有する因子を含んでいるため,心筋梗塞,脳梗塞の両方のリスクとして示されたと考えられます。なお,われわれが今回用いたメタボリックシンドロームの定義が,腹部肥満を必須としたものではないことに注目してください。


[吹田研究] 正常高値血圧の人でも頸動脈硬化が進展

発表者: 国立循環器病センター・小久保 喜弘 氏(1月9日(土),ポスター)
  目的: 都市部一般住民において,「正常高値血圧と頸動脈硬化は関連する」「炎症があると頸動脈硬化はより進展する」という仮説を検証。
  コホート・手法: 吹田研究の35~89歳の男性1,709人および女性1,946人(吹田市民から無作為抽出)。血圧カテゴリーとして,高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)による分類を用いた。 (吹田研究へ
  結果: 至適血圧にくらべ,正常高値血圧および高血圧における頸動脈内膜-中膜肥厚度(IMT)は有意に高かった。女性では,高感度CRP値が高い人で血圧と頸動脈IMTとの関連が強い傾向がみとめられた。
小久保喜弘氏  小久保喜弘氏のコメント
日本人において,正常高値血圧と,循環器疾患のサロゲートマーカーである頸動脈IMTとの関連を検討した研究は初めてだと思います。さらに今回の結果から,女性では,炎症マーカーが高値の人では頸動脈硬化がより進展している可能性が示唆されました。吹田研究は数少ない都市部コホートであり,正常高値血圧の段階から頸動脈硬化が進展していたという結果は,予防の観点からも非常に重要だと考えられます。


[吹田研究] 血清クレアチンキナーゼ高値は心筋梗塞リスクと関連

発表者: 国立循環器病センター・渡邉 至 氏(1月10日(日),ポスター)
  目的: ベースライン時の血清クレアチンキナーゼ(CK)値と心筋梗塞および脳卒中発症リスクとの関連について検討。
  コホート・手法: 吹田研究の男性2,370人および女性2,656人(吹田市民から無作為抽出)を11.8年間追跡。 (吹田研究へ
  結果: 血清CK値は心筋梗塞発症リスクと有意な関連を示しており,この結果はとくに脂質異常症の人で顕著であった。
 渡邉至氏のコメント
今回の結果は,健康な日本人集団において,血清CK値によるスクリーニングが初発の心筋梗塞の予測に有益であり,とくに脂質異常症の人で有益である可能性を示唆しています。国内外を含め,これまでに同様の報告はなく,メカニズムも十分に解明されていません。今後の情報の集積がまたれます。

 文献情報 Watanabe M,et al. Elevated serum creatine kinase predicts first-ever myocardial infarction: a 12-year population-based cohort study in Japan, the Suita study. Int J Epidemiol. 2009; 38: 1571-9. pubmed


[高島研究] CRP遺伝子多型は動脈硬化性疾患の原因ではなくマーカーである可能性

発表者: 滋賀医科大学・高嶋 直敬 氏 (1月9日(土),ポスター)
  目的: 血中のCRPレベルに関連するとされるCRP遺伝子の一塩基多型rs1205と上腕-足首脈波伝播速度(baPWV)との関連を検討。
  コホート・手法: 高島研究(滋賀県高島市において,生活習慣病の危険因子を検討する前向きコホート研究)の心血管疾患既往のない75歳未満の男女1,415人。
  結果: CRP遺伝子多型は血中高感度CRPレベルと有意な関連を示しており,血中高感度CRPレベルはbaPWVとの有意な関連を示していた。しかし,CRP遺伝子型とbaPWVに直接的な関連がみとめられなかったことから,遺伝子型により規定されるCRP高値が,動脈硬化性疾患の原因というよりマーカーである可能性が示唆された。




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