[学会報告] 日本高血圧学会2009 特別企画「日本のエビデンスをつくる:JALS」
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第32回日本高血圧学会総会は,滋賀県大津市の大津プリンスホテルにて,2009年10月1日(木)~3日(土)の3日間にわたって行われた。
10月1日(木)の特別企画 「日本のエビデンスをつくる: JALS」 (座長: 大橋靖雄氏[東京大学],清原裕氏[九州大学]) では,日本を代表する疫学研究のメタアナリシスである日本動脈硬化縦断研究 (JALS: Japan Atherosclerosis Longitudinal Study) のこれまでの解析で得られた成果や,今後の展望をテーマに発表が行われた。ここではその概要を紹介する。 (JALSへ)
はじめに: JALS研究の目的とその意義 |
左:白根 直子 氏 (公益信託日本動脈硬化予防研究基金 運営委員) 中:大橋 靖雄 氏 (東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻生物統計学分野) 右:上島 弘嗣 氏 (滋賀医科大学 生活習慣病予防センター) |
1. 降圧治療下の血圧レベルと脳卒中リスク |
浅山 敬 氏 (東北大学大学院薬学系研究科 医薬開発構想寄附講座) 浅山敬氏に聞く: 臨床と疫学のギャップを埋めていくことが課題 |
2. 慢性腎臓病が心血管病発症に及ぼす影響 |
二宮 利治 氏 (九州大学大学院医学研究院 環境医学分野) |
3. 脈圧の循環器リスク予測能は高いか |
三浦 克之 氏 (滋賀医科大学社会医学講座 公衆衛生学部門) |
4. JALS統合研究ベースラインデータと今後の期待 |
佐藤 眞一 氏 (千葉県衛生研究所) |
はじめに: JALS研究の目的とその意義
発表者:
左:白根 直子 氏 (公益信託日本動脈硬化予防研究基金 運営委員) 中:大橋 靖雄 氏 (東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 生物統計学分野) 右:上島 弘嗣 氏 (滋賀医科大学 生活習慣病予防センター) |
- 「日本動脈硬化予防研究基金」設立の経緯 -
まず,公益信託「日本動脈硬化予防研究基金」運営委員・白根直子氏より,JALSに研究資金助成を行っている同基金の設立経緯が紹介された。
愛知に住むある篤志家が50億円もの資金を提供し,基金を設立したのは2001年3月。氏は「高齢化が進む日本において,高齢者がその経験を生かしながら元気に生産活動に参加し,健康長寿をまっとうすることが日本経済の繁栄と個人の幸福にもっとも大切なこと」と考え,日本人の特徴をふまえた動脈硬化の予防研究支援に重点をおく同基金を創設したという。
白根氏は,JALSはとくに同基金の趣旨を代表する研究であり,今後の成果にも大きな期待が寄せられていると述べた。
- JALSの目指すもの -
次にJALS運営委員長の上島弘嗣氏より,コホート研究のメタアナリシスの意義について,これまでの知見も含めて紹介があった。
JALSのおもな目的の1つとして,サンプルサイズの大きさを生かし,主要な動脈硬化危険因子について詳細に検討することが挙げられる。たとえば,「古くて新しい」課題である血圧。年齢層ごとに血圧と循環器疾患リスクとの関連を比較・検討するサブグループ解析を行うためには,各年齢層で十分なサンプル数を確保する必要があり,大規模なメタアナリシスの本領発揮となる。
また,これまでに結論の出ていない課題を検証し,さまざまな危険因子について公衆衛生的・予防医学的な意義を検討することもメタアナリシスの重要な目的といえる。ここではコレステロールの例が挙げられた。コレステロールと冠動脈疾患の関連については,観察研究と介入研究の結果に矛盾がない。しかし脳卒中については,観察研究と介入研究の結果に乖離がみられるとされている。すなわち,介入試験においては脂質低下薬治療によりリスクが低下することが示されているが,観察研究においてはコレステロール値と脳卒中との関連は明らかではないのである。
上島氏はこのような課題について,日本人の大規模なデータを有するJALSから答えを出していきたいという意欲を強調した。
- JALSの概要 -
JALS事務局長の大橋靖雄氏は,研究の概要についてあらためて説明した。
JALSが0次研究および統合研究という2つの研究から構成されていること,統合研究において標準化が行われた項目(疾患発症の定義,追跡方法,血圧,脂質,生活習慣調査など),ならびに現時点までの論文発表の状況や統合研究での追跡状況などが紹介された。また,生物統計学を専門とする大橋氏は,JALSではポアソン回帰や変量モデルなど,これまでのわが国の疫学研究としては珍しい統計手法を用いて解析を行っていることも付け加えた。
統合研究のベースラインデータはすでに収集が終了しており,種々のテーマ(地域特性・年齢分布,血圧・心拍数,血清脂質値,腎機能,血糖値,BMI,喫煙,飲酒,栄養,身体活動など)ごとに論文としてまとめられたうえでJournal of Epidemiology (日本疫学会の学会誌) の増刊号に掲載される予定である。
1. 降圧治療下の血圧レベルと脳卒中リスク
発表者: 浅山 敬 氏 (東北大学大学院薬学系研究科 医薬開発構想寄附講座) |
- 背景・目的 -
高血圧患者では,薬物療法によって持続的な降圧効果が得られていても,同じ血圧レベルの未治療者にくらべると予後が悪いことが知られている。「治療によって一定の血圧レベルに保たれている集団」と「未治療でそれと同じ血圧レベルにある集団」との予後の差について明らかにすることは,今後の高血圧診療における重要な課題である。
そこで,JALS 0次研究の対象者を,降圧薬治療者と未治療者に分け,さらにその中で外来随時血圧値により階層化して脳卒中発症リスクを比較・検討した。
- コホート・手法 -
対象は,JALS 0次研究(ベースラインデータ: 1990年前後)から職域コホートを除いた55,151人。このうち,降圧薬服用の情報がなかった26,458人,服薬者のみが含まれるコホートの5,301人,脳卒中発症データまたは血清生化学データのない10,397人,40歳未満・90歳以上・心血管疾患既往のある1,624人を除いた11,371人を平均9.3年間追跡した。
服薬の有無ごとに,随時血圧を用いて対象者を以下の6つの血圧カテゴリーに分類し,計12カテゴリーで解析を行った。
至適血圧: 120/80 mmHg未満,正常血圧: 120/80~129/84 mmHg,正常高値血圧: 130/85~139/89 mmHg,I度高血圧: 140/90~159/99 mmHg,II度高血圧: 160/100~179/109 mmHg,III度高血圧: 180/110 mmHg以上。
- 結果 -
◇ 対象背景
降圧薬を服用している人(服薬者)は全体の23 %だった。
◇ 服薬の有無による脳卒中リスク
脳卒中初発は332人。
うち脳梗塞が204人,脳出血が72人,くも膜下出血が56人だった。
非服薬者に比した服薬者の脳卒中発症の相対ハザード(性別・収縮期血圧により調整)は以下のとおりで,いずれの病型についても,服薬者における有意なリスクの上昇がみとめられた。
全脳卒中: 1.73 (95 %信頼区間1.35-2.22)
脳梗塞: 1.63 (1.19-2.23)
脳出血: 2.01 (1.19-3.39)
くも膜下出血: 1.94 (1.01-3.74)
◇ 血圧カテゴリーごとの脳卒中リスク
各血圧カテゴリーにおける脳卒中発症の相対ハザード(服薬状況により調整)を算出した。
その結果,脳卒中リスクは血圧とともに直線的に増加しており(P for trend<0.0001),正常血圧においても,至適血圧に比した有意なリスク上昇がみとめられた。
非服薬者のみを対象に同様の検討を行った結果,脳卒中リスクは血圧とともに直線的に増加していた(P for trend=0.0001)。
一方,服薬者のみを対象に検討すると,脳卒中リスクと血圧とのはっきりした関連はみとめられなかった(P for trend=0.1)。また,至適血圧の非服薬者を対象として比較すると,服薬者では,至適血圧を含むすべての血圧カテゴリーにおいて有意な脳卒中リスク上昇がみられた。
服薬者において血圧と脳卒中リスクとの関連が直線的ではなかった理由として,
(1) 服薬者が,ベースラインの時点ですでに非服薬者よりも高いリスクを有していた可能性
(2) 服薬者では,服薬を開始する前にすでに高血圧または血圧高値の状態が一定期間持続していたために不可逆的な血管臓器障害が進行していた可能性
(3) ベースライン(1990年前後)当時,用いられていた降圧薬はおもに薬効時間の短いものであった → 解析では薬効の大きい日中に測定される随時血圧を用いているため,血圧値が低めに記録された(早朝・夜間の血圧はそれよりも高いものであった)可能性
などが考えられた。
- 結論 -
・ 降圧薬を服用している人(服薬者)の脳卒中リスクは,非服薬者に比べて高かった。
・ 服薬者では,依然として存在する心血管疾患リスクに十分注意する必要があり,服薬者において非服薬者と同等の予後を期待するためには,早期からの厳格な降圧管理,血圧以外の危険因子の管理,ならびに精度の高い血圧情報(家庭血圧や24時間自由行動下血圧)に基づく降圧治療が重要であることが示唆された。
・ この研究では,服薬情報の欠落などのために解析対象者が0次研究の対象者全体の1/4程度と少なく,推定リスクの信頼区間が広かった。今後,より大規模で精度の高い追跡研究や,精度の高い血圧情報に基づいた大規模介入研究が必要と考えられた。
―今回の結果に対するご感想をお聞かせください。
浅山 服薬しているかどうかという1つの情報が,これだけ脳卒中のリスクに影響を与えているということ,また服薬者では血圧レベルとリスクとの関連がはっきり出てこなかったという結果は,やはり意外でした。ただし,今回のデータはJALS 0次研究に基づくものであり,測定精度や服薬情報にばらつきがありますので,解釈には注意が必要です。
―臨床に与えるインパクトという点ではいかがですか。
浅山 服薬者のみを対象とした解析では,いわゆる「the lower,the better」の考え方とは乖離があるともいえる結果となりました。臨床の先生方にとっても,現場での感触とは異なると感じられる結果だったのではないでしょうか。
脳卒中全体でみると,「the lower,the better」というのはゆるぎない事実です。ただ,その内訳についても詳しく検討した場合,病型によっては,あるいは条件によっては直線的な関連が必ずしも強くない可能性があります。今回の結果は,そのような可能性を示したものと考えていただければよいと思います。
人口全体に対するインパクトを考えれば,「血圧は下げたほうがよい」ということに間違いはありません。
―現在進行中の統合研究のほうでは,より詳しい検討ができるのでしょうか。
浅山 そうですね。統合研究では血圧の測定方法を統一するなどの精度管理を行なっており,服薬状況についても,種々の調整項目データを含めて0次研究よりかなり詳しく調査しています。対象者数も10万人以上と非常に多く,いろいろな検討が可能になります。
今回の結果では,「現場での感触と観察研究のデータとに乖離がある」ということ自体がまさにエビデンスだと感じています。そこには何らかの明らかでないバイアスが入っているのかもしれませんし,研究手法にまだ改善の余地があるのかもしれません。そのような臨床と疫学のギャップを1つ1つ埋めていくことが,これからの課題だと思います。
2. 慢性腎臓病が心血管病発症に及ぼす影響
発表者: 二宮 利治 氏 (九州大学大学院医学研究院 環境医学分野) |
- 背景・目的 -
日本人のステージ3~5の慢性腎臓病(CKD)有病率は約11 %であり(Clin Exp Nephrol. 2009; 13: 187.),日本人を対象とした既存のコホート研究からは,CKDが心血管疾患の発症および死亡のリスクと関連することが報告されている。
しかし米国の疫学研究からは,CKDを有する人では,正常血圧者にくらべ至適血圧者の脳卒中発症リスクが有意に上昇するというJカーブ現象の報告もあり(J Am Soc Nephrol. 2007; 18: 960-6.),血圧も考慮に入れて検討する必要があると考えられた。
そこで,前向きコホート研究の個人データを用いた大規模なメタ解析により,腎機能低下が心血管疾患発症に及ぼす影響について,血圧レベルを考慮に入れた検討を行った。
- コホート・手法 -
JALS 0次研究に参加した21コホートのうち,血清クレアチニン値を測定していた10地域コホート(北海道[端野・壮瞥],秋田[井川],新潟[十日町],茨城[協和],滋賀[信楽],大阪[八尾],広島,愛媛[大洲],福岡[久山],熊本)の40~89歳の30,657人を7.4年間追跡(1985~2003年)。
推定糸球体濾過値(eGFR)の算出にはMDRD式を用いた。
CKDの定義は,eGFR<60 mL/分/1.73 m2とした。
- 結果 -
◇ 対象背景
平均年齢は58歳,男性の割合は38 %,血圧は131/78 mmHg,血清クレアチニンは0.9 mg/dL。
CKDの有病率は8.2 %だった。
◇ 腎機能と心血管疾患リスク
CKD有病者における心血管疾患発症の相対危険度(多変量調整後)は,非CKDに比して1.6(95 %信頼区間1.1-2.2)と有意に高かった。
同様に,心筋梗塞発症(相対危険度2.4[1.3-4.3]),全死亡(1.7[1.4-2.0])についても,CKD有病者での有意なリスク上昇がみとめられた。
脳卒中については多変量調整後に有意差が消失したものの,CKD有病者では非CKDに比して相対危険度が1.4(1.0-2.0)と増加傾向にあった。
◇ CKDの有無および血圧と心血管疾患発症リスク,および全死亡リスク
CKDあり,なしの場合それぞれについて,JNC7の血圧カテゴリー(正常/前高血圧/ステージ1高血圧/ステージ2高血圧)と心血管疾患発症,脳卒中発症,および全死亡の相対危険度(多変量調整)との関連を検討した。
・ 心血管疾患
CKDの有無にかかわらず,血圧カテゴリーが上がるとともに心血管疾患の発症リスクは直線的に上昇した(CKDなし: P for trend=0.001,CKDあり: P for trend<0.001)。
CKDを有しない人では,前高血圧においても有意なリスク上昇がみとめられた(相対危険度1.7 vs. 正常血圧,95 %信頼区間1.2-2.4)。
・ 脳卒中
CKDの有無にかかわらず,血圧カテゴリーが上がるとともに脳卒中の発症リスクは直線的に上昇した(CKDなし: P for trend<0.001,CKDあり: P=0.004)。
CKDを有しない人では,前高血圧においても有意なリスク上昇がみとめられた(相対危険度2.0 vs. 正常血圧,95 %信頼区間1.4-3.0)。
なお,心筋梗塞発症について行った解析でも,同様の傾向がみとめられた。
・ 全死亡
CKDの有無にかかわらず,血圧カテゴリーが上がるとともに全死亡リスクが直線的に上昇した(CKDなし: P for trend<0.001,CKDあり: P for trend=0.004)。
- 結論 -
・ 腎機能低下は,心血管疾患発症,脳卒中発症,心筋梗塞発症,および全死亡の独立した危険因子であった。
・ CKDの有無にかかわらず,血圧レベルの上昇にともなって,心血管疾患発症リスクおよび全死亡リスクは直線的に増加した。
3. 脈圧の循環器リスク予測能は高いか
発表者: 三浦 克之 氏 (滋賀医科大学社会医学講座 公衆衛生学部門) |
- 背景・目的 -
血圧は心血管疾患の確立された危険因子だが,その指標は1つではない。歴史的には拡張期血圧がもっとも重要とされた時代があり,その後,収縮期血圧の予測能がみとめられるようになったという経緯がある。また近年,脈圧のリスク予測能も注目されている。
これまでに,日本人を対象として複数の血圧指標の心血管疾患リスク予測能を比較した研究は少なく,大規模かつ長期にわたる前向きコホート研究による詳細な検討が求められている。そこで,JALS 0次研究のメタアナリシスのデータを用い,収縮期血圧(SBP),拡張期血圧(DBP),脈圧(pulse pressure: PP)* ,平均血圧(mean blood pressure: MBP)** の4つの血圧指標の心血管疾患発症リスク予測能を比較した。
* PP=SBP-DBP,* MBP=DBP+1/3×PP
- コホート・手法 -
JALS 0次研究に参加した21コホートのうち,ベースライン時の血圧および調整因子のデータに不備のない16コホートを対象として,40~89歳の男女48,224人を8.4年間追跡。
各血圧指標について,1 SD上昇あたりの心血管疾患発症のハザード比を比較した。
- 結果 -
◇ 対象背景
平均年齢56.7歳,SBP 130.4±19.2 mmHg,DBP 77.8±11.5 mmHg,PP 52.7±13.9 mmHg,MAP 95.3±13.0 mmHg,BMI 23.2 kg/m2,総コレステロール200.0 mg/dL,喫煙歴26.1 %。
脳卒中発症は1,231人(男性632人,女性599人)で,うち脳梗塞が815人(466人,349人),出血性脳卒中が413人(167人,246人)。
心筋梗塞発症は220人(148人,72人)。
◇ 全脳卒中
・ 男性: SBP,DBP,PP,MBPのいずれも全脳卒中発症リスクとの有意な関連を示した。関連がもっとも強かったのはMBP,弱かったのはPP。
・ 女性: 男性とほぼ同様の結果を示した。
◇ 脳梗塞
・ 男性: SBP,DBP,PP,MBPのいずれも脳梗塞発症リスクとの有意な関連を示した。関連がもっとも強かったのはSBPおよびMBP,弱かったのはPP。
・ 女性: 男性とほぼ同様の結果を示した。
◇ 出血性脳卒中
・ 男性: SBP,DBP,PP,MBPのいずれも出血性脳卒中発症リスクとの有意な関連を示した。関連がもっとも強かったのはDBP,弱かったのはPP。
全体に,各指標の1 SD上昇あたりのハザード比の増加度が脳梗塞に比べて大きく,出血性脳卒中に対する血圧の影響が強いことが示唆された。
・ 女性: SBP,DBP,PP,MBPのいずれも出血性脳卒中発症リスクとの有意な関連を示した。関連がもっとも強かったのはMBP,弱かったのはPP。
◇ 心筋梗塞
・ 男性: 心筋梗塞発症リスクとの関連がもっとも強かったのはSBPおよびMBPだった。
・ 女性: 男性とほぼ同様の結果を示した。
◇ 高齢者を対象とした解析
70~84歳の人のみを対象として,4つの血圧指標と全脳卒中発症リスクとの関連を検討した。
その結果,全員を対象とした解析とほぼ同様の結果が得られ,全脳卒中との関連がもっとも弱いのは男女ともPPであった。
◇ SBPとDBP,PPとMBPを互いに調整したモデル
高血圧の病態の観点からより詳細に分析を行うため,SBPとDBP,およびPPとMBPをそれぞれ同じモデルに入れて互いに調整を行ったうえで,4つの血圧指標と全脳卒中発症リスクとの関連を検討した。
その結果,男女とも,互いに調整を行ったうえでもSBPとDBPはそれぞれ独立に全脳卒中リスクと関連していた。
一方,PPとMBPを互いに調整した結果,男女ともMBPは全脳卒中との独立した関連を示したが,PPと全脳卒中との有意な関連は消失し,MBPのほうが予測能に優れることが示唆された。
- 結論 -
・ SBP,DBP,PP,MBPの4つの血圧指標について各心血管疾患発症リスクとの関連を検討した結果,全体にSBPまたはMBPの予測能がもっとも高く,PPの予測能がもっとも弱かった。
・ 男性の出血性脳卒中リスクの予測にはDBPが重要であることが示唆された。
・ 日本人において,血圧により循環器疾患発症の長期的なリスクを評価する際はおもにSBPを用いるべきであり,MBPも重要と考えられた。
4. JALS統合研究ベースラインデータと今後の期待
発表者: 佐藤 眞一 氏 (千葉県衛生研究所) |
- JALS統合研究の現在の状況 -
JALS統合研究のベースライン調査は2002年より開始され,2006年3月末をもって終了した。その後にデータの不備などについて各コホートにフィードバックを行い,現在,ベースラインデータの固定が完了したところである。
2009年8月時点での追跡状況は以下のとおり。
脳卒中: 1,601人,うち初発が1,136人(脳梗塞716人,脳出血295人,くも膜下出血115人)
心筋梗塞: 352人
死亡: 2,929人
- 0次研究との違い -
◇ 対象者数
統合研究の対象者は118,239人(男性54,349人,女性63,890人)。
0次研究の対象者(66,691人)の2倍近い大規模なサンプルサイズを活かし,脳卒中の病型別の解析のみならず,出血性脳卒中の内訳(脳出血,くも膜下出血)や脳梗塞のサブタイプ(アテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性脳塞栓)についても解析を行う予定である。
◇ 標準化
0次研究ではゆるやかな標準化のみを行ってデータを解析している。一方,統合研究では,身長・体重,血圧,脈拍,腎機能,血清脂質値,耐糖能,喫煙,飲酒,食事,身体活動などの各調査項目について綿密な標準化を行っていることが大きな特長である。とくに脂質については大阪府立健康科学センターがCDC/CRMLN* の国際脂質標準化プログラムによる標準化を行っており,より正確な国際比較が可能となる。
* CDC: Centers for Disease Control and Prevention (米国疾病予防管理センター),
* CRMLN: Cholesterol Reference Method Laboratory Network
- 統合研究ベースラインデータを用いた解析結果 -
◇ 特定健診・特定保健指導リスク階層化に関する検討
2008年4月から始まった特定健診・特定保健指導におけるリスク階層化について検討するために,データに不備のない70歳以下の80,758人を対象として解析を行った。
肥満の有無により,危険因子(血圧高値,血糖高値,喫煙,血清脂質異常)を1つ以上有する人の集団全体に対する割合を比較した結果,非肥満の高リスク者のほうが肥満の高リスク者よりも多かった。
しかし,特定保健指導は非肥満者を指導の対象としておらず,高リスク者に対する予防対策として十分とはいえない。肥満の有無にかかわらず,日本人の脳卒中・心筋梗塞の最大の危険因子は血圧である。まずは血圧コントロールを徹底するべきと考える。
◇ 高血圧に関する検討
高血圧の割合,およびコントロールの状況について検討するために,JNC7の血圧カテゴリー(正常/前高血圧/ステージ1高血圧/ステージ2高血圧)を用い,98,265人を対象として解析を行った。
降圧薬非服薬者におけるステージ1・2高血圧の割合は年齢とともに増加し,若年者で2~3割,高齢者で4割程度だった。
高血圧患者のうち,前高血圧(120~139/80~89 mmHg)以下まで良好にコントロールできている人の割合は約2割。すなわち,コントロール不良の高血圧患者が約8割を占めていた。
- 今後の期待と課題 -
統合研究では綿密な標準化を行っていることから,いまだ決着のついていない問題や,臨床試験の結果と食い違いがみられる結果などについても,精度の高いデータにより,種々の交絡因子を考慮した解析を行うことができる。
一方で,保健制度の変更や市町村合併による制度の変化などにより,各コホートのデータの質をそろえることが難しくなってきている面もある。まずは現在得られている均質なデータの解析を進めながら,よりよい方法を検討したい。