[学会報告・日本高血圧学会2010] INTERLIPID,JMSコホート研究,大迫研究,労災過労死研究,端野・壮瞥町研究,田主丸研究

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第33回日本高血圧学会総会は, 2010年10月15日(金)〜17日(日)の3日間にわたって,福岡国際会議場にて開催された。
ここでは,学会で発表された疫学研究の一部を紹介する。
会場写真

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[INTERLIPID] 血清レプチン値が高いと,摂取エネルギーが低い

発表者: 京都女子大学・中村 保幸 氏 (10月15日(金),一般口演)
  目的: 遺伝的背景が同じだが生活習慣の違いにより肥満度が大きく異なっている,ハワイ在住の日系米国人と日本在住の日本人を対象に,食事による総摂取エネルギーと血清レプチン*および肥満との関連を検討した。
  コホート・手法: INTERLIPID参加者のうち,血清レプチンを測定した40〜59歳の日本在住の234人およびハワイ在住の日系米国人182人。 (INTERLIPIDへ
  結果: 体重,年齢,性別,身体活動量などを調整因子として用いた多変量解析の結果,血清レプチン値が高いと,食事による総摂取エネルギーが低いという有意な逆相関が示された。肥満度による層別化解析を行うと,BMI<25 kg/m2の人では有意な関連はみられなかった。一方,BMI≧25 kg/m2の人では,男性,および日系人男性において,血清レプチン値と総摂取エネルギーとの有意な逆相関がみとめられた。これらの結果から,ヒトでは肥満の状態でもレプチンの食欲抑制作用が持続している可能性が示唆された。
* レプチン: 脂肪細胞から分泌されるホルモン。食欲低下作用と交感神経刺激作用を有する。動物実験では,高度肥満があると交感神経刺激作用は持続するが食欲低下作用は消失するという選択的レプチン抵抗性がみられることが報告されている。



[JMSコホート研究] 前高血圧症の人で心血管疾患発症リスクが増加

発表者: 自治医科大学・石川 由紀子 氏 (10月15日(金),一般口演)
  目的: 前高血圧症と心血管疾患発症リスクとの関連を検討。
  コホート・手法: JMSコホート研究の11000人を平均10.7年間追跡した。JNC 7にもとづき,収縮期血圧120〜139 mmHgまたは拡張期血圧80〜89 mmHgを前高血圧症と定義した。 (JMSコホート研究へ
  結果: 前高血圧症の心血管疾患(CVD)(脳卒中+心筋梗塞)発症リスクは,血圧正常にくらべて1.45倍と有意に上昇していた。層別化解析の結果,ベースラインから5年未満の追跡期間においては,正常血圧と前高血圧症のCVD発症リスクに有意差はみとめられなかったが,5年以降の追跡期間においては,正常血圧にくらべて前高血圧症のCVDリスクが有意に上昇していた。さらに5年以降の追跡期間において年齢層別に解析した結果,65歳未満についてのみ,前高血圧症の人の有意なリスク上昇がみとめられた。
石川由紀子氏  石川由紀子氏のコメント
高血圧の前段階である「前高血圧症」であってもCVDのリスクが増大することは,これまでにも示されてきました。さらに,われわれが以前報告したように,前高血圧症の人は日本の地域一般住民の3分の1を占めており,この群へのアプローチが公衆衛生の観点からも重要であることが示唆されます。しかし医療経済の観点からは,前高血圧症のなかでもどのような層へ介入するべきかについて検討することが大きな課題となっています。本研究では,年齢と追跡期間で層別化し,CVD発症リスクの検討を行いました。その結果,前高血圧症のCVD発症リスク上昇は,追跡期間5年未満ではみとめられませんでした。追跡期間5年以降においては,高齢者層ではリスク増加はみられず,非高齢者層でのみリスク増加がみとめられました。したがって,CVDに対する一次予防のハイリスクアプローチとして,非高齢者の前高血圧症に対する介入により,将来のCVD発症を抑制できる可能性があると考えられました。


[大迫研究] 慢性的な受動喫煙の女性は家庭血圧値が高い

発表者: 東北大学・関 真美 氏,東北大学病院・井上 隆輔 氏 (10月15日(金),一般口演)
  目的: 再現性や予後予測能に優れる家庭血圧値を用いて,慢性的な受動喫煙が血圧に及ぼす影響を検討。
  コホート・手法: 大迫研究参加者のうち,家庭血圧値のデータに不備がなく,1998年のアンケート調査時に受動喫煙に関する回答が得られている35歳以上の非喫煙女性579人のうち,降圧薬を服用していない474名を解析対象とした。自宅および職場などでの受動喫煙の有無をたずね,いずれも「ほとんどない」と回答した人を『受動喫煙なし』,それ以外の人を『受動喫煙あり』とした。さらに,場所(自宅/職場など),頻度(毎日/時々)による分類を行った。 (大迫研究へ
  結果: 『受動喫煙なし』にくらべ,『受動喫煙あり(自宅+職場など)』では朝および晩の収縮期血圧が+3〜4 mmHgと有意に高かった。『受動喫煙あり(自宅のみ)』では朝の収縮期血圧のみが有意に高かった。また受動喫煙の頻度でみると,『受動喫煙なし』にくらべ,『受動喫煙あり(毎日)』では朝および晩の収縮期血圧が有意に高かったが,『受動喫煙あり(時々)』ではいずれも有意差はみられなかった。拡張期血圧,心拍数については,受動喫煙との関連はみられなかった。
井上隆輔氏 井上隆輔氏のコメント
降圧薬を内服していない女性では,受動喫煙と家庭収縮期血圧のあいだに有意な関連があることが示されました。受動喫煙が循環器疾患のリスクとなることはこれまでにも多くの研究で示されており,循環器疾患リスクである家庭収縮期血圧高値を有する人では,相乗的にリスクが高まる可能性があります。今後,さらなる受動喫煙対策が必要と考えられます。


[労災過労死研究] 残業の影響をもっとも受けやすいのは血圧

発表者: 東北労災病院・宗像 正徳 氏 (10月15日(金),一般口演)
  目的: 勤務者における年間残業時間と,高血圧,糖尿病,脂質異常症の有病率との関連を検討。
  コホート・手法: 労災過労死研究に参加した労働者健康福祉機構職員2161人(男性635人,女性1526人)。職種の内訳は事務職9%,医師1%,医療職30%,看護職55%,技能業務職5%。時間外労働時間は,給与明細書から計算した(2002〜2006年)。
  結果: 年間残業時間500時間(1か月あたり約42時間)以上の人では,500時間未満の人にくらべ,翌年の健康診断における高血圧,糖尿病,脂質異常症の有病率がいずれも約2倍と有意に高かった。5年連続でデータを得られた人のみを対象に縦断的な検討を行った結果,前年度の年間残業時間が500時間以上の人の高血圧リスクは約1.5倍と有意に高くなっていた。糖尿病,脂質異常症についても同様の傾向であったが,有意差はなかった。
宗像正徳氏 宗像正徳氏のコメント
労働者健康福祉機構は厚生労働省が所管する独立行政法人ですので,今回の対象者の1か月あたりの平均残業時間は14〜15時間とあまり多くはありません。しかし,年間残業時間150時間を超えると高血圧の有病率が有意に増加し始め,500時間を超えると高血圧,糖尿病,脂質異常症のいずれについても有意に有病率が高くなることがわかりました。また,縦断的な検討においても残業時間と高血圧との有意な関連がみられました。これらの結果から,動脈硬化危険因子のなかで,長時間労働の影響をもっとも受けやすいのは血圧だと考えられます。ただし今回の検討にはまだ不十分な点もあり,たとえばサービス残業はカウントできていません。また,医師と看護職では仕事の裁量権の点で大きな違いがあるため,残業による影響の出かたも変わってくる可能性があります。今後,職種別の解析や,年間だけではなく月ごとの残業時間による解析なども引き続き行っていく予定です。


[端野・壮瞥町研究] インスリン抵抗性は血圧上昇の予測因子

発表者: 札幌医科大学・三俣 兼人 氏 (10月15日(金),高得点演題1<疫学>)
  目的: インスリン抵抗性が,その後の血圧変化に対して経時的にどのような影響を及ぼすかを検討。
  コホート・手法: 端野・壮瞥町研究の参加者のうち,75 g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を実施した1578人(男性661人,女性917人)を5年間追跡。インスリン抵抗性の指標にはMatsuda-DeFronzo Index*を用い,全体をインスリン抵抗性低値群,中値群,高値群の3群に分けた。ランダム係数モデル**を用いて血圧の経時的な変化に関する解析を行った。 (端野・壮瞥町研究へ
  結果: ベースラインの収縮期血圧(SBP),拡張期血圧(DBP)は,インスリン抵抗性が高い群ほど高値であり,インスリン抵抗性高値群および中値群では有意な経時的増加が認められたが,低値群では有意な変化はみられなかった。一方,DBPについては,インスリン抵抗性高値群と中値群では急峻な増加ののちに低下する傾向がみとめられ,低値群でも増加ののちに低下する傾向がみられたが,その変化は緩徐であった。
* Matsuda-DeFronzo Index=10000/[(糖負荷前血糖値×糖負荷前血清インスリン値)×(OGTT中の平均血糖値×OGTT中の平均血清インスリン値)]1/2で表される。値が低いほど,インスリン抵抗性が高い状態を示している。HOMA-Rが肝臓を中心としたインスリン抵抗性を示す指標であるのに対し,Matsuda-DeFronzo Indexは全身のインスリン抵抗性を評価するために開発された。
** 観察研究において血圧のような値を反復測定する場合,各測定データが独立した値ではなく個体内での相関を有すること,データに欠損値が存在することや反復測定の条件が毎回同一ではないことなどを考慮する必要があるため,血圧を従属変数,時間を説明因子としたランダム係数モデルを用いた。

三俣兼人氏 三俣兼人氏のコメント
インスリン抵抗性の指標であるMatsuda-DeFronzo Indexは,その時点での血圧の規定因子であるのみならず,将来の血圧上昇の規定因子であることが示されました。またインスリン抵抗性が中等度の人では,ベースラインの血圧が低値であっても,その後の血圧上昇幅が大きくなっていました。このことから,将来の血圧上昇を予防するためには,インスリン抵抗性を指標としたリスク層別化なども考慮し,対策を行う必要があると考えられます。


[端野・壮瞥町研究] 新しいカットオフ値(100 mg/dL)による空腹時血糖異常は高血圧発症リスク

発表者: 札幌医科大学・大西 浩文 氏 (10月15日(金),高得点演題1<疫学>)
  目的: 2008年,日本糖尿病学会により「正常高値血糖」(空腹時血糖値[FPG]100〜109 mg/dL)という新区分が提唱され,また特定健診・特定保健指導においてもカットオフ値としてFPG 100 mg/dLが用いられている。そこで,FPG 100 mg/dLと110 mg/dLをそれぞれカットオフ値として用いた場合の空腹時高血糖(IFG)の高血圧発症リスク予測能を比較・検討した。
  コホート・手法: 端野・壮瞥町研究の参加者のうち,高血圧,糖尿病のない1039人を平均5年間追跡。 (端野・壮瞥町研究へ
  結果: カットオフ値にFPG 110 mg/dLを用いると,IFGと非IFGの高血圧発症リスクに有意差はみられなかった。一方,カットオフ値に100 mg/dLを用いると,IFGでは非IFGにくらべて高血圧発症リスクが有意に高くなっていた。カットオフ値100 mg/dLについてさらに層別化解析を行うと,BMI<25 kg/m2の非肥満者ではIFGの高血圧発症リスクが非IFGに比して有意に高くなっていたが,BMI≧25 kg/m2の肥満者ではIFGと非IFGの高血圧発症リスクに有意差はみられなかった。
大西浩文氏 大西浩文氏のコメント
空腹時血糖異常(IFG)の人は,糖尿病にもちろんなりやすいのですが,それだけではなく高血圧にもなりやすいということがわかりました。この結果から,空腹時血糖が高い人に対して,糖尿病予防と高血圧予防の両方の観点から保健指導などの介入を行ったほうが効果的だと考えられました。また,肥満による層別化解析では,特定健診・特定保健指導で指導の対象とならない非肥満者でも,IFGが高血圧発症のリスクとなっていました。今後,肥満ではない人に対しても,種々の危険因子の状況をもとに,情報提供のみの経過観察でよいのか,それとも何らかの介入が必要なのかを判断していく必要がありますが,「やせていて血糖値が少し高い」ということもその指標の一つになると考えられます。


[端野・壮瞥町研究] GLP-1(インクレチン)は収縮期血圧と負の相関

発表者: 札幌医科大学・赤坂 憲 氏 (10月15日(金),一般口演)
  目的: インクレチン* として知られるglucagon-like peptide-1(GLP-1)と血圧との関連を検討。
  コホート・手法: 端野・壮瞥町研究の参加者のうち,2009年,2010年の健診時に耐糖能障害が疑われ,75 g経口糖負荷試験(OGTT)を実施した65人(男性28人,女性37人)。 (端野・壮瞥町研究へ
  結果: OGTT中の血中インスリン総量とGLP-1総量は有意な正の相関を示した。血圧との関連をみると,OGTT中のGLP-1総量,および糖負荷後60分間でのGLP-1増加量は,いずれも収縮期血圧との有意な負の相関を示していた。この結果は年齢,性別,BMIで調整しても同様であった。
* インクレチン: 消化管由来の生理活性ペプチドで,糖尿病の発症・進展にかかわっており,臨床応用も始まっている。glucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)とGLP-1の2つが知られている。

赤坂憲氏 赤坂憲氏のコメント
インクレチンに関する研究は,高血圧の分野ではまだわからないことがたくさんあります。基礎研究ではGLP-1がナトリウム利尿を促すことや,内皮機能を改善することが報告されていますが,疫学研究ではまだ血糖以外の作用は報告されておりません。私たちは今後も対象者を増やし,解析を続けることにより,ヒトでのインクレチンの多面的作用を明らかにしていきたいと思います。


[田主丸研究] 血中アルドステロン濃度はインスリン抵抗性の進展と関連する

発表者: 久留米大学・熊谷 英太 氏 (10月15日(金),高得点演題1<疫学>)
  目的: 血清アルドステロン高値とインスリン抵抗性との関連を検討。
  コホート・手法: 田主丸研究。横断解析対象者は1999年時の健診を受診した1235人,縦断解析対象者は横断解析対象者のうち1999年時に糖尿病を有しておらず,2009年に実施された健診も受診した564人。 (Seven Countries Studyへ
  結果: 横断解析においては,血清アルドステロン濃度が高いほどインスリン抵抗性の割合が有意に高かった。縦断解析においては,ベースラインの血清アルドステロン濃度はインスリン抵抗性の進展と強い関連を示していた(BMI,年齢,血圧などによる調整後)。




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