[学会報告] 日本腎臓学会2009 特別企画「日本におけるCKDの疫学」
conclusion2
2009年6月3~5日の3日間にわたり,第52回日本腎臓学会学術総会がパシフィコ横浜にて開催された。
ここでは,6月4日(木)に行われた特別企画「日本におけるCKDの疫学」(座長: 新潟大学・下條文武氏)の内容を紹介する。
当日は,日本のCKD疫学研究を推進する3人の研究者による発表が行われた。
座長の下條氏(写真)は,開始にあたって「慢性腎臓病(CKD)の概念は,疫学研究が発端となって世界的に広まった。わが国においても,CKDの概念が広く知られるようになる以前から,さまざまな試みが行われてきた」と述べ,和田氏,二宮氏,井関氏を紹介した。
1. CKDは脳の細動脈病変の危険因子 |
山形大学医学部第三内科・和田 学 氏 |
2. CKDは心血管心血管疾患,心筋梗塞,全死亡の危険因子 |
九州大学大学院医学研究院環境医学分野・二宮 利治 氏 二宮利治氏に聞く: 今後のテーマは,治療をどうするか |
3. 沖縄透析研究(OKIDS)から現在進行中の研究まで |
琉球大学医学部附属病院血液浄化療法部・井関 邦敏 氏 |
1. CKDは脳の細動脈病変の危険因子
発表者: 山形大学医学部第三内科・和田 学 氏 |
- 背景・目的 -
これまでに,慢性腎臓病(CKD)が,心血管イベントや認知障害の危険因子であることが報告されている。しかし,CKDと脳の細動脈病変との関連については,まだ十分に検討されていない。そこで,地域一般住民を対象に,MRIによる脳の細動脈病変,および認知障害と,CKDとの関連を検討した。
- コホート・手法 -
山形県高畠町* および寒河江(さがえ)市の61〜72歳の地域住民731人にMRIを実施し,データ不備,皮質病変,尿路感染症,神経症状を有する人を除外した625人(男性280人,女性345人)を解析の対象とした(断面解析)。
細動脈病変の定義は,MRIによりラクナ梗塞または白質病変(white matter lesion)をきたしているものとした。
推定糸球体濾過値(eGFR)の算出には,日本人向けの係数を用いたMDRD式(Am J Kidney Dis. 2007; 50: 927-37. )を用いた。
CKDの定義は,eGFR<60 mL/分/1.73 m2または尿中アルブミンが30 mg/gクレアチニン以上とした。
- 結果 -
・ 対象背景
ラクナ梗塞または白質病変のある人では,ない人にくらべて,それぞれ高血圧とCKDの割合が有意に高く,推定糸球体濾過値(eGFR)が有意に低かった。
・ 腎機能と脳細動脈病変
多変量調整ロジスティック解析から,eGFR,およびCKDは,それぞれラクナ梗塞および白質病変の独立した危険因子であると考えられた。
eGFRとの有意な関連を示したバイオマーカー(トロンボモジュリン,尿中アルブミン/クレアチニン比,シスタチンC)のうち,シスタチンCに関する詳細な検討を行った結果,シスタチンCはラクナ梗塞および白質病変の頻度とそれぞれ有意に関連していた。多変量調整ロジスティック回帰分析によると,シスタチンCはラクナ梗塞および白質病変の独立した危険因子であると考えられた。
* シスタチンC
GFRは筋肉量の影響を受けるため,筋肉量が減少した高齢者などにおいて正確な腎機能を反映しにくいとされる。そこでeGFRに代わる腎機能評価の指標として注目されているのがシスタチンC。これまでの報告で,シスタチンC高値と心血管イベントや認知機能の低下との関連が指摘されている。
・ 脳細動脈病変と認知機能
MMSE(mini-mental state examination)でみた認知機能は,ラクナ梗塞の病変数が多くなるほど,また白質病変のグレード数が上がるほど有意に低下していた。
- 結論 -
・ CKDは脳の細動脈病変の独立した危険因子と考えられる。
・ MRI画像診断による高齢者の脳の細動脈病変は,全身臓器の細動脈病変を反映している可能性があることから,無症候性細動脈病変と将来の認知症および血管イベントとの関連を縦断的に検討する必要がある。
2. CKDは心血管疾患,心筋梗塞,全死亡の危険因子
発表者: 九州大学大学院医学研究院環境医学分野・二宮 利治 氏 |
- 背景・目的 -
慢性腎臓病(CKD)は末期腎不全だけでなく,心血管病の危険因子としても注目されている。そこで,久山町研究,および日本動脈硬化縦断研究(JALS)のデータを用いて,CKDと心血管病との関連を検討した。
- コホート・手法 -
◆ 久山町研究
第3集団(2742人)のうち,腎不全および心血管病既往を除外した2634人を1988〜2000年の12年間追跡した。
◆ JALS
JALS 0次研究に参加した21コホートのうち,血清クレアチニン値を測定していた10地域コホートの40〜89歳の30657人を7.4年間追跡(1985〜2003年)。
推定糸球体濾過値(eGFR)の算出には,MDRD式を用いた。
CKDの定義は,eGFR<60 mL/分/1.73 m2とした。
- 結果 -
◆ 久山町研究: CKDと心血管疾患リスク
CKD有病者における相対危険度(vs. 非CKD,多変量調整後)は,心血管疾患で1.5倍,虚血性心疾患で1.8倍と有意に高かった。脳梗塞ではCKDの有無によるリスクの差はみられなかった。ただし,女性では,CKD有病者の相対危険度は非CKDに比して1.9倍と有意に高かった。
◆ JALS: CKDと心血管疾患リスク
対象者全体におけるCKDの有病率は8.2 %だった。
CKD有病者における相対危険度(vs. 非CKD,多変量調整後)は,心血管疾患で1.6倍(95 %信頼区間1.1-2.2),心筋梗塞で2.4倍(1.3-4.3),全死亡で1.7倍(1.4-2.0)と有意に高かった。脳卒中では有意差はみとめられなかったものの,CKD有病者で非CKDに比して相対危険度が1.4(1.0-2.0)と増加傾向にあった。男女別に検討を行うと,女性のみ,CKD有病者の相対危険度が非CKDに比して2.0倍(1.2-3.4)と有意に高くなった。
◆ JALS: CKDの有無,血圧と心血管疾患,死亡の関連
・ 心血管疾患
CKDあり,なしの場合それぞれについて,JNC7の血圧カテゴリー(正常,高血圧前症,ステージ1高血圧,ステージ2高血圧)と心血管疾患発症の相対危険度(多変量調整)との関連を検討した。その結果,CKDの有無に関わらず,血圧カテゴリーと心血管疾患発症リスクは有意な相関を示した。
・ 全死亡
CKDあり,なしの場合それぞれについて,JNC7の血圧カテゴリーと全死亡の相対危険度(多変量調整)との関連を検討した。その結果,CKDの有無に関わらず,血圧カテゴリーと全死亡リスクは有意な相関を示した。
- 結論 -
・ 腎機能低下は,多変量調整後も心血管疾患発症,心筋梗塞発症,および全死亡の有意な危険因子であった。
・ CKDの有無にかかわらず,血圧レベルの上昇にともなって心血管疾患発症リスクおよび全死亡リスクが増加した。
―今回の結果のポイントをお聞かせください。
二宮 腎機能低下が心血管疾患発症の危険因子であることは,ほぼ確立したエビデンスといってよいと思います。今後の大事なテーマは,治療をどうするかということでしょう。今回の結果により,治療ターゲットとしての血圧の重要性も示されましたが,おそらく血圧管理だけでは十分ではないと思います。さらにどのような因子に介入していけばよいのか,検討が必要です。
―CKDという概念の意義について,どのようにお考えでしょうか。
二宮 CKDの概念に興味を持ったきっかけは,血清クレアチニン値が2や3になってから紹介されてくる患者さんをみて,もっと早く血圧をコントロールしていれば,もう少し進行を遅らせられたのではないかと思ったことでした。一方,GFRを使えば,クレアチニンより早い段階から腎機能低下を見つけることができます。個人的には,GFRが60 mL/分/1.73 m2未満になったら血圧を130 / 80 mmHg以下に下げる……というようなコンセンサスをつくり,一般医から早めの対策を講じることが必要ではないかと思います。CKDという概念のよいところは,腎炎や糖尿病性腎症というような複雑な分類を使わずに,「とにかく腎機能低下はよくない」というわかりやすいメッセージを伝えられる点だと思います。
3. 沖縄透析研究(OKIDS)から現在進行中の研究まで
発表者: 琉球大学医学部附属病院血液浄化療法部・井関 邦敏 氏 |
- 沖縄透析研究(OKIDS: Okinawa Dialysis Study) -
透析患者には脳卒中や心筋梗塞による死亡が多いこと,また日本の透析患者の生命予後はアメリカにくらべてよいことなどが知られていたが,その状況を解析し,報告した論文はなかった。そこで,1971年の透析療法開始当時までさかのぼって,沖縄全県の慢性透析患者を登録するOKIDSを開始した。
さらに,1983年からコンピュータに入力されていた沖縄県総合保健協会(OGHMA: Okinawa General Health Maintenance Association)の10万人規模の住民健診データとOKIDSのデータとの照合を行い,OKIDS登録者の健診データを調査することにより,透析導入に影響を与える因子を検討した。OKIDSの代表的な成果として,試験紙法による蛋白尿の度合い(−,±,1+,2+,3+)が上がるほど,末期腎不全(ESRD: end-stage renal disease)のリスクが増加するというものがある(Kidney Int. 2003; 63: 1468-74. →文献抄録へ移動)。1回の検尿でESRDのリスクを予測することができるという結果は,蛋白尿の意義を裏付ける有力なエビデンスといえる。
- 現在進行中の研究 -
沖縄(日本)に透析患者が多い理由として,以下のような要因が影響している可能性がある。
1. 遺伝要因(低身長,低筋肉量,低ネフロン数,心血管疾患発症後の高い生存率)
2. 環境要因(肥満,メタボリックシンドローム,薬物[NSAIDs,抗生物質,造影剤])
3. 社会的要因(導入率[透析施設,導入基準など])
さらに日本の中にも地域差や性差があり,男性は女性の約2倍ものリスクをもつ。
このような要因についてより詳細に検討し,データを収集していくために,ONSLEEP,OCEANS,FROM-Jなどの研究が行われている。
また,日本の透析患者のデータを集めるために,J-IDCS(日本透析導入患者コホート研究: Japan Dialysis Cohort Study)が2009年4月より開始された。患者が透析導入となるまでの経過(透析導入以前の健診の有無,健診での検査所見,治療内容など)を明らかにするとともに,透析導入までの期間と生命予後との関連などを検討する。
2006年に開始された前向き介入研究OCTOPUS(olmesartan clinical trial in Okinawan patients under OKIDS)では,高血圧を有する透析患者を対象に降圧薬療法の効果を検討する。
現在もっとも危惧されるのは,腎臓専門医への紹介が遅いという点。現在,CKDという概念の認知は進んできたが,とくにステージ分類やCKD患者の予後についてのエビデンスはまだ十分とはいえない。透析患者の予後改善のためには,透析導入前のCKD治療や,早い段階での腎臓専門医への紹介などが重要である。