[2009年文献] 上腕血流依存性血管拡張反応でみた内皮機能は,既知の危険因子よりも強く無症候性動脈硬化進展リスクと関連していた(Whitehall II Study)

超音波で非侵襲的に測定可能な指標を用い,早期内皮機能障害と血管の器質的な変化との関連について,若年の一般住民を対象とした前向きコホート研究における検討を行った。その結果,上腕血流依存性血管拡張反応(FMD)でみた全身の内皮機能障害が,頸動脈内膜-中膜壁厚(cIMT)でみた動脈硬化の進展速度と有意に関連していることが示された。この関連は,既知の危険因子およびFramingham Risk Scoreと独立しているのみならず,さらに強いものであった。この結果から,FMDで評価した内皮機能障害が動脈硬化の進展を予測するために有用であること,ならびに動脈硬化性疾患の治療ストラテジーのアウトカム指標として用いることができる可能性が示唆された。

Halcox JP, et al. Endothelial function predicts progression of carotid intima-media thickness. Circulation. 2009; 119: 1005-12.pubmed

目的
血管内皮細胞は,血管運動・血栓形成・炎症・細胞増殖の経路を介して血管壁の生物学的変化に影響を与えることで,動脈硬化の進展に関与していると考えられる。血管疾患既往や既知の危険因子を有するハイリスク者では,臨床的変化がまだみとめられない段階から血管内皮機能障害が起こっていることが報告されているが,一般住民における早期内皮機能障害と血管の器質的な変化との関連についてはいまだ明らかになっていない。そこで,早期内皮機能障害が動脈硬化に与える影響について,それぞれ超音波により非侵襲的に測定可能な上腕血流依存性血管拡張反応* (flow-mediated dilation: FMD),および頸動脈内膜-中膜壁厚(carotid intima-media thickness: cIMT)を用い,前向きコホート研究による検討を行った。

* 血流依存性血管拡張反応(FMD): 血管内皮機能の指標(低値ほど機能低下)。上腕動脈を駆血帯で止血し,血流再開後の血管径の変化を超音波により計測する。正常な内皮細胞は血流再開(反応性充血)の刺激によって血管拡張物質である一酸化窒素(NO)を放出するため,血管が拡張する。一方,内皮細胞の機能が低下している場合は,産生されるNOが少なくなることで血管径の拡張度が低下し,FMDの値が低くなる。
コホート
Whitehall II Study(血管サブスタディコホート)。
1985~1988年に実施された健診を受診し,その後2.5年ごとに追跡調査を受けている英国の公務員10,308人のうち,Phase 5(1997~1999年)の追跡調査参加者から非喫煙者,かつ糖尿病や症候性の心血管疾患既往のない282人をサブスタディの対象とし,代謝系危険因子と無症候性の血管表現型との関連を検討した。解析対象となったのは,Phase 5のベースラインデータおよび追跡データに不備のない213人。
ベースライン時に血流依存性血管拡張反応(FMD)および頸動脈内膜-中膜壁厚(cIMT)の測定を行い,さらに平均6.2年後にcIMTを測定して動脈硬化の進展を評価した。
結 果
◇ 対象背景
平均年齢: 55.9歳,女性: 39.4 %,腹囲: 男性87.7 cm,女性80.8 cm,血圧: 119 / 75.5 mmHg,総コレステロール: 222.3 mg/dL,HDL-C: 男性52.5 mg/dL,女性62.1 mg/dL,トリグリセリド: 105.3 mg/dL,LDL-C: 147.8 mg/dL,空腹時血糖95.4 mg/dL,血流依存性血管拡張反応(FMD): 5.17 %。

・ ベースライン時の危険因子とFMD,頸動脈内膜-中膜壁厚(cIMT)
年齢,腹囲,収縮期血圧,拡張期血圧は,いずれもベースライン時のFMDと有意な逆相関を示していた(年齢・性別調整後)。
血清脂質,および空腹時血糖とベースライン時のFMDとの関連はみとめられなかった。

年齢およびLDL-Cは,ベースライン時のcIMTと有意な正の相関を示していた(年齢・性別調整後)。
FMD,腹囲,その他の代謝系危険因子とベースライン時のcIMTとの関連はみとめられなかった。

Framingham Risk Score(FRS)は,cIMTとの有意な正の相関,およびFMDとの有意な逆相関を示していた。

◇ 血管内皮機能と動脈硬化の進展
cIMTの進展率は0.012 mm/年で,男女差はみられなかった。
cIMTの進展と有意な正の相関を示したベースライン時の因子は,年齢(P=0.02)および拡張期血圧(P=0.05)で,有意な逆相関を示していたのはFMD(P=0.01)だった(年齢・性別調整後)。

FMDとcIMTの進展との有意な関連は,FRS,腹囲,トリグリセリド,およびその他の危険因子による調整を行っても変わらなかった。

◇ 動脈硬化の進展の予測因子
cIMTの進展率を予測する因子について,受信者動作特性(receiver operating characteristic: ROC)解析を行った結果,ROC曲線下面積* はFRSで0.539,FMDで0.632であった。
FRSとFMDの両方を含めた解析を行っても,予測能の上昇はみとめられなかった(ROC曲線下面積0.633)。
  *結果が1に近いほど予測能が高いことになる。

cIMT進展(もっとも高い四分位と同等)の予測において,もっとも識別力が高いFMDの閾値は「4.10 %以下」であった(感度58 %,特異度65 %,陽性的中率36 %,陰性的中率83 %)。


◇ 結論
超音波で非侵襲的に測定可能な指標を用い,早期内皮機能障害と血管の器質的な変化との関連について,若年の一般住民を対象とした前向きコホート研究における検討を行った。その結果,上腕血流依存性血管拡張反応(FMD)でみた全身の内皮機能障害が,頸動脈内膜-中膜壁厚(cIMT)でみた動脈硬化の進展速度と有意に関連していることが示された。この関連は,既知の危険因子およびFramingham Risk Scoreと独立しているのみならず,さらに強いものであった。この結果から,FMDで評価した内皮機能障害が動脈硬化の進展を予測するために有用であること,ならびに動脈硬化性疾患の治療ストラテジーのアウトカム指標として用いることができる可能性が示唆された。


監修: epi-c.jp編集委員 磯 博康

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