[2009年文献] 若年者のリスク予測に有効な30年心血管リスク予測モデル(Framingham Heart Study)
Framingham Heart Studyの長期追跡データにより,日常診療で評価可能な危険因子を用いた30年間の心血管疾患発症リスク評価モデルを作成した。このツールは,これまでに発表されている10年間リスク評価モデルを補完するものであり,一人一人の危険因子の保有状況に応じた長期的なリスク評価が可能となることから,今後,臨床や公衆衛生の場での活用が期待される。
Pencina MJ, et al. Predicting the 30-year risk of cardiovascular disease: the framingham heart study. Circulation. 2009; 119: 3078-84.
- 目的
- ここ20年ほどの間,複数の危険因子を変数として心血管疾患リスク評価を行うアルゴリズムが作成されてきた。ただし,その多くが10年未満のリスク評価を目的としていることから,女性や若年者でリスクを過小評価している可能性,ならびに平均寿命が長くなったことにともなう長期的なリスク評価の必要性などが指摘されていた。そこで,Framingham Offspring Studyの長期追跡データにより,日常診療で評価可能な危険因子を用いた30年間の心血管疾患発症リスクの評価ツールを作成した。
- コホート
- Framingham Offspring Study(Framingham Heart Studyオリジナルコホートの子供およびその配偶者5,124人を1971年から追跡)。
1971年の第1回検査(検査は4年ごとに実施)を受けた20歳以上60歳未満の4,828人のうち,心血管疾患(CVD)または癌の既往がなく,危険因子のデータにも不備がない4,506人(平均年齢37歳,女性2,333人)を最大35年間追跡した。
追跡期間の中央値は32年間。
◇ アウトカム
一次アウトカムは「ハードCVD(冠動脈死,心筋梗塞,致死的および非致死的脳卒中のいずれか)」で,二次アウトカムは「全CVD(ハードCVDに加え,冠不全,狭心症,一過性脳虚血発作,間欠性跛行,うっ血性心不全のいずれか)」とした。
◇ 統計解析
一次モデル(primary model)では,ベースライン時に測定された主要な危険因子の値と30年間のハードCVD発症リスクとの関連をCox回帰分析により評価した。
二次モデル(secondary model)では,アウトカムを全CVDとして同様に評価した。
最終モデル(final model)では,男女を含めたうえで性別による調整を行って評価した。
いずれのモデルでも,追跡期間が30年間と長いことから,非CVD死の競合リスク(competing risk)について調整が行われた(標準的なCoxモデルでは,CVD以外の原因で死亡した人も「CVDを発症する可能性がある」として扱ってしまうため)。
予測モデルの識別能(discrimination)は,C統計量により評価した。
予測モデルの適合度の較正(calibration)は,Hosmer-Lemeshow検定の改訂版(NamとD’Agostinoによる)を用い,コホートにおける実際の発症リスクと,モデルにより算出されたリスクを比較することにより行った。 - 結 果
- ◇ ベースライン時の対象背景
年齢: 男性37.3歳,女性36.3歳
血圧: 126 / 82 mmHg,118 / 76 mmHg
降圧薬治療: 3.1 %,2.7 %
総コレステロール: 202 mg/dL,192 mg/dL
HDL-C: 44 mg/dL,57 mg/dL
LDL-C: 135 mg/dL,120 mg/dL
トリグリセリド: 115 mg/dL,77 mg/dL
喫煙: 46.2 %,45.0 %
糖尿病: 2.6 %,0.9 %
◇ 30年間の心血管疾患(CVD)の発症率
ハードCVDを発症したのは671人(うち女性219人)。
女性では発症したハードCVDの40 %近くが脳卒中だったが,男性では脳卒中の割合は25 %未満だった。
622人(女性267人)がCVD以外の原因で死亡した。
30年間のハードCVD のKaplan-Meier累積発症率は,男性18.3 %,女性7.6 %(非CVD死亡の競合リスクによる調整後)であり,これまでにFramingham Heart Studyから報告された生涯リスクよりも低かった。これはコホートの平均年齢が低いこと,およびエンドポイントの定義の違いのためと考えられた。
◇ 30年間のCVD発症リスク予測モデル作成
多変量解析の結果,拡張期血圧とトリグリセリドは30年間のハードCVD発症リスクとの有意な関連を示さなかったが,標準的な危険因子(性別[男性],年齢,収縮期血圧,降圧薬治療,総コレステロール,HDL-C,喫煙,糖尿病)はいずれも30年間のハードCVD発症リスクと有意に関連していた(P≦0.01)。
総コレステロールのかわりにLDL-Cを含めたモデルでは予測能の改善はみられなかったことから,LDL-Cはメインモデルには含めなかった。
また,BMIと30年間のハードCVD発症リスクとの関連は弱かった(P=0.04)ことから,BMIもメインモデルには含めなかった。ただし,メインモデルとは別に,2つの血清脂質値(総コレステロール,HDL-C)の代わりにBMIを用いることで診療現場での使いやすさを追求した「シンプルなモデル」も作成した。
性別,年齢,収縮期血圧,降圧薬治療,喫煙,糖尿病,総コレステロール,HDL-Cを用いた30年間のハードCVD発症リスク予測モデル(メインモデル)は,非常に高い識別能(交差検定後のC統計量0.803[95 %信頼区間0.786-0.820])および適合度(交差検定後のχ2=4.25[P=0.894])を示していた。また,この適合度は,非CVD死の競合リスクによる調整を行わない場合よりも優れた値であった。
25歳および45歳の男女を対象に,4つの危険因子(脂質異常,高血圧,喫煙,糖尿病)の有無による10年間および30年間のハードCVD発症リスクを推定したところ,とくに若い年齢層において,10年リスクは危険因子が集積していてもほぼ無視できる程度(男性で5 %未満,女性で2.5 %未満)であったのに対し,30年リスクは顕著に高く,危険因子の数が増えるほど大きく上昇していた(たとえば,喫煙,脂質異常,高血圧を有する25歳女性の10年リスクは1.4 %だが,30年リスクは12 %)。★ Circulation誌のサイトで「メインモデル」,および「シンプルなモデル」がExcelファイルとして公開されており,各危険因子の値を入力することで30年間のハードCVDおよび全CVD発症リスクが算出できるようになっている。
http://circ.ahajournals.org/cgi/content/full/119/24/3078
(上記リンク先のページ 「Data Supplement」 → 「Risk Calculator」を参照)
◇ 最新の検査値を逐次反映させた時間依存的な解析
追跡期間が長期にわたることから,1970~2000年代にかけて4年に1度行われた追跡調査で新たに得られた検査値を逐次反映させた時間依存的な解析を行った結果,標準的な危険因子はすべて,反映を行わなかった(ベースラインの値のみを用いた)30年間モデルから得られたものと同等のハードCVD発症リスクとの関連を示していた。
BMIについては,30年間モデルではハードCVD発症リスクのわずかな増加と関連した(ハザード比1.10,P=0.04)が,時間依存的なモデルでは有意な関連はみられなかった(ハザード比0.99,P=0.82)。
◇ 結論
Framingham Heart Studyの長期追跡データにより,日常診療で評価可能な危険因子を用いた30年間の心血管疾患発症リスク評価モデルを作成した。このツールは,これまでに発表されている10年間リスク評価モデルを補完するものであり,一人一人の危険因子の保有状況に応じた長期的なリスク評価が可能となることから,今後,臨床や公衆衛生の場での活用が期待される。
監修: epi-c.jp編集委員 磯 博康