[2012年文献] 日本人の非感染性疾患・外傷死亡に対する寄与が大きい「予防可能な危険因子」は喫煙と血圧(2007年人口動態統計ほか)

Ikeda N, et al. Adult mortality attributable to preventable risk factors for non-communicable diseases and injuries in Japan: a comparative risk assessment. PLoS Med. 2012; 9: e1001160.pubmed

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わが国の人口動態統計や過去の主要な疫学研究データに基づき,日本人成人の非感染性疾患,ならびに外傷による死亡に対する「予防可能な危険因子」16因子を挙げ,それらによる回避可能な死亡数を割り出した研究である。本テーマに関するもっとも大規模かつ包括的な解析であり,これにより,喫煙予防・禁煙と高血圧対策の重要性が確認された。本論文は国の健診・保健指導の進めかたの改訂において,その根拠となるエビデンスの提供にも貢献した。
編集委員・磯 博康
目的
現在,日本人は世界でもっとも長い平均寿命を誇るが,今後のさらなる健康増進のためには,十分な整合性や比較可能性をもつデータにより,死亡に対する「予防可能な危険因子(preventable risk factor)」の影響を明らかにし,効率的な健康政策を行う必要がある。とくにわが国では,死因の50%以上を悪性新生物,心疾患,および脳血管疾患という非感染性疾患が占め,さらに外傷や自殺も,過去50年間以上にわたって死因の上位10位以内に入っている(とくに自殺は1990年代以降の深刻な社会問題となっている)ことから,今後もこれら非感染性疾患や外傷による死亡の予防対策が求められる。しかし,非感染性疾患および外傷に対する「予防可能な危険因子」を複数とりあげ,その影響を検討した研究はこれまでにない。そこで,2007年の日本人の死因別死亡者数のデータおよび過去の疫学研究などのデータを用いて,16の「予防可能な危険因子」の死因別死亡率および平均余命への影響について,比較リスク評価手法による比較・検討を行った。
コホート
2007年の人口動態統計から死因別死亡者数のデータを入手。
過去の疫学研究などのデータをもとに選択した16の「予防可能な危険因子」のそれぞれについて,最適な管理が行われていれば回避できた死亡数を,比較リスク評価(comparative risk assessment)手法を用いて死因別に推定した。

◇「予防可能な危険因子」の選択
以下の条件を満たす16の危険因子(血糖高値,LDL-C高値,血圧高値,過体重または肥満,アルコール摂取,喫煙,運動不足,トランス脂肪酸の高摂取,多価不飽和脂肪酸の低摂取,食塩の高摂取,野菜・果物の低摂取,B型肝炎ウイルス感染*,C型肝炎ウイルス感染*,ヘリコバクターピロリ菌感染*,ヒトパピローマウイルス感染*,ヒトT細胞白血病ウイルス1型感染*)について検討を行った。
  • 大規模または全国規模の集団において,その危険因子の保有率(exposure)が示されている
  • 質の高い疫学研究により非感染性疾患や外傷との関連が示されている
  • 介入により改善可能である
*日本人の癌死亡の重要な要因であることから)
各危険因子の寄与が検討された死因はこちら。(クリックすると開きます)
また,心血管疾患死亡に対する複数の危険因子(BMI高値,血圧高値,血糖高値,LDL-C高値)の相互作用や,塩分過剰摂取による血圧上昇を介した死亡への影響を考慮し,これらを組み合わせて「心血管疾患危険因子の複合」として扱った。

◇ 各危険因子の保有率(exposure) の調査,および各危険因子についての死因別死亡の相対リスク
2007年の国民健康・栄養調査の個票データにより,16の危険因子(感染の一部,喫煙,交通事故に関連するアルコール摂取を除く)の保有率を調査し,分布を求めた。感染の一部については1990年代の日本人における疫学研究のデータ,喫煙については人口動態統計の死亡データと日本の大規模疫学研究のデータ,交通事故に関連するアルコール摂取については交通事故総合分析センターのデータを用いた。

死因別死亡の相対リスクについては,以下の条件を満たす,日本人を対象とした研究を検索してそのデータを用いた。
  • 大規模な前向き観察研究またはそのメタ解析
  • 先行研究によって確立された因果関係または関連を支持する結果
該当する研究がない場合は,Asia Pacific Cohort Studies Collaboration(APCSC)のデータを用いた。APCSCにも該当するデータがない場合は,Global Burden of Disease Studyのデータを用いた。

◇ 平均余命および死亡確率に対する各危険因子の影響
米国の先行研究をもとに,各危険因子について疾病や死亡に対する有害な影響が最小となるような分布(最適分布)を求め,そこから推定される死亡率と実際の死亡率の差をもって,各危険因子の最適な管理が行われた場合に獲得される平均余命とした。
なお心血管疾患死亡については,複数の危険因子(BMI高値,血圧高値,血糖高値,LDL-C高値)の相互作用や塩分過剰摂取の影響を調整するために,相加的過剰リスクスケール(additive excess risk scale)を用い,「心血管疾患危険因子の複合」の相対リスクを推定した。

最適分布における各危険因子の値・状況は以下のとおり。
空腹時血糖: 88.2 mg/dL,LDL-C: 77.2 mg/dL,収縮期血圧: 115 mmHg,BMI: 21 kg/m2,アルコール摂取: 非摂取,喫煙: 非喫煙,運動: 活動性高,トランス脂肪酸摂取: 総摂取エネルギーの0.5%,多価不飽和脂肪酸摂取: 総摂取エネルギーの10%,食塩摂取: 0.5 g/日(総摂取エネルギーで調整),野菜・果物の摂取: 600 g/日(総摂取エネルギーで調整),B型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,ヘリコバクターピロリ菌: 非感染
結 果
2007年の非感染性疾患および外傷による死亡者数は,約96万人であった。

この死亡に対する16の「予防可能な危険因子」の人口寄与危険割合は,高い順に喫煙,血圧高値,運動不足,血糖高値,食塩高摂取,アルコール摂取,ヘリコバクターピロリ菌感染,LDL-C高値,C型肝炎ウイルス感染,多価不飽和脂肪酸低摂取,BMI高値,B型肝炎ウイルス感染,野菜・果物の低摂取,ヒトT細胞白血病ウイルス1型感染,ヒトパピローマウイルス感染であった。
  • 喫煙: 寄与する死亡は12.9万人(95%信頼区間11.5万人-15.4万人)。このうち4分の3(9.5万人)を男性が占めていたが,女性への影響(3.4万人)も小さくはない。主要な死因は肺癌(4.2万人),虚血性心疾患(2.7万人),慢性閉塞性肺疾患(1.3万人)であった。男女別にみると,男性では,喫煙が寄与する死亡の70%が,45~79歳の年齢層における癌によるものであり,女性では心血管疾患が42%,癌が36%を占めていた。
  • 血圧高値: 寄与する死亡は心血管疾患死の10.4万人(8.6万人-11.9万人)と,今回検討された危険因子のなかで心血管疾患死亡への寄与度がもっとも高かった。死亡に占める男女の比率はほぼ同等であった。血圧高値が寄与する死亡の多くは70歳以上の年齢層で起きており(8.5万人),死因で多いのは脳卒中(4.7万人),虚血性心疾患(2.8万人)であった。
  • 運動不足: 寄与する死亡は5.2万人(4.7万人-5.8万人)で,75%は70歳以上の年齢層であった。主要な死因は虚血性心疾患(3.1万人)。
  • 血糖高値: 寄与する死亡は3.4万人(2.6万人-4.3万人)で,75%は70歳以上の年齢層であった。主要な死因は虚血性心疾患(68%)。
  • 食塩高摂取: 寄与する死亡は心血管疾患の1.9万人(1.6万人-2.2万人)と胃癌の1.5万人(0.9万人-2.0万人)。76%は70歳以上の年齢層であった。
  • アルコール摂取: 寄与する死亡は3.1万人(2.7万人-3.5万人)で,84%を男性が占めていた。主要な死因は肝硬変(1.1万人),肝癌(0.6万人),食道癌(0.5万人),大腸癌(0.4万人)。また,アルコール摂取は,2007年における20歳以上の外傷による死亡8.3万人中0.3万人に寄与しており,このうち0.2万人が自殺で,残りは転落,交通事故,他殺,その他の外傷であった。アルコール摂取が寄与する自殺のほとんどが男性であり,とくに30~59歳の年齢層が71%を占めた。
  • ヘリコバクターピロリ菌感染: 寄与する死亡は胃癌の3.1万人(2.7万人-3.4万人)。72%が70歳以上の年齢層,約65%が男性であった。
  • C型肝炎ウイルス感染: 寄与する死亡は肝癌の2.3万人(2.1万人-2.4万人)。うち45%を70~79歳の年齢層(1930年代前半の出生者を含む)が占めており,約65%が男性であった。
  • LDL-C高値: 寄与する死亡は心血管疾患の2.4万人(1.7万人-3.1万人)で,主要な死因は虚血性心疾患(2.3万人)であった。
  • 多価不飽和脂肪酸の低摂取: 寄与する死亡は虚血性心疾患の2.1万人(0.8万人-3.9万人)。うち47%が80歳以上の年齢層であった。
  • BMI高値: 寄与する死亡は1.9万人(1.6万人-2.2万人)で,うち64%が男性であった。主要な死因は虚血性心疾患(1.1万人)。

4つの心血管疾患危険因子(血圧,血糖,LDL-CおよびBMI)が複合的に最適分布に従った場合,2007年における約96万人の死亡のうち,15.7万人(14.4万人-17.3万人)の死亡を防ぐことができたと推定される。これらの危険因子の複合による死亡への寄与は男女で同程度であり,おもに70歳以上の年齢層でみられた。

◇ 平均余命および死亡確率に対する各危険因子の影響
(1)男性
2007年における40歳の男性の平均余命は40.4年。
最適な状況までコントロールされた場合に,平均余命獲得への影響が大きかったのは以下の危険因子であった(数値は獲得年数)。
  • 喫煙: +1.8年(95%信頼区間1.6-1.9年)。このうち1.2年分は,若年層(15~60歳)における癌による死亡確率が8%,かつ高齢層(60~75歳)における癌による死亡確率が13%減少すると推算されることによる。
  • 心血管疾患危険因子の複合: +1.4年(1.3-1.6年)。これは,若年層における心血管疾患死亡確率が13%,高齢層で11%減少することによる。
  • 血圧高値: +0.9年(0.7-1.0年)。これは,心血管疾患死亡確率が若年層,高齢層のそれぞれで7%減少することによる。
  • アルコール摂取: + 0.5年(0.5-0.6年)。これは,若年層における死亡確率が9%,高齢層で5%減少することによる。

(2)女性
2007年における40歳の女性の平均余命は46.8年。
最適な状況までコントロールされた場合に,平均余命獲得への影響が大きかったのは以下の危険因子であった(数値は獲得年数)。
  • 心血管疾患危険因子の複合: +1.4年(1.2-1.7年)。これは,若年層における死亡確率が8%,高齢層における死亡確率が11%減少することによる。
  • 血圧高値: +0.9年(95%信頼区間0.7-1.1年)。高齢層における死亡確率の減少は7%。
  • 喫煙: +0.6年(0.4-1.0年)。高齢層における死亡確率の減少は8%。

これらの結果に関し,一部の危険因子について,最適分布(有害な影響が最小となる)ではなく政府の定めた目標値やガイドラインでの推奨値(血糖値100 mg/dL,LDL-C値120 mg/dL,収縮期血圧値130 mmHg,BMI 22 kg/m2,食塩摂取量10 g,野菜・果物の摂取量350 g/日)を用いた検討も行ったところ,平均余命の獲得年数は,最適分布を用いた場合の半分以下にとどまった。たとえば,血圧値についてガイドライン推奨値が達成された場合の獲得年数は0.4年(95%信頼区間0.3-0.5年)であり,心血管疾患危険因子(血圧,血糖,LDL-C,BMI)のそれぞれについて政府の定めた目標値やガイドライン推奨値が達成された場合の獲得年数は0.7年(0.6-0.9年)であった。

◇ 死亡に対する喫煙,血圧高値の関与の長期的な推移
1980年から2007年にかけての,喫煙が寄与する癌死亡,および血圧高値が関与する脳卒中死亡の長期的な推移を,性別および年齢層(男性: 30~44歳/45~59歳/60~69歳/70~79歳,女性: 45~59歳/60~69歳/70~79歳/80~99歳)ごとに比較した。
喫煙が寄与する癌の死亡率は,70歳以上の男性および80歳以上の女性において,継時的に上昇していた。60~69歳の男性での喫煙が寄与する癌の死亡率は,1995年のピークを境に減少傾向であった。
一方,血圧高値が関与する脳卒中の死亡率は,すべての年齢層で減少傾向であった。女性と60歳未満の男性では,2000年代に入ってもこの改善傾向が続いているものの,60歳以上の男性では1990年代半ば以降,下げ止まりがみられた。


◇ 結論
日本人の非感染性疾患および外傷による死亡に対する「予防可能な危険因子」の影響について,比較リスク評価手法による比較・検討を行った結果,寄与が大きい危険因子は喫煙,血圧高値,および心血管疾患危険因子の複合(血圧,血糖,LDL-C,BMI)であった。また,1980~2007年の期間において,喫煙が寄与する癌の死亡率は上昇していること(とくに高齢者),また,血圧高値が寄与する脳卒中の死亡率は減少していることが示された。


監修: epi-c.jp編集委員 磯 博康

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