[2014年文献] 30歳の高血圧者では,非高血圧者より心血管疾患の発症が5年早い(CALIBER)
Blood pressure and incidence of twelve cardiovascular diseases: lifetime risks, healthy life-years lost, and age-specific associations in 1·25 million people. Lancet. 2014; 383: 1899-911.
- 目的
- 血圧高値は今日もなお多様な疾患の危険因子であることが知られているが,高所得国では,予防のための薬物治療の普及が功を奏し,心血管疾患(CVD)死亡率が低下してきた。こうした現状もふまえ,あらためて血圧と個々のCVDとの関連を明らかにすることは,CVDの一次予防の観点のみならず,今後の臨床研究デザインを考えるうえでも重要と考えられる。そこで,日常的な診療現場で測定された血圧と12のCVD(慢性・非致死性を含む)との関連について,連結された電子カルテ記録を用いた英国の大規模プライマリケアコホートにおいて,生涯リスクやCVD未発症年数の損失(CVD-free life years lost)なども含めた包括的な検討を行った。
- コホート
- Cardiovascular research using linked bespoke studies and electronic health records(CALIBER)*(英国)。
1997年1月~2010年3月の期間(ベースライン)に225のプライマリケア診療所を受診し,血圧を測定した30歳以上の患者のうち,データに不備のある人,ベースライン時の心血管疾患(CVD)既往者,診療所への登録がベースラインからさかのぼって1年以内の人,および妊娠中の女性を除外した125万8006人(うち女性58%)を5.2年間(中央値)追跡。
*CVDのトランスレーショナルリサーチに向けて英国政府が立ち上げたプロジェクトの一つで,CVDの危険因子や予後,患者ケアの質,薬剤疫学面などの検討を縦断的に行うことを目的としている。プライマリケア医により登録された100万人以上の電子カルテ記録を,急性冠症候群レジストリー,入院・治療・死因別死亡などの病院診療データ,および人口動態統計データなどと連結した大規模データを有する。
参考: Int J Epidemiol. 2012; 41: 1625-38. Int J Epidemiol. 2012; 41: 1503-6.
◇ 血圧によるカテゴリー
ベースライン時の収縮期血圧(SBP)および拡張期血圧(DBP)の値により,対象者を以下のように分類した。
・高血圧: SBP≧140 mmHg,DBP≧90 mmHg,高血圧と診断された記録あり,または2か月以上継続する降圧薬の処方あり
・孤立性収縮期高血圧: SBP≧140 mmHgかつDBP<90 mmHg
・孤立性拡張期高血圧: SBP<140 mmHgかつDBP≧90 mmHg
◇ エンドポイント
エンドポイントは,以下に示す12のCVDのいずれかの初発とした(プライマリケア,セカンダリケアまたは死亡時に診断)。また,これらの12疾患をすべてあわせたものを「全CVD」とした。
安定狭心症,不安定狭心症,急性心筋梗塞,冠動脈疾患突然死(unheralded coronary heart disease death),心不全,心停止/心臓突然死,一過性脳虚血発作,虚血性脳卒中およびその他の脳卒中,くも膜下出血,脳内出血,末梢動脈疾患,腹部大動脈瘤 - 結 果
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◇ 対象背景
平均年齢45.0歳,女性58.2%,白人89.8%,喫煙率17.4%,糖尿病3.6%,腎疾患1.2%,BMI 25.6 kg/m2,総コレステロール205 mg/dL,HDL-C 50 mg/dL。
ベースライン時,収縮期血圧(SBP)≧140 mmHgまたは拡張期血圧(DBP)≧90 mmHgであったのは全体の約1/3(43万1663人)で,降圧薬服用者は約1/5(26万5473人)であった。高血圧診断の記録があったのは全体の43%(54万5816人)。
追跡期間中の心血管疾患(CVD)の初発は83098件。
◇ 血圧とCVDリスクの関連
(1)SBP,DBP
SBP(+20 mmHg)およびDBP(+10 mmHg)とCVDの性・年齢調整ハザード比(HR)との関連は以下のとおりで,SBP,DBPのいずれも全CVDのHRとの有意な関連を示していた。ただし,関連は疾患ごとに大きく異なっており,SBPとの関連がとくに強かったのは脳内出血,くも膜下出血,安定狭心症であった。DBPについては,SBPよりもCVDの関連が弱い傾向であったが,脳内出血および腹部大動脈瘤ではSBPよりも強い関連を示していた。
[全CVD]SBP: 1.26(95%信頼区間1.25-1.28),DBP: 1.23(1.21-1.24)
[安定狭心症]SBP: 1.41(1.36-1.46),DBP: 1.28(1.24-1.33)
[不安定狭心症]SBP: 1.25(1.18-1.32),DBP: 1.21(1.15-1.28)
[急性心筋梗塞]SBP: 1.29(1.25-1.34),DBP: 1.21(1.17-1.26)
[冠動脈疾患突然死]SBP: 1.26(1.19-1.34),DBP: 1.21(1.14-1.29)
[心不全]SBP: 1.27(1.23-1.32),DBP: 1.23(1.19-1.28)
[心停止/心突然死]SBP: 1.19(1.10-1.29),DBP: 1.20(1.12-1.30)
[一過性脳虚血発作]SBP: 1.15(1.11-1.19),DBP: 1.15(1.10-1.19)
[虚血性脳卒中]SBP: 1.35(1.28-1.42),DBP: 1.30(1.23-1.38)
[くも膜下出血]SBP: 1.43(1.25-1.63),DBP: 1.42(1.25-1.60)
[脳内出血]SBP: 1.44(1.32-1.58),DBP: 1.50(1.37-1.64)
[末梢動脈疾患]SBP: 1.35(1.30-1.40),DBP: 1.07(1.02-1.11)
[腹部大動脈瘤]SBP: 1.08(1.00-1.17),DBP: 1.45(1.34-1.56)
・心血管危険因子および降圧薬服用による調整
喫煙状況,糖尿病の有無,総コレステロール,HDL-C,およびBMIによる多変量調整を行っても,SBPおよびDBPと各CVDとの関連はほとんど変わらなかった(データ欠損の割合: 喫煙状況15%,BMI 56%,総コレステロール80%,HDL-C 84%)。
さらに降圧薬服用の有無による調整を行うと,いずれの疾患においても,SBPおよびDBPとの関連がそれぞれ20~30%弱められたが,脳卒中(一過性脳虚血発作,虚血性脳卒中,くも膜下出血,脳内出血)については,降圧薬服用で調整しても,ほぼ同様の関連がみられた。
・性および降圧薬服用の有無による層別化解析
男女別にみると,女性で男性よりもSBPと有意に強い関連(P<0.0001)がみられた急性心筋梗塞を除き,SBPおよびDBPと各CVDの性・年齢調整HRとの関連に顕著な性差はみられなかった。
降圧薬服用者と非服用者に分けた解析を行うと,服用者では非服用者にくらべ,SBPと各CVDの性・年齢調整HRとの関連が弱い傾向がみられたが,虚血性脳卒中および脳内出血については降圧薬服用の有無による関連の差はみられなかった。また,くも膜下出血については,降圧薬服用者のほうが非服用者よりもSBPとの関連が強かった。
(2)脈圧,平均動脈圧,中間血圧(mid-blood pressure)* (* SBP×0.5+DBP×0.5)
腹部大動脈瘤は,DBPとの関連がもっとも強かった疾患の一つで,平均動脈圧とも強い関連がみられた(+10 mmHgあたりのHR 1.61,95%信頼区間1.48-1.75)。一方,腹部大動脈瘤とSBPとの関連は12のCVDのなかでもっとも弱く,脈圧とは有意な負の関連がみられた(+10 mmHgあたりのHR 0.91,0.86-0.98)。
末梢動脈疾患では,平均動脈圧との有意な負の関連がみられた(HR 0.90,0.86-0.94)。また,12のCVDのなかでもっとも脈圧との関連が強いことも示された(HR 1.23,1.20-1.27)。
中間血圧との関連がもっとも強かったのは脳卒中(虚血性脳卒中+くも膜下出血+脳内出血)で,その他のCVDでは中間血圧との関連に大きな違いはなかった。
◇ 年齢層ごとの血圧とCVDの関連
30~59歳,60~79歳,80歳以上の3つの年齢層ごとに,SBP(90~114/115~129/130~139/140~159/160~179/≧180 mmHg)およびDBP(60~74/75~84/85~89/90~94/95~99/≧100 mmHg)と各CVDの性・年齢調整HRを比較した(対照: SBP 115 mmHg,DBP 75 mmHg)。
・30~59歳,60~79歳
SBPおよびDBPと性・年齢調整HRに線形の関連がみられたのは,安定性狭心症,不安定狭心症,急性心筋梗塞,冠動脈疾患突然死およびくも膜下出血(30~59歳のみ)で,いずれもSBP 90~114 mmHgのカテゴリーでHRがもっとも低く,SBP 115~129 mmHgのカテゴリーから有意なHRの増加がみとめられた。
その他のCVDについては,おおむね対数線形の関連がみられ,SBPが130~139 mmHgより低くてもHRは低下しないが,140 mmHg以上では血圧上昇にともなってHRが顕著に増加していた(とくに心不全,虚血性脳卒中,脳内出血,末梢動脈疾患)。
60~79歳では,SBPが高くなってもくも膜下出血および腹部大動脈瘤のHRはほとんど変化していなかった。
・80歳以上
SBPとの強い線形の関連を示していたのは,安定狭心症,急性心筋梗塞,脳内出血および末梢動脈疾患であった。冠動脈疾患突然死については,SBPとU字型の関連がみられた。脳内出血と腹部大動脈瘤については,DBPとの強い関連がみられた。
その他のCVDについては,SBPまたはDBPが高くなってもHRはあまり変化しないか,140 / 90 mmHgより高いカテゴリーでいくらか有意な上昇がみられるのみであった。
以上の結果は,性および降圧薬服用の有無ごとにみた層別化解析を行っても同様であった。
◇ 血圧とCVDの生涯リスク
高血圧の有無による全CVD発症の生涯リスク(30歳時)は以下のとおりで,その差は17.2%(95%信頼区間13.9-20.5%)となった。
高血圧者: 63.3%(62.9-53.8%)
非高血圧者: 46.1%(45.5-46.8%)
高血圧者と非高血圧者における12のCVDの生涯リスク(30~95歳)をみると,高血圧者で高い生涯リスクを示していた疾患は安定狭心症(生涯リスク8.9%),不安定狭心症(10.1%),急性心筋梗塞(8.0%),心不全(7.8%)および虚血性脳卒中(7.6%)であった。ただし,高血圧者と非高血圧者の生涯リスクの差は疾患によって異なっており,心不全や安定狭心症では差が大きかった(非高血圧者に比した高血圧者の生涯リスク: それぞれ1.5倍,1.8倍)一方で,虚血性脳卒中,一過性脳虚血発作および腹部大動脈瘤では差が小さかった(いずれも約1.1倍)。
◇ 高血圧によるCVD未発症年数の損失
高血圧によるCVD未発症年数の損失(CVD-free life years lost)の平均は,30歳時で5.0年(95%信頼区間4.8-5.4年),60歳時で3.4年(3.3-3.6年),80歳時で1.6年(1.5-1.7年)であった。すなわち,30歳時に高血圧をもつ人では,もたない人に比して5年早くCVDを発症することになる。
疾患ごとにみると,30歳時のCVD未発症年数の損失に占める割合が大きかったのは安定狭心症(22%),不安定狭心症(21%),急性心筋梗塞(15%)であった。一方,80歳時のCVD未発症年数の損失に占める割合が大きかったのは,安定狭心症(19%),心不全(19%),不安定狭心症(15%),急性心筋梗塞(12%)および虚血性脳卒中(10%)であった。
・高血圧の病型とCVD未発症年数の損失
高血圧者に占める孤立性収縮期高血圧の割合は,30~59歳で35%,60~79歳で60%,80歳以上では64%で,孤立性拡張期高血圧の割合は,それぞれ10%,1.4%,0.6%であった。
高血圧によるCVD未発症年数の損失に占める,孤立性収縮期高血圧の寄与をみると,30歳時では約1/4であったが,60歳時および80歳時ではそれぞれ約1/2と増加していた。一方,孤立性拡張期血圧の寄与をみると,30歳時では0.5%,60歳時および80歳時では0.01%未満であった。
◇ 結論
30歳以上のプライマリケア診療所受診者の大規模データ(125万人)を用い,血圧と,心疾患や脳卒中だけでなく慢性や非致死性も含めた12の心血管疾患(CVD)との関連について,包括的な検討を行った。その結果,収縮期血圧および拡張期血圧上昇と発症リスクとの関連は,それぞれ疾患によって異なっており,さらに年齢層によっても関連に違いがみられた。CVDの生涯リスクに関する検討では,孤立性収縮期高血圧の寄与が年齢とともに増加する一方で孤立性拡張期高血圧の寄与は小さく,収縮期血圧に重点が移っている現在のガイドラインの方向性を支持する結果であった。また,30歳で高血圧を有する人は有さない人よりもCVDを5年早く発症することが示されるなど,降圧薬治療が普及した現在もなお,高血圧は生涯にわたる疾病負荷をもたらしていることがあらためて裏付けられた。