[対談]疫学データをどう読むか ―肥満が消えるのはなぜか―
(2007年7月)
寺本 最近,メタボリックシンドロームがわれわれ医師の間だけではなく,国民全体に認識されるようになりました。メタボリックシンドロームの診断基準は,「(1)内臓脂肪蓄積かつ(2)血清脂質異常,血圧高値,高血糖のいずれか2つを満たす」とされ,内臓肥満の蓄積が大前提となっているわけです。しかし,疫学研究で多変量解析*を行うと,「肥満」は心血管疾患の発症や死亡との有意な関連が消失してしまうのですね。われわれ臨床家は,これをどのように理解したらよいのか,悩ましく思うのですが,いかがでしょうか。
上島 肥満が循環器疾患の独立した危険因子であることをはじめて疫学コホート研究で証明したのは,1983年に発表された,ベースラインの肥満と26年後における心血管疾患のリスクとの関連を証明したフラミンガム研究です[1]。この研究では肥満以外の危険因子を考慮した多変量解析が行われました。すなわち血圧や血糖値,脂質値,喫煙を考慮しても循環器疾患のリスクとなることを示しました。しかし,先生のご指摘のように多くの疫学研究では,肥満のほかに,血管に対する直接的な作用をもたらす動脈硬化性の危険因子(血圧,血糖値,脂質値,喫煙など)を考慮した分析を行うと,肥満の危険因子としての有意性は消えてしまうという現象が起こってきたのです。フラミンガム研究は長期間の観察をしていますが,他の研究は追跡期間が短いのです。したがって,直接の危険因子が表に立って肥満は消えるということが起こりました。
寺本 より関連の強い因子が存在すると,マイルドな因子の有意性が,統計的数値としては見いだせなくなってしまうわけですね。
上島 そうですね。ただ,統計的モデルでの有意性が証明されなかったからといって,「肥満がリスクではない」ことが証明されたわけではありません。危険因子どうしの因果関係としては,動脈硬化性の危険因子の上流に肥満があるわけです。予防医療の観点では,肥満に対する介入が重要であることは間違いないと思います。
寺本 たしかに,高血圧の原因,脂質異常の原因をたどっていくと,栄養や肥満の問題に行き着きます。
上島 原因となる生活習慣を考えるときには,それぞれの国の文化を十分考慮することが大切です。たとえば血圧上昇の最大の原因は,米国では肥満,日本では食塩です。
寺本 そうはいっても,世界の疫学研究をみていると,米国であれ日本であれ,冠動脈疾患の危険因子はほとんど同じですよね。
上島 それは,ずいぶん前から私も感じていました。
栄養の視点で,心筋梗塞の危険因子を最初に調べたのは,日本も参加した世界7か国共同研究(Seven Countries Study)です。1986年には,動物性脂肪の摂取量が多い人では脂質値が高く,人口の平均脂質値がその人口の心筋梗塞発症率を規定していることが示されました[2]。日本の心筋梗塞発症率は非常に低かった。なぜなら,Seven Countries Studyが開始された昭和30年代当時の田主丸(たぬしまる)・牛深(うしぶか)地区の総コレステロール値の平均は,約150 mg/dLだったからです。
しかし,1980年に行われた「循環器疾患基礎調査」では190 mg/dLとなり,現在は200 mg/dLまで上がってきています。1980年に大阪の八尾市にて行われた栄養調査では,やはり,動物性脂肪の摂取量が高い人のコレステロール値が高いことがわかりました[3]。それに伴い冠動脈疾患の発症率も増加しています。
寺本 結局,危険因子は人類共通であるということが証明されたわけですね。
上島 Seven Countries Studyを主導していたAncel Keys先生は,当時からそれを見抜いていたのですよ。北欧で心筋梗塞発症率が高く,アジアで低い理由も,人種の違いではない,食文化の違いにあるんだと。
*危険因子どうしの因果関係を排除したうえで,それぞれの危険因子を評価するために用いられる。たとえば,若年者よりも高齢者のCVD発症率は高いが,高齢者であるほど血圧が高い傾向にある場合,CVD発症の危険因子は「年齢」なのか「血圧」なのかが見分けられない。そこで,評価したい危険因子以外の変数を統計処理で調整して,真の危険因子を探す。
図1 リスク評価チャート
Circ J. 2006; 70: 1249-55.
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このリスク評価チャートで不思議なのは,女性です。男性の場合,危険因子が重なれば,リスクが高くなるという,ブロックごとの色の変化が非常にきれいに示されています。
一方,女性の場合,色の変化が非常にゆるく,危険因子が重なっていってもそれほどリスクが上昇しない。とくに,血清総コレステロールカテゴリーが高い方に変化しても,ほとんど色が変わりません。女性の冠動脈疾患(CHD)死は,耐糖能異常と年齢でほぼ規定されてしまうイメージがあるのですが,上島先生はどのようにお考えですか。
上島 まずは,なぜそうなるかについてお話しします。このリスク評価チャートは,CHD死をエンドポイントとしたデータを基にしています。女性は男性よりも,危険因子に対する防御機能が優れており,たとえばコレステロール値の影響を受けやすい心筋梗塞発症率は男性の5分の1ともいわれています。世界一の長寿国である日本の,しかも女性となると,死亡率そのものが低すぎるため,男性のようなくっきりとしたチャートにはならないのです。
しかし,危険因子が重なると,死亡率は確実に上がっていくのです。チャートでは10年ごとのCHD死亡率を示していますから,40代の女性がいくつかの危険因子をもっていても, 10年経っても50代ですから大丈夫でしょう。でも20年後,30年後には確実にリスクが上昇しますが,その間には食文化や治療法も変化するでしょうし,「そんなに先のことを言われても…」ということになりかねないですね。
反対に,たとえば5年以内のリスクへの関心は高いでしょうけれど,その間の死亡リスクは非常に小さなものとなるでしょう。ですから,このチャートでは,10年という区切りで死亡リスクを示し,脚注部分で「リスク要因が存在するときには,仮にチャートでのリスクが低くてもリスク要因の管理は必要である」と記載することにしたのです。
予防医療では,自覚症状のない人をいかに自身のリスクに向き合わせるかがとても重要です。このチャートは,患者さんが生活習慣を見直し,場合によっては薬物治療をきちんと受け入れていただくための動機付け,すなわち患者教育の場で大いに役立つものと思っています。
寺本 NIPPON DATA80の対象は,健康診断にこられた方を対象としているのですよね。このチャートを読むときは,心筋梗塞や脳卒中の既往がある方や病院に通われている方と区別して考えなければなりませんね。
また,このチャートはフラミンガム研究のデータと比較されることがあるかと思いますが,NIPPON DATA80のチャートは死亡リスク,フラミンガム研究のチャートはCHD発症リスクを示している点は注意が必要です。誤解を生まないために,チャートの読みかたや考えかたを臨床家に伝えていきたいと思っています。
寺本 NIPPON DATA80から生まれたリスク評価チャートは,たいへん注目度が高いようです。臨床家の疫学に関する認識が,ここ5年ほどで大きく変わってきていると思います。以前は,疫学の話は何となく退屈で,あたりまえのことを説明されているにすぎないと感じていたと思います。しかし最近になって,血圧にしてもコレステロールにしても,治療によって管理できる時代になり,それによって助けられる人がいることがわかってきました。臨床家は,どの危険因子を管理したらよいのかを,真剣に考えはじめたわけです。
上島 われわれは,予防医学や臨床疫学を発展させてきたという自負があるのですが,まるで脚光を浴びてきませんでした。
一方,ここ数年でEBM(根拠に基づく医療:evidence based medicine)という言葉があっという間に普及しました。私は,「そんな新しい言葉を使わなくても,むかしから『臨床疫学』という学問が行われてきたではないか」と思っていたのです。しかしいま振り返ってみると,EBMという言葉は,たいへんな貢献をしました。たった一つのEBMという言葉が,私たちの世界に閉じこもっていた概念を臨床家の世界に広めたのです。
結局,EBMが入り口となり,何がリスクで何を管理すべきなのかという視点が生まれ,臨床家と疫学研究との接点が生まれたのだと思います。
寺本 同じようなことはメタボリックシンドロームについてもいえますね。メタボリックシンドロームの診断基準に対してはいろいろな意見があるのですが,メタボリックシンドロームという疾患名のインパクトは非常に大きかったと思います。
上島 そのとおりです。「肥満対策」という言葉では駄目なのですね。私は30年も前から健康診断の場で,肥満によりリスクの重積している人に「肥満を解消できればかなりの部分の生活習慣病はなくなる」といってきましたが,人々の心には響かなかった。肥満を表現するには体重でもよいわけですが,メタボリックシンドロームのように腹周りのサイズで表現したほうがドキッとしますよね。人々の行動につながる,気の利いた言葉を使って訴えていくことも必要だと思います。
寺本 これからの疫学には,社会の変化が大きな影響をもたらしていくような気がします。たとえば,動物性脂肪は脂質値上昇の原因となることがわかり,米国では動物性脂肪をできるだけ摂取しない方向に向かっています。ですから,1940〜1960年代にかけて起こった疫学的なインパクトと,2000年以降に起こる疫学的なインパクトは変わってくる可能性がある。
上島 そのとおりだと思います。食塩摂取量が多い時代は高血圧が多く,脳卒中発症率が高い。動物性脂肪摂取量が多い時代は脂質異常が多く,心筋梗塞発症率が高い。その時代ごとに,また,それぞれの食文化ごとに,疾病構造が異なるわけです。
おなじ日本においても,食塩摂取量はだいぶ少なくなってきました。昭和30年代の東北地方では,私たちの先人が世界に先駆けて24時間蓄尿を行い,当時の食塩摂取量は約20g/日だったことが記録されています。一方,2003年の全国平均は11.2g/日(平成15年国民栄養調査)です。INTERSALT研究[5]やDASH研究[6]において,食塩摂取量を1g/日減らせば平均血圧が1 mmHg下がる,10g/日減らせば10 mmHg下がることが示されていますので,食塩摂取量の減少が日本の疾病構造にもたらした影響は相当なものだと思います。
一方で,かつて久山町研究では,喫煙と動脈硬化の関連は見出されませんでした。この時代はなんといっても血圧が高かったことで,喫煙の問題は表面化しなかったのです。巨大な危険因子があると,2番手,3番手の危険因子が見えなくなることがあるのです。
寺本 脂質異常が心筋梗塞のリスクとなる,という疫学研究の結果を受けて,では脂質低下療法が心筋梗塞のリスクを下げるか,という介入試験が行われています。疫学研究の結果と介入研究の結果がつぎつぎと一致しはじめてきました。一方で,一部の脂質低下薬が脳卒中の発症率も下げたという結果について,議論が盛んになっています。疫学研究からは,脂質値が脳卒中の危険因子であるとするきれいなデータは出てこない。これについて,上島先生はどのようにお考えですか。
上島 脳卒中のなかでも,脂質値の関与が大きい脳梗塞の比率が多くなってくると,脂質値が脳卒中の危険因子として出てくるかもしれませんね。いまの日本人で脳梗塞を発症している世代は圧倒的に60歳以上が多いのですが,これらの人たちはラクナ梗塞であり,小血管が破れずに詰まるタイプが多いのです。ですから,いまの世代では脂質値と脳卒中の関連をコホート研究から見出すのは難しいでしょう。
寺本 今後は,介入研究から得られた結果を疫学研究で検証していく,という新たな関係に期待したいですね。
上島 そうですね。ただ,介入研究では選択バイアスが存在する点に十分な考慮が必要です。疫学研究の対象者は一般住民ですが,介入研究の対象者は一定の基準を満たす人々です。これは,大学病院にかかる患者さんと開業医にかかる患者さんの違いをみれば明らかです。以前,日本の心筋梗塞発症率が世界に比べ非常に低いことが疫学から明らかにされていたころ,循環器領域の名医に「心筋梗塞の患者は日本にもたくさんいるぞ」と言われたことがあります。ところが,その先生が地方で開業されると,「上島君,君の言ったことは本当だ。開業したら,心筋梗塞の患者などだれもこない」とおっしゃったのです。
寺本 疫学研究で確認されていない介入研究の結果は,限定された集団のものであると考えておく必要があるということですね。
上島 患者さんを対象とした介入研究の結果を人口全体に当てはめることは,慎重でなければならないと思います。
寺本 今後は予防医療が進歩し,CHDでは亡くならない時代になるかもしれませんね。
上島 おそらく,いままでのような死亡率を検討する疫学研究は成り立たなくなっていくと思います。最近,私たちは主観的QOLや健康寿命をエンドポイントとした解析をはじめました。このほかに,LDLコレステロール値をエンドポイントにすることも考えています。やはり,臨床家の先生にお会いしてヒントを頂けると,重要な手がかりが得られることを実感しています。
最近,問診の有効性についての論文を出させていただきました[7]。健康診断で血圧が低かったとしても,問診で「高血圧あり」だった方のリスクは,収縮期血圧160mmHgに相当するリスクであることがわかり,問診の有用性を証明することができました。
寺本 それはおもしろいですね。
上島 その他にいま取り組みはじめたのは,喫煙とQOL低下の関連です。喫煙者は禁煙によってQOLが低下すると主張しますが,どうやら喫煙がQOLを低下させているようなのです。
寺本 それはもう,挑戦的にやっていただきたい。
日本人の健康診断受診率は非常に高いのですが,その結果は必ずしも生かされてこなかったように感じています。今後は,メタボリックシンドロームの病態を経時的に観察するという役割も,健康診断が担っていくと思います。そういう意味で,健康診断のあり方も変わっていくでしょうね。これからの疫学研究に大きな期待を寄せて,本日の対談を終わりたいと思います。
[1] Hubert HB, et al. Obesity as an independent risk factor for cardiovascular disease: a 26-year follow-up of participants in the Framingham Heart Study. Circulation 1983; 67: 968-77.
[2] Keys A, et al.The diet and 15-year death rate in the seven countries study. Am J Epidemiol 1986;124:903-15.
[3] Iso H, et al. Serum total cholesterol and mortality in a Japanese population. J Clin Epidemiol 1994;47:961-9.
[4] 日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版. 東京: 2007.
[5] Intersalt Cooperative Research Group. Intersalt: an international study of electrolyte excretion and blood pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. BMJ 1988; 297: 319-28.
[6] Sacks FM, et al; DASH-Sodium Collaborative Research Group. Effects on blood pressure of reduced dietary sodium and the Dietary Approaches to Stop Hypertension (DASH) diet. N Engl J Med 2001; 344: 3-10.
[7] Higashiyama A, et al; NIPPON DATA80 Research Group. Does self-reported history of hypertension predict cardiovascular death? Comparison with blood pressure measurement in a 19-year prospective study. J Hypertens 2007;25:959-64.