[Editorial View] 「日本発」のHypertension誌総説: 血圧高値は,脳卒中や虚血性心疾患以外の疾患の危険因子でもある
血圧そのものが重要であることがわかってきた
■今回の総説で紹介された,血圧高値との関連が示唆される疾患(病態生理学的な異常や,発症には至らない前駆的な段階を含む)
血圧高値は,脳卒中や虚血性心疾患以外の疾患の危険因子でもある
Kokubo Y and Iwashima Y. Higher Blood Pressure as a Risk Factor for Diseases Other Than Stroke and Ischemic Heart Disease. Hypertension. 2015; 66: 254-9.
(1)心房細動
これまで欧米の疫学研究から,高血圧や正常高値血圧が心房細動発症の危険因子となることが示されており,吹田研究の最近の報告によって,日本人でも同様であることが示された(抄録へ)。このなかで,心房細動発症リスクに対する前高血圧と肥満の相互作用がみとめられており,高血圧と肥満が,左室肥大などを介して相乗的に心房細動のリスクを増加させていると考えられる。
(2)慢性腎臓病(CKD)
高血圧が腎機能低下やCKD発症の独立した危険因子であることは,種々の疫学研究から一貫して示されている。さらに最近のメタ解析では,前高血圧や正常血圧でさえ,至適血圧にくらべると末期腎疾患(ESRD)のリスクを増加させることが報告された。CKD患者における厳格な血圧管理は蛋白尿を抑制し,ESRDへの進展リスクを低下させることが示されている。また,血圧を低下させ,ひいては心血管疾患の長期的な予防につながるような生活習慣の改善も忘れてはならない。
(3)脳・心・腎連関
わが国の吹田研究や日本動脈硬化縦断研究(JALS)をはじめとした疫学研究から,CKDが心血管疾患の発症リスクと関連することが示されており,また推算糸球体濾過量(eGFR)でみた腎機能の低下も,入院や心血管イベント発生,脳卒中発症,死亡などのリスクを増加させることも報告されている。これまでの研究の結果から,脳・心・腎連関の背景にあるメカニズムは血圧の制御にも関連していると考えられ,したがって高血圧が中心的な役割を担っていることが示唆される。
(1)認知症
中年期の高血圧が認知症の危険因子となることは種々の疫学研究から報告されている。ただし病型別にみると,脳血管性認知症とは関連するがアルツハイマー病との関連はなかったとするものが多い。久山町研究からは,中年期の高血圧が,老年期の血圧値とは独立して,全認知症および脳血管性認知症の発症リスクと関連することが報告された(抄録へ)。
一方,老年期の高血圧が認知症の危険因子となるかどうかについては見解が一致しない。ランダム化二重盲検比較試験やそのメタ解析から,降圧にともなって認知症発症リスクが有意に低下することが示されたが,日本人を対象とした研究では,起立時の血圧調節機能の障害,自由行動下血圧測定での昼間血圧低値および夜間のノンディッパーが,日常生活動作(ADL)や認知機能低下と関連する可能性も指摘されている。
臨床試験の結果をみても,降圧治療が認知症発症や白質病変の抑制に有効であったとする報告もあれば,効果はない,あるいは限定的とするものもあり,やはり一貫していない。また,特定の食品の摂取が認知症予防に効果的とする指摘もあるが,臨床試験による裏付けがないものも多い。これらのことから,中年期における降圧治療は認知症予防の側面からも推奨されるものの,高齢者では今後の研究の結果がまたれる。
(2)癌
メタ解析において,高血圧は癌による死亡のリスクを有意に高めるとの結果が報告されている。癌の発症リスクについては,男性では血圧と関連するが女性では関連なしとする欧州のコホート研究のメタ解析があり,これを部位別にみると,男性で血圧と関連していたのは食道癌,口唇癌,口腔癌,咽頭癌,結腸癌,肺癌,腎臓癌および膀胱癌の発症リスクで,女性では食道癌と膵臓癌の発症リスクであった。これらの性差の背景には,癌の発症に対する性ホルモンと血圧の相互作用があると考えられる。今後,血圧と癌との関連について引き続き検討が期待されるが,まずは運動や禁煙,適度な飲酒,健康的な食事など,高血圧と癌のどちらにもよい影響を及ぼすと考えられる生活習慣が推奨される。
(3)口腔衛生異常
これまでに複数の疫学研究から,高血圧と口腔衛生異常(歯周病や歯肉出血,歯牙喪失)との関連が報告されており,炎症反応をはじめとした,両者に共通の危険因子の影響が示唆される。また,歯周病やその結果としての歯牙喪失により,やわらかい炭水化物が多く果物が少ないといった,偏った食生活につながる可能性も指摘されている。吹田研究からは,歯周病,不正咬合,歯牙喪失,歯肉出血のうち3つ以上をあわせもつ人では,食生活などによる調整を行ったうえでも,高血圧の有病率が高いことが示された(抄録へ)。しかし歯周病は高血圧発症リスクには関連しないとする前向き研究もあり,今後さらに因果関係を明らかにするための縦断的な検討が必要である。
(4)骨代謝系疾患
高血圧と骨粗鬆症の有病率は,いずれも加齢にともなって高くなる。両者に高頻度で合併するのがカルシウム代謝異常やビタミンD不足である。欧米におけるいくつかの断面的な検討から,ビタミンD不足と骨密度低下や高血圧との関連が指摘されているものの,高血圧と骨代謝異常との因果関係についてはまだ明らかになったとはいえない。ただ,降圧治療は骨密度の維持にも有用な可能性があり,とくにサイアザイド系利尿薬は血圧のみならず尿中アルブミンや尿中カルシウム排泄量を低下させるため,結果として骨密度の維持や骨折の抑制にもつながると考えられる。
以上のように,高血圧の適切なコントロールは,心血管疾患の予防だけでなく他の疾患の管理という側面からも重要と考えられる。とくに腎疾患および認知症予防の観点からの中年期の降圧治療の意義は,確立したものといってよい。その他の疾患についても,今後さらなるエビデンスの蓄積が求められる。