第7回(2021.6.3)
これからワクチンを接種する人も,打ち手の先生も,
みんな読んでおきたい!
山口佳寿博
- 2021年5月時点で,日本で蔓延している変異株はおもに英国株である。
- 現在のところ,ファイザー製,モデルナ製のワクチンは変異株に対して有効である。
- ワクチン接種後のアナフィラキシーに対する治療は,アドレナリンが推奨される。
- 30歳代から50歳までの女性で,何らかのアレルギーの既往がある人は,アナフィラキシーの発症リスクが高い。
- アデノウイルスベクターワクチンは,ワクチン誘導性自己免疫性血栓形成(VITT)の発症リスクが高くなる可能性がある。
新型コロナウイルス変異株の推移と進化
・新型コロナウイルスは従来株から変異株へ
2019年12月に中国武漢で発生した新型コロナウイルス(以下武漢原株,第一世代)は,2020年2月下旬にはスパイク(S)蛋白質に変異が入ったD614G株(以下従来株,第二世代)となり,2020年の秋頃まで,世界的な広がりをみせていた。しかしそれ以降,従来株をベースとしたさまざまな種類の変異株が報告されるようになった(第三世代)(図1)。新型コロナウイルスの遺伝子変異の頻度は1ヵ月で2.5塩基程度と言われており,現在までに1000~2000種類の変異株が発生していると考えられるが,この頻度はほかのウイルスと同程度である。
そのなかで,WHOを含めて世界中で注目されている第三世代変異株が,S蛋白質の受容体結合ドメイン(RBD)部分の501番アミノ酸がアスパラギンからチロシンへと変異したN501Y変異株であり,これまでに英国株,南アフリカ株,ブラジル株などが報告されている。また,非N501Y変異株であるインド株も,大きな問題となっている。WHOでは,英国株,南アフリカ株,ブラジル株,インド株の4種類を,variants of concern(VOC)と定義し,警戒を呼びかけている。
・代表的な4つの変異株の特徴
VOCと定義された4つの変異株の主たる特徴を図2に示す1, 2)。これらの変異株は,S蛋白質のアミノ酸の変異が起こり,感染性や免疫回避作用が増強していることがわかった。ウイルスの感染性を増強する変異は,L452R,N501Y,P681H(R)などがあり,一方,L452R,E484K(Q)などの変異は,液性免疫に対する回避能が高くなる。現在,世界全域で蔓延している英国株は3),N501Y,P681H(R)などが変異しているため,従来株と比べて感染性が増強しているが免疫回避作用は少ない。
・従来株から変異株への置換(ブラジルの場合)
では,従来株から変異株への置換はどのような経過をたどるのだろうか。ブラジルのマナウスの報告4)によると,マナウス市では,2020年5月頃に従来株による感染拡大(第一波)が起こり,住人の76%が感染した。そのため,マナウスでは集団免疫が確立し,6月から秋にかけては感染が制御された。しかし,2020年12月頃から急激に感染者が増加した(第二波)。第二波では再感染者も多くいたため,ウイルスの遺伝子検査を行ったところ変異株(ブラジル株)であることが判明した。このように,自然感染による集団免疫が確立した後に,ウイルス変異によって再度感染拡大が起こることが確認された。
・日本における変異株の状況(図3)
5月11日の厚生労働省からの報告によると5),これまでに日本では3528例の変異株が検出された。そのうち97%は英国株であり,46都道府県で検出されている。また,一週間ごとの変異株の検出状況をみると,3月上旬は従来株が98%だったのに対し,5月の第1週では70%以上が変異株に置き換わっていた。ウイルス播種の曲線はS字型を描くことが知られており,今後1~2ヵ月のあいだに,英国株を中心とする変異株にほとんどが置き換わると考えられる。
変異株に対するワクチンの効果
・代表的なワクチンの特徴
現在,世界各国で使用されているワクチンは,武漢原株のS蛋白質の遺伝子配列を基に作成されている。そのため,従来株に対する効果は実証されているが,N501Y株などの変異株に対する効果は不明な点が多い。
国を問わず正式あるいは緊急使用が承認された14種のワクチンのうち,代表的な4つのワクチンについて,表1にまとめた6)。わが国では,ファイザー製のワクチン(以下ファイザー製)が2月13日に,モデルナ製のワクチン(以下モデルナ製),アストラゼネカ製のワクチン(以下アストラゼネカ製)は5月21日に緊急使用が承認された。
・変異ウイルスに対するIgG抗体による中和作用の低下
変異株に対するワクチンの効果(液性免疫)を調べるため,各種ワクチンを接種した人の血漿を用いて変異株に対するIgG抗体による中和作用がin vitroで評価された(図4)7,8)。その結果,ファイザー製,モデルナ製を接種した人は,英国株に対するIgG抗体の中和作用は維持されていた。一方で,高い免疫回避能をもつ南アフリカ株に対しては,ファイザー製,モデルナ製,アストラゼネカ製,ノババックス製を接種した人のIgG抗体の中和作用は,従来株に対する中和作用に比して約1/10に低下していた。また,ブラジル株に対してはデータが少なく,インド株に対しては,ファイザー製,モデルナ製を接種していても,IgG抗体の中和作用が低下している可能性が示唆された。
・IgGによる中和作用が低下してもワクチンの有効性は保たれる
変異株に対するワクチン接種後の発症予防効果をみたところ(表2)7,8),ファイザー製は英国株,南アフリカ株に対しても発症予防の効果を示し,アストラゼネカ製は,ファイザー製,モデルナ製に比して発症予防効果は低下し,南アフリカ株に対しては非有効であった。ジョンソン&ジョンソン製(以下J & J製)のワクチンは,南アフリカ株,ブラジル株に対して有効性を保っていた。インド株に対する発症予防効果は,ファイザー製,アストラゼネカ製において検証されたが,英国株に対する効果に比して低下していた。
このように,南アフリカ株,インド株に対するIgG抗体の中和作用が低下しているにもかかわらず,いくつかのワクチンでは,発症予防効果が保たれていることが明らかとなった。これは,ワクチン接種後に賦活化した,T細胞による細胞性免疫の作用が維持されているためだと考えられる。
・今後,日本ではどのようなことが起こるか
現在,日本は第四波の真っただ中であり,多くは英国株に置き換わっている。今後,英国株に対して有効性があるファイザー製のワクチン接種が進めば,疑似感染による集団免疫が成立し,以降3~6ヵ月は感染者数が減少していくものと予想される。しかし,その間にワクチンの効果を抑制する新規変異株が発生する可能性は否定できない。その場合,感染者数は再び増加に転じ,第五波となることを危惧しなければならない(図5)。ワクチン接種後も,南アフリカ,ブラジル,インドの自然感染後の動態を教訓として,最悪な状況に備える対策を講じておくことが重要である。
ワクチン接種後の特殊副反応
・ワクチン接種の3つの問題点
ワクチン接種後の副反応は,一般に,①抗体依存感染増強(antibody dependent enhancement of Infection: ADE),②アナフィラキシー,③ワクチン誘導性自己免疫性血栓形成(vaccine induced thrombotic thrombocytopenia: VITT)があげられる。SARSワクチンなどの種々のワクチンでは,ADEは深刻な問題であったが,今回のワクチンでは,ADEは起こらないと考えられている。
・ワクチン接種後のアナフィラキシーの基礎と臨床9)
ファイザー製,モデルナ製などのmRNAワクチンは,mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で包むことで,筋肉細胞の細胞膜に取り込ませる。しかし,LNPを安定化させるために添加されるポリエチレングリコール(PEG)は,まれにアナフィラキシーを起こすことが知られている。PEGは浸透圧下剤,薬剤(メチルプレドニゾロン,メドロキシプロゲステロン),軟骨基剤,化粧品(白髪染など),歯磨き粉等に幅広く使われている。
ワクチン接種後にアナフィラキシーを起こす症例の特徴は,比較的若い(50歳以下)女性(90%),何らかのアレルギー疾患の既往を有する症例(60~80%)とされ,何らかのアレルギーの既往を有する人のアナフィラキシー発生リスクは,アレルギー疾患の既往を有さない人に対し,約15倍(70人/100万人)になると筆者は推測している。
ワクチン接種後のアナフィラキシーに対する治療は,アドレナリン(エピネフリン)注射液(0.3~0.5 mg)の大腿部外側への筋肉注射が推奨され,ステロイドは避けるべきである。その理由は,ステロイドの中にはPEGを含有するものが存在すること(メチルプレドニゾロンなど),さらに,ステロイド投与により,ワクチン接種による液性/細胞性免疫の賦活化が抑制される可能性があるためである。
・患者さんへのワクチンの説明
筆者は患者さんに対し,年齢やアレルギー疾患の既往によっては,ワクチン接種によるアナフィラキシーの発生リスクが高くなることについて説明を行っている。しかし,COVID-19を発症するほうが,重症化や後遺症などのリスクが高いこと,アナフィラキシーはワクチン接種直後に起こるため,その場(接種会場)で迅速に対処できることを伝えている。
・β遮断薬使用の場合,アドレナリンではなくグルカゴンを投与するのは正しい方法か?
アナフィラキシーを起こした患者さんへのアドレナリンの投与は,β2受容体を介する肥満細胞脱顆粒抑制作用を増強し,ヒスタミンなどのアナフィラキシー誘発物質の放出を抑え,血圧,心機能,呼吸機能を維持する。そのため,慢性心不全等で選択性の低いβ遮断薬を使用している患者さんの場合,アドレナリンを投与しても,β2受容体を介する効果が減弱される可能性が示唆されていた。このような背景から,日本アレルギー学会がweb上で公開している,「新型コロナウイルスワクチン接種にともなう重度の過敏症(アナフィラキシー等)の管理・診断・治療」10)では,β遮断薬を投与中で,アドレナリンが無効の場合にグルカゴンを使用する,と記載されている。しかし最近では,心不全等の患者さんに対し,選択的β1遮断薬を処方されている場合が多く,選択的β1遮断薬はβ2受容体への影響は少ない。そのため,アナフィラキシーを起こした患者さんに対してはアドレナリンを投与したほうがよいと考えられる。
・アナフィラキシーの頻度
インフルエンザ,肺炎球菌,新型コロナウイルスワクチン接種後のアナフィラキシーの頻度を表3に示した11, 12)。新型コロナウイルスワクチン接種後のアナフィラキシーの頻度はインフルエンザ,肺炎球菌ワクチンに比して数倍高い。現在のところ,日本におけるアナフィラキシーの発生数は,米国,英国に比して多く報告されているが,過剰報告の可能性が考えられる。1000万回程度まで接種回数が増えれば,他国と同様の水準になるのではないだろうか。
・死亡の頻度
新型コロナウイルスワクチン接種後の死亡例の発生数を表4に示した13)。日本では,100万回接種あたりの死亡者数は5.5例と報告されているが,今のところ,すべてがワクチンとは無関係であった。また,英国では26.2例となっていて,米国,日本に比して高い数値になっている。これは,英国ではアストラゼネカ製の接種が多いため,VITT(下記)が一定程度発症していたのではないかと筆者は危惧している。
・アデノウイルスワクチン接種後のVITT
アストラゼネカ製の接種7日後にsuperior ophthalmic vein thrombosis(SOVT)と側頭葉の出血を発症した55歳の女性の例では14),血小板が減少し,血小板第4因子(PF4)に対するIgG自己抗体が陽性であった。これは,ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)類似病態である。HITは,患者さんに投与された未分画・高分子ヘパリン(陰イオン分子)がPF4と複合体を形成することで起こる病態である(IgG抗体産生まで約1週間必要)。アストラゼネカ製のようなアデノウイルスベクターワクチンは,細胞に取り込まれたアデノウイルスベクターが抗原抗体反応によって壊れ,DNAの破片が放出される。DNAはヘパリンと同じく陰イオンを帯びているので,PF4と複合体を形成する可能性が示唆されている。
・ワクチン誘導性脳静脈血栓症の頻度(表5)
VITTのなかでも最重症である,cerebral venous thrombosis(CVT)の頻度をみると,ファイザー製が0回,モデルナ製が0.035/100万回であるのに対し,アストラゼネカ製では5.0/100万回,J & J製は1.9/100万回であった15)。また,デンマークとノルウェ-の21万人に対して行われたCVTに関するコホート研究では,一般人口での発症率が1.49/100万人であるのに対し,アストラゼネカ製1回接種後の発症率は33.8/100万人であった16)。
アデノウイルスワクチンによるCVTは,ワクチンを接種してから1週間程度で発症する。アナフィラキシーはワクチン接種直後に起こるため,迅速な対応が可能であるが,CVTは一定時間を経て医療機関以外の場所で発症する可能性が高いため,対応が遅れ致死的になる可能性が高い(致死率は20~50%)。
まとめ
新型コロナウイルス感染症に関する医学的情報は毎日のように刷新されている。そのような膨大な情報のなかで,今後の臨床に役立つ内容を整理して示した。ワクチン接種が開始された日本において,今後の動向を正しく把握し,医学的・社会的に間違いのない判断を下すうえで少しでも役立てば幸いである。
本稿は,2021年5月20日に行われた,臨床研究適正評価教育機構[J-CLEAR]理事を対象とした講演会の内容をもとに作成された。
文献
- 1) 山口.日本医事新報.新型コロナに対する遺伝子ワクチンの最新の知見と新規変異ウイルスに対する効果.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=16603[2021年5月閲覧] - 2) 山口.日本医事新報.新型コロナウイルスの最近の状況と今後の予測.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=15298[2021年5月閲覧] - 3) WHO. Special focus: Update on SARS-CoV-2 Variants of Interest (VOIs) and Variants of Concern (VOCs). COVID-19 Weekly Epidemiological Update.(2021年5月18日)
- 4) Sabino EC, Buss LF, Carvalho MPS, et al. Resurgence of COVID-19 in Manaus, Brazil, despite high seroprevalence. Lancet 2021; 397(10273): 452-455.
- 5) 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部. 新型コロナウイルス感染症(変異株)への対応. 厚労省(2021年5月11日)
- 6) Zimmer C, Corum J and Wee S-L. Coronavirus Vaccine Tracker. The New York Times. (2021年5月15日)
- 7) 山口. 英国株(B.1.1.7)の遺伝子変異,疫学,今後の重要性. J-CLEAR論評-1380(2021年4月27日)
- 8) 山口. 南アフリカ株(B.1.351)の遺伝子変異とワクチンの効果. J-CLEAR論評-1381(2021年4月28日)
- 9) Castells MC and Phillips EJ. Maintaining Safety with SARS-CoV-2 Vaccines. N Engl J Med 2021; 384: 643-649.
- 10) 日本アレルギー学会.「新型コロナウイルスワクチン接種にともなう重度の過敏症(アナフィラキシー等)の管理・診断・治療」について.
https://www.jsaweb.jp/modules/news_topics/index.php?content_id=546[2021年5月閲覧] - 11) Gee J, Marquez P, Su J, et al. First Month of COVID-19 Vaccine Safety Monitoring - United States, December 14, 2020-January 13, 2021. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2021; 70: 283-288.
- 12) 第55回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会.令和3年度第1回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会.厚労省(2021年4月23日)
- 13) 第55回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会.令和3年度第1回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催).厚労省(2021年4月9日)
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