[2007年文献] プロテインキナーゼCη遺伝子の非同義SNP(アミノ酸置換をともなう一塩基多型)は,脳梗塞のリスクを高める
脳梗塞発症に関与する遺伝的要因の検討を行うためにJapanese Single Nucleotide Polymorphisms(JSNP)データベースから抽出した52608のタグSNPsを用いた症例対照研究を実施した結果,プロテインキナーゼCɳをコードするPRKCH遺伝子を発症に関連する新たな遺伝子候補として同定した。日本人一般住民を対象としたコホート研究における症例対照研究でその関連を前向きに検証した結果,PRKCH遺伝子上の非同義SNP(アミノ酸置換をともなう一塩基多型)と脳梗塞発症リスクとの関連が示された。また,プロテインキナーゼCɳはおもに血管内皮細胞やヒトのアテローム性動脈硬化病変における泡沫状マクロファージに発現しており,病変が増悪するとともに発現も増加していた。
Kubo M, et al. A nonsynonymous SNP in PRKCH (protein kinase C eta) increases the risk of cerebral infarction. Nat Genet. 2007; 39: 212-7.
- 目的
- 脳梗塞発症に関与する遺伝的要因の検討。
- 研究デザイン
- (1) 脳梗塞関連遺伝子の同定
ゲノムワイド患者対照研究。タグSNP(一塩基多型)による脳梗塞関連遺伝子の同定,および同遺伝子上に存在する非同義(アミノ酸置換をともなう)SNPと脳梗塞発症との関連の検討を行った。
(2) 検証研究
上の結果について,独立した別の集団で解析を行った。
(3) 前向きコホート研究
久山町研究第3集団において,上で得られた候補SNPの遺伝子型決定および14年間の追跡を行い,脳梗塞発症との関連を前向きに検討した。
- コホート
- (1) 脳梗塞関連遺伝子の同定
・症例群: 九州の7病院で2004年時点で脳梗塞と診断された1112例。内訳は,ラクナ梗塞491例,アテローム血栓性脳梗塞369例,心原性脳梗塞136例,病型不明116例。
・対照群: 2002~2003年にかけて久山町研究に参加した3328例のうち,脳卒中または冠動脈疾患既往例を除いた上で,年齢・性別を調整し無作為に抽出した1112例。
症例群では,対照群より高血圧および糖尿病の割合が有意に高かった(P<0.0001)。
(2) 検証研究
・症例群: バイオバンクジャパン(東京大学医科学研究所)に登録された脳梗塞例のうち,ラクナ梗塞の1137例。
・対照群: バイオバンクジャパン登録例から無作為に抽出した1875例。
(3) 前向きコホート研究
1988年に久山町研究に参加した2742例から追跡開始時の脳卒中または冠動脈疾患既往例を除いた2637例のうち,ゲノムDNAが採取された1642例(14年間追跡)。
- 結 果
- (1) 脳梗塞関連遺伝子の同定
脳梗塞症例群1112例および対照群1112例を対象に,JSNP(Japanese Single Nucleotide Polymorphisms)データベース収載の52608のタグSNPを用い,脳梗塞関連遺伝子の同定を試みた。その結果,プロテインキナーゼCη(PKCη)をコードするPRKCH遺伝子上のタグSNPがラクナ梗塞との有意な相関を示し(P=4.73×10-6,多重比較調整後P=0.0036),PRKCHが脳梗塞関連遺伝子と同定された。アテローム血栓性脳梗塞との相関はなかった。
次に,PRKCH遺伝子の中でラクナ梗塞と強く関連するブロックにある候補SNP「1425G/A」について解析を行った結果,Aアレルでラクナ梗塞との有意な関連が見られた(vs. Gアレル,P=9.84×10-6,オッズ比1.66,95%信頼区間1.33-2.09)。
(2) 検証研究
上記の結果は,バイオバンクジャパンから選んだラクナ梗塞1137例および対照1875例についての検証研究からも確認された。
(3) 前向きコホート研究
1988年より久山町研究に参加した1642例について遺伝子型決定および14年間の追跡を行い,上で得られた候補SNPと脳梗塞発症の関連を前向きに検討した。
67例が脳卒中を初発(ラクナ梗塞42例,アテローム血栓性脳梗塞18例,心原性脳梗塞7例)。遺伝子型ごとの脳梗塞の累積発症率は以下のようになった。
・GG型 2.96% (n=1063)
・GA型 3.86% (n=518)
・AA型 8.18% (n=61)
AA型の発症率はGG型より有意に高く(P=0.030),ハザード比は2.83(vs. GG型,95%信頼区間1.11-7.22)となった。
1425G/Aの変異によって,PKCηの374番目のアミノ酸はバリンまたはイソロイシンのいずれかになる(V374I)。V374IはPKCηのATP結合部位に位置することから,374Vおよび374Iのキナーゼ活性を比較した結果,374Iは374Vの1.6倍高い活性を示した(P=0.009)。
また,ヒトにおけるPKCηの発現を調べた結果,特に胸腺および脾臓で高い発現レベルを示した。冠動脈組織で見ると,血管内皮細胞および一部の泡沫状マクロファージにおける発現が観察された。
また,アテローム性動脈硬化の進行度とPKCηの発現レベルは有意な正の相関を示した(P<0.0001)。