[2009年文献] メタボリックシンドローム診断基準として,腹囲カットオフ値を男性90 cm,女性80 cmとした改変日本基準を推奨

日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究(14年間追跡)のデータを用いて,複数のメタボリックシンドローム(MetS)診断基準,ならびに腹囲カットオフ値と心血管疾患(CVD)リスクとの関連について比較検討を行った。その結果,日本人の腹囲カットオフ値として最適なのは男性90 cm,女性80 cmであり,この値を用いた改変日本基準により診断したMetSは,他の基準によるMetSにくらべてCVD発症リスク予測能が高いことが示された。

Doi Y, et al. Proposed criteria for metabolic syndrome in Japanese based on prospective evidence: the Hisayama study. Stroke. 2009; 40: 1187-94.pubmed

コホート
1988年の検診を受診した40歳以上の2736人(受診率80.7%)のうち,研究参加への同意が得られなかった人,冠動脈疾患または脳卒中既往のある102人,血液検体が得られなかった1人,腹囲が測定されなかった61人を除いた2452人を,1988年12月から2002年11月にかけて14年間追跡した。
剖検率は75.6%。
追跡不能となったのは1人のみであった。

心血管疾患(CVD)は,脳梗塞+冠動脈疾患とした。

メタボリックシンドローム(MetS)の診断には,以下の5つの基準を用いた。
(1)NCEP-ATP III基準: 以下のMetS構成因子を3つ以上もつ場合にMetSと診断。
   腹部肥満: 腹囲>102 cm(男性),>88 cm(女性)
   血圧高値: 血圧≧130 / 85 mmHgまたは降圧薬服用
   血糖高値: 空腹時血糖値≧110 mg/dLまたは治療中
   低HDL-C血症: HDL-C値<40 mg/dL(男性),<50 mg/dL(女性)
   高トリグリセリド血症: トリグリセリド値≧150 mg/dL

(2)国際糖尿病連盟(IDF)のアジア人向け基準: 腹部肥満(腹囲≧90 cm[男性],≧80 cm[女性])に加え,以下のMetS構成因子を2つ以上もつ場合にMetSと診断。
   血圧高値: 血圧≧130 / 85 mmHgまたは降圧薬服用
   血糖高値: 空腹時血糖値≧100 mg/dLまたは治療中
   低HDL-C血症: HDL-C値<40 mg/dL(男性),<50 mg/dL(女性)
   高トリグリセリド血症: トリグリセリド値≧150 mg/dL

(3)日本基準: 腹部肥満(腹囲≧85 cm[男性],≧90 cm[女性])に加え,以下のMetS構成因子を2つ以上もつ場合にMetSと診断。
   血圧高値: 血圧≧130 / 85 mmHgまたは降圧薬服用
   血糖高値: 空腹時血糖値≧110 mg/dLまたは治療中
   低HDL-C血症または高トリグリセリド血症: HDL-C値<40 mg/dLまたはトリグリセリド値≧150 mg/dL

(4)改変NCEP-ATP III基準: (1)の腹部肥満の定義を以下で代用。
   腹部肥満: 腹囲≧90 cm(男性),≧80 cm(女性)

(5)改変日本基準: (3)の腹部肥満の定義を以下で代用。
   腹部肥満: 腹囲≧90 cm(男性),≧80 cm(女性)
結 果
◇ 対象背景
平均年齢は男性58歳,女性59歳。
男性で女性よりも有意に高い値を示していたのは,腹囲,血圧値,空腹時血糖値,トリグリセリド値,高血圧の割合,空腹時血糖高値の割合,高トリグリセリド血症の割合,低HDL-C血症の割合,蛋白尿の割合,心電図異常の割合,飲酒率,喫煙率で,男性で女性よりも有意に低い値を示していたのはHDL-C値であった。

メタボリックシンドローム(MetS)の有病率は以下のとおりで,日本基準を除くすべての基準において女性の有病率が有意に高かった。
   NCEP-ATP III基準: 男性16.8%,女性22.3% (P<0.001)
   IDFのアジア人向け基準: 13.4%,34.5% (P<0.001)
   日本基準: 21.4%,8.1% (P<0.001)
   改変NCEP-ATP III基準: 21.6%,31.3% (P<0.001)
   改変日本基準: 10.0%,18.5% (P<0.001)

◇ 腹部肥満のカットオフ値と心血管疾患(CVD)リスク
NCEP-ATP III基準,IDFのヨーロッパ人向け基準(≧94 cm),IDFのアジア人向け基準,日本基準のそれぞれのカットオフ値による腹部肥満を有する場合のCVD発症リスク(vs. 腹部肥満なし)を比較した。
その結果,男女とも,IDFのアジア人向け基準による腹部肥満のみがCVD発症リスク増加と関連しており(男性: P=0.005,女性: P=0.05),その他の基準では有意差はみとめられなかった。

ROC(receiver operating characteristic: 受信者動作特性)曲線法によって特異性と感受性が最大となるカットオフ値を求めると,男性では80.2 cm,女性では81.5 cmとなった。ただし,この値により診断した腹部肥満を有する場合のCVD発症リスク(vs. 腹部肥満なし)は,女性では有意に高い値を示したが,男性では有意差はみられなかった。

◇ 各基準によるMetSとCVDリスク
各基準により診断したMetSを有する場合のCVD発症のハザード比(vs. MetSなし,多変量調整),ならびにCVD発症への人口寄与危険度割合(PAF)は以下のとおり。
各基準によるMetSは,男性における日本基準によるMetSを除き,いずれもCVD発症の有意な危険因子であることが示された。CVD発症リスク予測能がもっとも強いのは,男女とも改変日本基準であった。
PAFは男女ともIDFのアジア人向け基準,改変NCEP-ATP III基準,改変日本基準を用いた場合に高くなっており,男女で比較すると,用いる基準をとわず女性のほうが高い値を示した。

・ 男性
   NCEP-ATP III基準: 1.55 (95%信頼区間1.03-2.33,P=0.03,PAF 8.4%
   IDFのアジア人向け基準: 1.96 (1.26-3.02,P=0.003),PAF 11.4%
   日本基準: 1.28 (0.86-1.91,P=0.21),PAF 5.7%
   改変NCDP-ATP III基準: 1.66 (1.14-2.43,P=0.008),PAF 12.5%
   改変日本基準: 2.49 (1.57-3.94,P<0.001),PAF 13.0%
   
・ 女性
   NCEP-ATP III基準: 1.65 (1.13-2.43,P=0.01),PAF 12.6%
   IDFのアジア人向け基準: 1.79 (1.23-2.60,P=0.002),PAF 21.4%
   日本基準: 1.89 (1.15-3.10,P=0.01),PAF 6.7%
   改変NCEP-ATP III基準: 1.88 (1.30-2.74,P<0.001),PAF 21.6%
   改変日本基準: 2.27 (1.55-3.32,P<0.001),PAF 19.1%

改変日本基準によるMetSを有する人の脳梗塞発症率,ならびに冠動脈疾患発症率(多変量調整)は,男女とも,MetSを有さない人にくらべて有意に高くなっていた。

◇ 腹部肥満の有無ごとのMetS因子集積とCVDリスク
改変基準で用いた腹囲カットオフ値(男性≧90 cm,女性≧80 cm)について,CVD発症リスクを予測するうえでの必要性を検討するために,このカットオフ値により診断した腹部肥満の有無ごとに,MetS因子の集積とCVD発症リスクとの関連を検討した。
その結果,腹部肥満を有する人では,保有するMetS因子の数が多くなるほどCVD発症の多変量調整ハザード比が有意に増加したが,腹部肥満のない人では,MetS因子の数とCVD発症リスクとの有意な関連はみられなかった。
この結果は,脳梗塞発症リスク,冠動脈疾患発症リスクについても同様であった。

◇ MetSへの糖尿病,高血圧の合併の有無とCVDリスク
CVDの強力な危険因子である糖尿病および高血圧の有無ごとに,MetSと脳梗塞および冠動脈疾患発症の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)との関連を検討した結果は以下のとおり(*P<0.05,**P<0.01 vs. いずれももたない場合)で,MetSは糖尿病および高血圧とは独立したCVD発症リスク予測能を示した。

・ 糖尿病
   糖尿病なし+MetSなし: 脳梗塞1,冠動脈疾患1 (対照)
   糖尿病なし+MetSあり: 1.65(1.04-2.62)*,2.01(1.22-3.32)**
   糖尿病あり+MetSなし: 0.77(0.33-1.77),1.18(0.59-2.38)
   糖尿病あり+MetSあり: 5.35(3.28-8.73)**,5.13(2.89-9.11)**

・ 高血圧
   高血圧なし+MetSなし: 脳梗塞1,冠動脈疾患1 (対照)
   高血圧なし+MetSあり: 2.13(1.03-4.39)*,2.43(1.11-5.30)*
   高血圧あり+MetSなし: 1.36(0.90-2.06),1.39(0.89-2.17)
   高血圧あり+MetSあり: 3.17(2.01-5.02)**,3.45(2.06-5.80)**

糖尿病とMetSとの交互作用は,脳梗塞,冠動脈疾患のいずれについても有意であったが,高血圧とMetSとの有意な交互作用はみられなかった。


◇ 結論
日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究(14年間追跡)のデータを用いて,複数のメタボリックシンドローム(MetS)診断基準,ならびに腹囲カットオフ値と心血管疾患(CVD)リスクとの関連について比較検討を行った。その結果,日本人の腹囲カットオフ値として最適なのは男性90 cm,女性80 cmであり,この値を用いた改変日本基準により診断したMetSは,他の基準によるMetSにくらべてCVD発症リスク予測能が高いことが示された。


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