[2013年文献] 1960~2000年代にかけ,脳卒中発症率の減少度は低下,急性心筋梗塞発症率は変化なし
1960~90年代までの結果を報告した前回の報告(抄録へ)に続く検討として,1960~2000年代の各年代を代表する5つのコホートにおける心血管疾患(脳卒中,冠動脈疾患)の発症率および死亡率の長期的な推移を調べた。その結果,脳卒中発症率については1960~70年代に大幅な減少がみられたのちは減少度がゆるやかになっており,男女の脳梗塞死亡率,男性の脳出血死亡率は有意に低下した。これには血圧コントロール状況の改善や喫煙率の低下が関与したと考えられる。一方,代謝系危険因子の増加のためか,男女とも近年の脳梗塞発症率の減少度は小さく,また急性心筋梗塞発症率には明らかな変化はみとめられなかった。以上の結果より,日本人における心血管疾患の予防のためには,今後,代謝系危険因子の管理,喫煙率のさらなる低下,良好な血圧コントロールの達成などが重要と考えられる。
Hata J, et al. Secular Trends in Cardiovascular Disease and its Risk Factors in Japanese: Half Century Data from the Hisayama Study (1961-2009). Circulation. 2013; 128: 1198-205.
- コホート
- 1960~2000年代にかけて実施された5回の健診(1961年,1974年,1983年,1993年,2002年)を受診した脳卒中または冠動脈疾患の既往のない40歳以上の久山町住民を,それぞれ7年間追跡。
1960年代コホート(1961年):1618人(男性705人,女性913人),参加率90%,剖検率78%
1970年代コホート(1974年): 2038人(855人,1183人),参加率81%,剖検率84%
1980年代コホート(1983年): 2459人(1048人,1411人),参加率81%,剖検率84%
1990年代コホート(1993年): 1983人(747人,1236人),参加率53%,剖検率82%
2000年代コホート(2002年): 3108人(1305人,1803人),参加率78%,剖検率64%
高血圧の定義は,140 / 90 mmHg以上または降圧薬服用とした。
高脂血症の定義は総コレステロール≧220 mg/dLとした。
耐糖能異常は,1960年代コホートでは糖尿を呈する人における経口耐糖能試験,1970・80年代コホートでは空腹時および食後の血糖値,1990・2000年代コホートでは75 g経口ブドウ糖負荷試験の結果と既往歴または服薬状況を用いて診断した。 - 結 果
- ◇ 危険因子の長期的な推移
男女とも,高血圧の割合は1980年代にかけて上昇したのちに減少に転じたが,いずれも顕著な変化ではなかった。研究期間を通して,収縮期血圧値は有意かつゆるやかに低下しており,また,降圧薬服用率が急激に増加したことによって高血圧者の収縮血圧値にも有意な低下傾向がみられた。一方,代謝系危険因子(耐糖能異常,高脂血症,肥満など)はいずれも顕著に増加した。
1960,70,80,90,2000年代コホートのベースラインにおける各危険因子の値はそれぞれ以下のとおり。
・男性
年齢(歳): 55,56,57,61,61(P for trend<0.001)
高血圧の割合: 38.4%,43.1%,47.7%,43.7%,41.3%(P for trend=0.71)
降圧薬服用率: 2.0%,8.4%,10.9%,14.7%,17.5%(P for trend<0.001)
収縮期血圧(mmHg): 136,139,137,136,133(P for trend<0.001)
拡張期血圧(mmHg): 79,83,84,81,81(P for trend=0.13)
高血圧者の収縮期血圧(mmHg): 161,157,152,152,148(P for trend<0.001)
高血圧者の拡張期血圧(mmHg): 91,90,92,88,89(P for trend=0.01)
耐糖能異常の割合: 11.6%,14.1%,14.3%,29.9%,54.0%(P for trend<0.001)
高脂血症の割合: 2.8%,12.2%,23.0%,25.2%,22.2%(P for trend<0.001)
総コレステロール(mg/dL): 151,181,193,197,197(P for trend<0.001)
肥満の割合: 7.0%,11.6%,20.2%,26.7%,29.2%(P for trend<0.001)
BMI(kg/m2): 21.2,21.7,22.3,23.2,23.4(P for trend<0.001)
喫煙率: 75.0%,73.3%,57.2%,47.0%,47.4%(P for trend<0.001)
飲酒率: 69.6%,63.8%,65.2%,64.6%,71.8%(P for trend=0.004)
・女性
年齢(歳): 57,58,58,61,62(P for trend<0.001)
高血圧の割合: 35.9%,40.1%,41.2%,34.6%,30.8%(P for trend<0.001)
降圧薬服用率: 2.1%,7.4%,11.5%,15.2%,16.2%(P for trend<0.001)
収縮期血圧(mmHg): 137,139,136,135,129(P for trend<0.001)
拡張期血圧(mmHg): 78,80,80,77,76(P for trend<0.001)
高血圧者の収縮期血圧(mmHg): 163,161,155,155,149(P for trend<0.001)
高血圧者の拡張期血圧(mmHg): 88,87,87,84,86(P for trend<0.001)
耐糖能異常の割合: 4.8%,7.9%,7.0%,21.0%,35.1%(P for trend<0.001)
高脂血症の割合: 6.6%,19.9%,33.5%,35.7%,35.3%(P for trend<0.001)
総コレステロール(mg/dL): 162,193,205,212,208(P for trend<0.001)
肥満の割合: 12.9%,21.5%,23.5%,26.2%,23.8%(P for trend<0.001)
BMI(kg/m2): 21.6,22.4,22.6,23.0,22.9(P for trend<0.001)
喫煙率: 16.6%,10.2%,7.4%,4.6%,8.5%(P for trend<0.001)
飲酒率: 8.3%,5.7%,7.8%,12.9%,29.3%(P for trend<0.001)
◇ 心血管疾患発症率の長期的な推移
脳卒中の発症率は,1960年代から1970年代にかけて男性で51%,女性で43%と大きく減少したが,後期のコホートではゆるやかな減少となっている。脳卒中病型別にみると,脳梗塞発症率も全脳卒中と同様の傾向を示し,脳出血発症率は男性では研究期間を通して減少していた。女性の脳出血,および男性と女性のくも膜下出血では,発症率に有意な変化はみとめられなかった。冠動脈疾患発症率については,男性では有意な変化はみられなかったが,女性では有意に低下していた(とくに1990年代~2000年代の期間)。ただし急性心筋梗塞の発症率は,男女とも有意に低下していない。
1960年代コホート(1961~68年),1970年代コホート(1974~81年),1980年代コホート(1983~90年),1990年代コホート(1993~2000年),2000年代コホート(2002~2009年)における心血管疾患の発症率(年齢調整,1000人・年あたり)はそれぞれ以下のとおり。
・男性
脳卒中: 14.34,6.99,5.45,4.38,4.22(P for trend<0.001)
脳梗塞: 9.50,5.61,4.33,2.51,2.70(P for trend<0.001)
脳内出血: 3.75,1.38,1.00,0.58,1.04(P for trend<0.001)
くも膜下出血: 0.70,0.00,0.12,1.29,0.41(P for trend=0.87)
冠動脈疾患: 3.59,4.05,2.74,3.27,3.20(P for trend=0.91)
急性心筋梗塞: 1.93,2.30,1.51,0.73,1.44(P for trend=0.90)
・女性
脳卒中: 7.19,4.07,4.29,3.76,2.12(P for trend<0.001)
脳梗塞: 5.31,2.87,2.99,2.75,1.45(P for trend<0.001)
脳内出血: 0.78,0.48,0.69,0.64,0.35(P for trend=0.40)
くも膜下出血: 0.84,0.72,0.60,0.37,0.32(P for trend=0.05)
冠動脈疾患: 1.31,1.25,1.49,1.12,0.80(P for trend=0.04)
急性心筋梗塞: 0.78,0.57,0.93,0.52,0.50(P for trend=0.23)
脳卒中および急性心筋梗塞の発症率の推移を年代別(40~49/50~59/60~69/70~79/80歳以上)に検討すると,脳卒中発症率の経年的な減少はおもに年齢が高いグループでみられていた。急性心筋梗塞の発症率については,80歳未満の年齢層でははっきりとした経年的な傾向はみとめられなかったが,80歳以上では,1960年代~1980年代にかけて大きく上昇し,その後は変化していなかった。
◇ 心血管疾患発症者の5年生存率の長期的な推移
脳卒中を発症した人の5年生存率は,1960年代(22.2%)から1980年代(55.3%)にかけて大幅に改善し,その後はわずかな改善が続いている(2000年代コホート: 63.0%)。
急性心筋梗塞を発症した人の5年生存率については,発症者数が限られるためか一貫した改善はみとめられないが,1960年代コホート(16.3%)にくらべ2000年代コホートでは61.2%と有意に改善していた。
◇ 心血管疾患死亡率の長期的な推移
男女とも,脳卒中死亡率の改善がもっとも大きかったのは1960年代から70年代にかけてで,その後はわずかな改善が続いている。脳卒中病型別にみると,男女の脳梗塞死亡率,男性の脳出血死亡率,および女性のくも膜下出血死亡率は研究期間を通して有意に低下していた。男性の冠動脈疾患死亡率および急性心筋梗塞死亡率に有意な傾向はみとめられなかったが,女性では減少傾向がみられた。
1960年代コホート,1970年代コホート,1980年代コホート,1990年代コホート,2000年代コホートにおける心血管疾患死亡率(年齢調整,1000人・年あたり)はそれぞれ以下のとおり。
・男性
脳卒中死亡率: 6.96,2.15,1.70,0.40,0.61(P for trend<0.001)
脳梗塞死亡率: 2.49,1.32,1.24,0.09,0.28(P for trend<0.001)
脳内出血死亡率: 3.44,0.69,0.34,0.10,0.11(P for trend<0.001)
くも膜下出血死亡率: 0.67,0.00,0.12,0.21,0.23(P for trend=0.20)
冠動脈疾患死亡率: 0.85,0.88,0.58,0.42,0.64(P for trend=0.26)
急性心筋梗塞死亡率: 0.69,0.20,0.20,0.32,0.30(P for trend=0.40)
・女性
脳卒中死亡率: 3.20,1.45,0.82,0.85,0.37(P for trend<0.001)
脳梗塞死亡率: 1.79,0.76,0.40,0.34,0.20(P for trend<0.001)
脳内出血死亡率: 0.75,0.34,0.07,0.37,0.11(P for trend=0.06)
くも膜下出血死亡率: 0.53,0.35,0.35,0.15,0.06(P for trend=0.02)
冠動脈疾患死亡率: 0.65,0.49,0.64,0.29,0.16(P for trend=0.009)
急性心筋梗塞死亡率: 0.52,0.25,0.31,0.22,0.11(P for trend=0.06)
◇ 結論
1960~90年代までの結果を報告した前回の報告(抄録へ)に続く検討として,1960~2000年代の各年代を代表する5つのコホートにおける心血管疾患(脳卒中,冠動脈疾患)の発症率および死亡率の長期的な推移を調べた。その結果,脳卒中発症率については1960~70年代に大幅な減少がみられたのちは減少度がゆるやかになっており,男女の脳梗塞死亡率,男性の脳出血死亡率は有意に低下した。これには血圧コントロール状況の改善や喫煙率の低下が関与したと考えられる。一方,代謝系危険因子の増加のためか,男女とも近年の脳梗塞発症率の減少度は小さく,また急性心筋梗塞発症率には明らかな変化はみとめられなかった。以上の結果より,日本人における心血管疾患の予防のためには,今後,代謝系危険因子の管理,喫煙率のさらなる低下,良好な血圧コントロールの達成などが重要と考えられる。