[2016年文献] 糖尿病有病者では脳(とくに海馬)の萎縮が進行しやすい

糖尿病と,アルツハイマー病の形態学的特徴の1つである脳萎縮との関連について,日本人一般住民を対象としたコホート研究における,頭部MRI検査結果も用いた断面的および縦断的な検討を行った。その結果,糖尿病有病者では,非有病者にくらべて脳(とくに海馬)が萎縮していることが示され,有病期間が長いほどその傾向は顕著であった。また,負荷後2時間血糖値が高いほど脳萎縮が進行していたという結果より,アルツハイマー病予防の観点からも食後血糖値のコントロールが重要であると考えられる。血糖高値と海馬萎縮との関連について,今後の前向きの検討が期待される。

Hirabayashi N, et al. Association Between Diabetes and Hippocampal Atrophy in Elderly Japanese: The Hisayama Study. Diabetes Care. 2016; 39: 1543-9.pubmed

コホート
久山町研究。
高齢者を対象に実施されている認知機能および日常生活動作に関する健診(1985年以降,6~7年間隔で実施),ならびに頭部MRI検査を2012年に受けた65歳以上の1342人(実施率70.4%)のうち,研究への参加を拒否した1人,同年に実施された循環器健診を受けなかった41人,血糖値データがなかった6人,および頭部MRI検査結果になんらかのエラーがあった56人を除いた1238人(男性540人,女性698人)を解析の対象とした(断面解析)。

頭部MRI検査の結果から,脳画像解析ソフトを用いて全脳容積(total brain volume: TBV),頭蓋内容積(intracranial volume: ICV),および海馬容積(hippocampal volume: HV)を測定し,以下の3つの評価を行った。
 ・TBV/ICV比: 脳萎縮の指標
 ・HV/ICV比: 海馬萎縮の指標
 ・HV/TBV比: 海馬優位の脳萎縮の指標

糖尿病の診断は,914人(73.8%)では循環器健診時に実施した75 g経口糖負荷試験の結果,残りの324人(26.2%)では空腹時または食後血糖値の測定結果をもとに,「空腹時血糖値126 mg/dL以上,食後/2時間負荷後血糖値200 mg/dL以上,または糖尿病治療中」を基準として行った。
結 果
◇ 対象背景
糖尿病有病者は286人(23%)。
糖尿病有病者では,非有病者にくらべて男性の割合,BMI,高血圧の割合,飲酒者の割合,脂質低下薬の服用率,およびMRIでの脳血管障害所見の割合が有意に高く,総コレステロールが有意に低かった。

◇ 糖尿病と脳萎縮
糖尿病の有無別にみた脳萎縮の指標(多変量調整)は以下のとおりで,いずれについても糖尿病有病者で有意に低い値であった。
年齢,性,学歴,高血圧,総コレステロール,BMI,喫煙,飲酒,運動習慣,MRIでの脳血管障害所見で調整)

 TBV/ICV比:非有病者78.2%,糖尿病有病者77.6%(P<0.001)
 HV/ICV比: 0.529%,0.513%(P<0.001)
 HV/TBV比: 0.676%,0.660%(P=0.002)

この結果は,認知症を有していた123例を除外した感度分析でも同様であった。

◇ 耐糖能レベルと脳萎縮
75 g経口糖負荷試験を受けた,またはインスリン治療中の936人において,耐糖能レベル別にみた脳萎縮の指標(多変量調整*P<0.05 vs. 正常)は以下のとおりで,いずれも糖尿病有病者では有意に低い値であったが,空腹時血糖高値や耐糖能異常の人については有意差はみられなかった。

 TBV/ICV比: 正常78.6%,空腹時血糖高値78.7%,耐糖能異常78.5%,糖尿病77.9%*
 HV/ICV比: 0.540%,0.533%,0.537%,0.518%*
 HV/TBV比: 0.687%,0.677%,0.684%,0.664%*

負荷後2時間血糖値のカテゴリーごとにみると,TBV/ICV比,HV/ICV比およびHV/TBV比は,いずれも負荷後血糖値が高いほど有意に低くなっていた。
一方,空腹時血糖値のカテゴリー間では,有意な差はみられなかった。

◇ 糖尿病の有病期間と脳萎縮
自己記入式質問票調査の結果をもとに,糖尿病有病者を「新規発症(2012年の健診で診断)/有病期間9年間以下/10~16年間/17年間以上(有病期間の三分位)」のいずれかに分類し,脳萎縮の指標を非有病者と比較した。
その結果,TBV/ICV比,HV/ICV比およびHV/TBV比のいずれについても,有病期間が長くなるほど低値となる有意な傾向がみとめられた(すべてP for trend<0.001)。

◇ 糖尿病と脳萎縮に関する縦断解析
若年であった24年前(1988年)にも循環器健診を受診していた849人(男性347人,女性502人,当時の年齢41~64歳)を対象に,1988年時(中年期)および2012年時(老年期)の糖尿病既往の有無と,2012年時の脳萎縮所見との関連を検討した。
その結果,老・中年期とも糖尿病を有していなかった642人にくらべて,中年期の糖尿病有病者(64人)では,TBV/ICV比,HV/ICV比およびHV/TBV比がいずれも有意に低くなっていた(P<0.05)。老年期の糖尿病有病者(143人)では,TBV/ICV比のみが有意に低かった。


◇ 結論
糖尿病と,アルツハイマー病の形態学的特徴の1つである脳萎縮との関連について,日本人一般住民を対象としたコホート研究における,頭部MRI検査結果も用いた断面的および縦断的な検討を行った。その結果,糖尿病有病者では,非有病者にくらべて脳(とくに海馬)が萎縮していることが示され,有病期間が長いほどその傾向は顕著であった。また,負荷後2時間血糖値が高いほど脳萎縮が進行していたという結果より,アルツハイマー病予防の観点からも食後血糖値のコントロールが重要であると考えられる。血糖高値と海馬萎縮との関連について,今後の前向きの検討が期待される。


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