[2019年文献] 血漿中のNT-proBNP値が高い人は認知症発症リスクが高くなる
高血圧,糖尿病,肥満などの生活習慣病や,喫煙などのさまざまな生活習慣は,認知症発症リスクと関連していることが示唆されているが,このような危険因子と認知症(とくにアルツハイマー病)との関連は不明点が多い。また,これまでの研究で,慢性心不全と認知症発症リスクとのあいだに関連があることが示唆されている。そこで,60歳以上の日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究において,心不全のマーカーとして知られている血漿中の脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体(NT-proBNP)値レベルと,認知症発症リスクとの関連について検討を行った。その結果,血漿中のNT-proBNP値が高いほど,全認知症,アルツハイマー病,血管性認知症の発症リスクが有意に高くなった。また,年齢,高血圧などの有無により,NT-proBNP値と認知症発症リスクとの関連に違いはみられなかった。従来の認知症発症の危険因子に血漿中のNT-proBNP値を加えたところ,認知症発症リスクの予測モデルの精度が有意に高くなった。血漿中のNT-proBNP値は,認知症発症リスクを予測するためのバイオマーカーとなる可能性が示唆された。
Nagata T, et al. NT-proBNP and Risk of Dementia in a General Japanese Elderly Population: The Hisayama Study. J Am Heart Assoc. 2019; 8: e011652.
- コホート
- 2002年の健診を受診した60歳以上の1760人(参加率83.4%)のうち,ベースライン時に認知症が確認された122人,データに不備のあった3人を除いた1635人(男性705人,女性930人)を10.2年間(中央値)追跡。
認知症ならびに各病型の診断には,それぞれ以下を用いた。
・認知症: 米国精神医学会の『精神障害の診断・統計マニュアル』第3版改訂版(DSM-III-R)
・アルツハイマー病: 米国国立神経疾患・脳卒中研究所およびアルツハイマー病・関連障害協会によるアルツハイマー病診断基準(NINCDS-ADRDA)
・血管性認知症: 米国国立神経疾患・脳卒中研究所およびAssociation Internationale pour la Recherche et lʼEnseignement en Neurosciencesによる国際ワークショップで作成された診断基準(NINDS-AIREN)
血漿中の脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体(NT-proBNP)値の測定には,Elecsys proBNP Immunoassay(Roche Diagnostics)を使用した。
過去の文献やESCの心不全ガイドラインに基づいて,血漿中のNT-proBNP値(pg/mL)により,対象者を次の4つのカテゴリーに分類した。
[C1]≦54,[C2]55~124,[C3]125~299,[C4]≧300 - 結 果
- 追跡期間中に認知症を発症した人は377人(男性138人,女性239人)。
認知症の内訳はアルツハイマー病247人,血管性認知症102人であった(うち混合型が17人)。
◇ 対象背景
NT-proBNP値のカテゴリーごとの対象背景は以下のとおり。
人数(人): [C1]514,[C2]595,[C3]336,[C4]190
年齢(歳): 67,70,74,77
女性: 46.9%,62.9%,63.7%,53.2%
高血圧: 49.2%,57.5%,66.7%,75.8%
心不全治療薬服用: 5.6%,7.6%,11.6%,35.8%
BMI(kg/m2): 23.6,23.2,22.5,22.0
脳卒中既往: 3.3%,3.9%,7.1%,13.7%
心血管疾患既往: 5.1%,5.4%,9.2%,17.9%
飲酒: 42.0%,33.8%,33.3%,29.0%
◇ NT-proBNP値と認知症発症リスクとの関連
血漿中のNT-proBNP値のカテゴリーごとの認知症(全認知症,アルツハイマー病,血管性認知症)発症の多変量調整†ハザード比(95%信頼区間)は以下のとおり。NT-proBNP値が高いほど,全認知症,アルツハイマー病,血管性認知症の発症リスクが有意に高かった(†年齢,性別,教育年数,収縮期血圧,降圧薬服用,心不全治療薬服用,糖尿病,脂質異常症,BMI,推算糸球体ろ過量[eGFR],心房細動,脳卒中既往,喫煙,飲酒,日常的な運動,高感度CRP)。
全認知症: [C1]1.00,[C2]1.66(1.21-2.29),[C3]1.69(1.19-2.39),[C4]2.46(1.63-3.71),P for trend<0.001
アルツハイマー病: 1.00,2.00(1.33-2.99),1.90(1.22-2.96),2.43(1.41-4.16),P for trend=0.003
血管性認知症: 1.00,1.57(0.81-3.07),2.52(1.26-5.03),3.55(1.64-7.72),P for trend<0.001
血漿中のNT-proBNP値の1 SD(1.058 pg/mL)増加ごとの認知症発症の多変量調整†ハザード比は以下のとおり。NT-proBNP値の1 SD増加と認知症発症リスクとのあいだにも有意な正の関連がみとめられた。
全認知症: 1.38(1.21-1.58)
アルツハイマー病: 1.35(1.14-1.59)
血管性認知症: 1.51(1.19-1.93)
◇ 心血管疾患発症の危険因子の有無別でみた,NT-proBNP値の1 SD増加と認知症発症リスクとの関連
心血管疾患発症危険因子(年齢,性別,教育年数,高血圧,心不全治療薬服用,糖尿病,脂質異常症,肥満,eGFR,心房細動,脳卒中既往,喫煙,飲酒)の有無別でみた,NT-proBNP値の1 SD(1.058 pg/mL)増加と認知症発症の多変量調整†ハザード比は以下のとおり。心血管疾患発症の危険因子の有無にかかわらず,NT-proBNP値と認知症発症リスクとの関連に有意な関連がみられた。
(* : P for Heterogeneity)
年齢(<75歳 vs. ≧75歳): 1.46(1.21-1.76) vs. 1.47(1.25-1.73),0.43*
性別(男性 vs. 女性): 1.42(1.20-1.69) vs. 1.51(1.26-1.81),0.43*
高血圧(なし vs. あり): 1.44(1.13-1.82) vs. 1.50(1.29-1.74),0.27*
心不全治療薬服用(なし vs. あり): 1.41(1.22-1.63) vs. 1.70(1.29-2.24),0.53*
肥満(なし vs. あり): 1.42(1.23-1.63) vs. 1.67(1.25-2.24),0.90*
eGFR(≧60 mL/分/1.73 m2 vs. <60 mL/分/1.73 m2): 1.36(1.17-1.59) vs. 1.51(1.21-1.87),0.41*
◇ 認知症発症リスクの予測モデルにおけるNT-proBNP値の影響
従来の認知症発症の危険因子(年齢,性別,教育年数,収縮期血圧,降圧薬服用,心臓病治療薬服用,糖尿病,脂質異常症,BMI,eGFR,心房細動,脳卒中既往,喫煙,飲酒,日常的な運動,高感度CRP)にNT-proBNP値を加えた,C統計量,純再分類改善度(NRI),統合識別改善度(IDI)は以下のとおり。NT-proBNP値を加えることにより,認知症発症リスクの予測モデルの精度が有意に高くなった。
・C統計量(従来の危険因子 vs. 従来の危険因子+NT-proBNP値): 0.780 vs. 0.787(P=0.02)
・NRIの増加幅(95%信頼区間): 0.189(0.075-0.304),P=0.001
・IDIの増加幅(95%信頼区間): 0.011(0.004-0.019),P=0.003
◇ 結論
高血圧,糖尿病,肥満などの生活習慣病や,喫煙などのさまざまな生活習慣は,認知症発症リスクと関連していることが示唆されているが,このような危険因子と認知症(とくにアルツハイマー病)との関連は不明点が多い。また,これまでの研究で,慢性心不全と認知症発症リスクとのあいだに関連があることが示唆されている。そこで,60歳以上の日本人一般住民を対象とした前向きコホート研究において,心不全のマーカーとして知られている血漿中の脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体(NT-proBNP)値レベルと,認知症発症リスクとの関連について検討を行った。その結果,血漿中のNT-proBNP値が高いほど,全認知症,アルツハイマー病,血管性認知症の発症リスクが有意に高くなった。また,年齢,高血圧などの有無により,NT-proBNP値と認知症発症リスクとの関連に違いはみられなかった。従来の認知症発症の危険因子に血漿中のNT-proBNP値を加えたところ,認知症発症リスクの予測モデルの精度が有意に高くなった。血漿中のNT-proBNP値は,認知症発症リスクを予測するためのバイオマーカーとなる可能性が示唆された。