[インタビュー]わかるところから1つずつ埋めていくジグソーパズルのような地道な作業(後編)
岡山 明氏
(財団法人結核予防会 第一健康相談所総合健診センター所長)
主任研究者である上島弘嗣氏とともに現場で指揮をとっていた岡山明氏に,苦労話や調査時のさまざまな工夫などについて聞いた。
前回は,追跡を行うための課題や保健所への協力要請といった,調査の準備段階の部分を中心にうかがった。後半の今回は,古い電話帳や住宅地図を使った実際の追跡作業や,NIPPON DATA研究の強みについて紹介する。
2万枚の調査票を印刷したらプリンタが壊れた
―しかし,各保健所の管轄は約30人としても,研究班のほうは各保健所に計1万件以上の調査を依頼しなければならなかったわけですね。
岡山: そこが大変でした。1万人すべてについて,各保健所に効率よく,そしてなるべくミスがないように調査を依頼するためにはどうすればいいか。そこで,いくつか工夫をしたんです。
たとえば,保健所に郵送する調査書を作成するために,まずは手元にある名簿の内容をコンピュータに入力し,1人の対象者に関して必要な情報を「調査票」としてまとめる方法をとりました。名前,町名までの住所,保健所に記入をお願いする調査項目とその回答欄を,すべて1枚の紙に印刷するのです。この方法だと,手書きで情報を転記するなどしてこちらのほうで間違える可能性は,少なくとも避けられますから。あとは保健所のほうでそれに記入し,返送してもらうだけですね。
調査票の印刷にはレーザープリンタを使ったのですが,なにしろ,日本語フォントを搭載したプリンタが初めて発売されたころです。当時100万円くらいした最新機種でしたが,調査票を1万枚印刷しなければならないのに,紙が200枚しかセットできないんですよ。しかも,頻繁に紙がずれたり,名前が外字だとエラーになったりする。そのため,研究室の皆が,仕事もせずにじーっとプリンタをにらみながら待機するはめになりました。紙を入れ,200枚刷り終わったらすぐにまた紙を入れて……というのを繰り返しながら,三日三晩,ひたすら印刷し続けたんです。
また,そうしてフル稼働させているとプリンタが熱を持ってくるので,扇風機の風を当てて冷やしながら印刷しました。刷り直しをしたものも多かったので,ぜんぶで2万枚以上は印刷しましたね。しまいには,プリンタが力尽きて壊れてしまいました。
電話帳と住宅地図を用いて住所を特定
1980年当時の電話帳
―協力に応じてくれた保健所が8割ということですが,残りの2割についてはどのように追跡されたのですか。
岡山: 信頼度の高いデータを出すためには,できるだけ追跡率を上げる必要があります。まずは各保健所に電話して再度お願いするなどのアプローチをしました。そのときに上島先生がつくったのが,この日本地図です。保健所1つ1つにあたって説得をするという作業のなか,イベントのようにして皆を盛り上げてくれたんですね。
それでも協力が得られなかった地区については,住民票を取得して生死の確認をとろうとしましたが,正確な住所を調べた上で,学術的な目的だということをはっきり示すしか,住民票を取得する方法はないのです。
問題は,いかに名前から住所を調べればよいのかということです。そこで考えついたのが,電話帳を使う方法でした。幸いなことに,国立国会図書館には1980年の電話帳がきちんと保管されていましたので,アルバイトの学生などを集めて電話帳を繰るための突撃隊をつくり,1980年と1994年の電話帳を利用して調べました。また,電子化された電話番号データが5千万件ほど入ったデータベースを使い,可能なかぎりパソコンでも作業を行いました。
国立国会図書館
そこで初めてわかってきたのが,さきほども申し上げたとおり,各地区の対象者の住所がどうやら連続しているらしいということです。そうなると,各地区の約30人の対象者のうち,電話帳の検索で1人でも2人でもヒットすれば,「どうもこのあたりの地区が調査対象だったらしい」ということがとりあえずわかります。そこで該当地区の対象者全員の正確な住所を特定するために,住宅地図も使いました。住宅地図についても,1980年当時のものが国会図書館にきちんと保管されていました。
行き詰まっては別の道を見出し……の繰り返し
―電話帳でおおまかな目安をつけてから住宅地図,という順序ですね。
岡山: 全国の住宅地図から特定の名前を見つけることは不可能ですので,ある程度,電話帳で目的の地区を絞り込んでからということになります。該当する住所が駐車場になってしまっていたり,マンションの取り壊しがあったりという場合には,住宅地図が非常に役に立ちました。そうして正確な住所の調べがついた段階で,名前と住所をそろえて住民票の請求を行い,対象者の生死を確認できたのです。
そこで今度は,死亡された方の死因を明らかにする必要があります。総務庁(現・総務省)の許可を得て人口動態統計記録の磁気テープを用い,生年月日,死亡年月日,死亡地をもとに死因データとの照合を行いました。
このように実際の追跡作業は,行き詰まっては「こういう方法もあるんじゃないか」,行き詰まっては「この資料が使えるかもしれない」ということの繰り返しでした。とにかくジグソーパズルのように,わかるところから1つずつ埋めていくんです。先が見えない時期もありましたが,1歩ずつ着実に進めてきた結果,追跡率は91%に達しました。
日本人のこのようなデータは今までなかったのだと気づいた
―年度内に報告することができたのはどんなデータだったのですか。
岡山: 調査を始めたのは10月でしたが,関係者のかたがたのご協力もあり,1月の班会議では成果をいくつか発表することができました。たしか,喫煙と心筋梗塞や,喫煙と脳卒中といった,よく知られた関連だったと思います。
僕は上島先生の研究室に来る前には産業衛生や中毒学のことをやっていたので,実はそれまでコホート研究をやったこともないし,コホート研究のデータを扱ったこともなかったんです。だから,ベースライン時のデータと追跡したデータを使って解析するという,教科書どおりの疫学研究を行ったという感覚でした。なにか特別なことをしたつもりは全くなかったんですね。むしろ,すでによく知られている関連を報告したこともあり,「いまさらこんな結果を出してもつまらないのではないか。これが何に使えるんだろう」とすら思っていました。
ところが,当時の厚生省技官の先生が,その結果を見てたちまち目の色を変えたのです。印象的でした。「ああ,こういう基本的なデータが日本人ではこれまで出ていなかったのだな」と,はじめて実感したんです。
―このようにいろいろな苦労を経て行われたNIPPON DATA研究の「強み」を教えてください。
岡山: もっとも大きな特長は,行政が行った無作為抽出サンプルを追跡した研究だということです。国内の多くのコホート研究のように健診をベースにした調査の場合,健康に対する意識の高い人が多く参加する可能性があります。その点,無作為抽出だとそういった偏りがありません。調査対象も全国300か所におよんでいるので,まさに国民を代表する貴重なサンプルといえるでしょう。また,1980年の循環器基礎疾患調査は老人保健法施行の前に行われたということもあり,受診率が非常に高いという点でも価値があります。
次に,死因の同定に人口動態統計を用いていることも特長のひとつです。政府が統計として出している死亡の動向も人口動態統計を基にしているため,「現在の死亡率は何%で,これを目標値の何%まで減らす」といった保健政策を考える際にも,NIPPON DATAの数字がそのまま使えます。そのため,第4次老人福祉計画や健康日本21の策定など,いろいろなところでNIPPON DATA研究の結果が活用されているのです。