[インタビュー] 計画的にデザインされた都市型コホート研究(後編)
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岡村智教氏 国立循環器病研究センター 予防健診部 部長 (現・慶應義塾大学医学部 衛生学公衆衛生学 教授) |
小久保喜弘氏 国立循環器病研究センター 予防健診部 医長 |
研究を主導する国立循環器病研究センター予防健診部の岡村智教氏と小久保喜弘氏に,研究の概要について話をうかがった。
後半の今回は,都市部ならではの対象者の特性や,これまでに報告されている成果を中心に紹介する。
コレステロールが高く,血圧は低く,太ってはいない「都市型の日本人像」
—都市部のコホートとして,対象者に特徴的なことはどのようなことですか。
小久保: 吹田研究の対象者の大きな特徴は,全国平均にくらべて血圧が低く,総コレステロールが高いことです。BMIは,男性は全国平均とほぼ同じくらいで,女性は低めの傾向です。食道楽の大阪なのに女性は比較的スリムなんですね。尿酸値は全国より高めです。標準死亡比で死因をみてみますと,吹田市の脳血管疾患死亡率は,全国平均を100とすると約70です。一方,急性心筋梗塞は120とかなり高くなっています。
—単に欧米化が進んでいるわけではないのですね。
岡村: そうですね。コレステロールと尿酸が高く,血圧はむしろ低い。太っているかと思ったらそうでもない。欧米化というのではなく,「都市型の日本人」のイメージです。肥満に関しては,日本ではむしろ農村地域のほうが,車が普及しているので多いという傾向ですね。都市部の人のほうがよく歩いています。
—生活習慣などの面ではいかがですか。
小久保: 脂肪分の摂取量はかなり多いと思います。たとえば栄養指導で,農村地区でしたら,パンを食べるときにバターを塗っている人には,なるべくジャムにおきかえてくださいと言えばよかった。そのつもりで指導をしていたら,大阪ではバターのうえにジャムも塗っているという人が多く,同じようにはいかないと実感したことがありました。
ガイドラインに必要なもの,これまでに検討が不十分だったものを優先して報告している
—吹田研究の成果について教えてください。
岡村: 国立循環器病研究センターが公的な機関だということもあり,基本戦略として,日本人の一般的な診療ガイドラインに必要なエビデンスを優先的に出すという目標を立てています。したがって,現在,論文として発表しているものの多くは,特殊なマーカーというよりは血圧,血糖,脂質といった一般的な項目の検討結果です。一般的ではあるけれども,高血圧,糖尿病,動脈硬化などのガイドラインで日本人のエビデンスとして必ずとりあげられるようなもの,政策決定のために必要と考えられるものを先に解析しているのです。基本的に,特殊な項目の解析はそのあとにと考えています。
もう1つの目標は,「意外に」エビデンスがないものを検討し,穴があいていた部分を埋めていくということです。たとえばトリグリセリドの文献 (抄録へ)もその1つで,日常の臨床でもよく使われていて,みなさんよく知っているけれども,じつは疾患発症リスクとの関連が前向きに検証されたことはない……というものが,まだけっこうあるのです。
万博記念公園の「太陽の塔」
小久保: それから政策的に重要なものの一つが,特定健診制度との絡みもあって注目されていたメタボリックシンドロームでした (抄録へ)。メタボリックシンドロームの検討自体はそれまでにもいくつかありましたが,日本の診断基準を用いた結果を海外のジャーナルに投稿すると拒否されることが多く,日本基準を用いた報告はなかったのです。しかし,日本で実際に使われるのは日本基準ですから,これは大変重要なエビデンスです。同様の意義をもつ検討として,腹囲と循環器疾患発症との関連をみたもの (抄録へ)があげられます。
また,『高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)』で設定されている血圧カテゴリーについては,日本人の地域住民における疫学的知見が不十分でしたので検証を行いました (抄録へ)。高血圧が循環器疾患の最大の危険因子だということは当然で,当然であるがために,カテゴリー別の解析というのはこれまでにあまり行われていなかったのです。この文献では,循環器疾患発症に対する血圧の寄与度も検討しており,男性では高血圧前症の寄与率は20%でした。この論文が,吹田研究のデビュー論文になりました。
—正常高値血圧に着目されたのは,都市部住民ではそこが管理のポイントになると考えられたからですか。
小久保: そうです。血圧が低めの吹田研究コホートにおいても,高血圧だけでなく,正常高値血圧も循環器疾患発症のリスクファクターになるのだという結果を示すことができました。また,血圧高値(130 / 85 mmHg以上)はメタボリックシンドロームの構成因子の1つですが,それ単独でも循環器疾患発症のリスクが上がることが示されたといえます。
血圧については,『高血圧治療ガイドライン2009』で示されているリスク層別化(「診察室血圧に基づいた脳心血管リスク層別化」)と組み合わせての検討も行いました。その結果,ガイドラインの提唱しているリスク層別化と実際の循環器疾患発症リスクは,ほぼ一致していました(学会報告へ)。このように,今あるガイドラインの裏づけとなるエビデンスを出していくということも,今後の日本の治療のありかたを考えていくうえで非常に大切なことではないかと思っています。
慢性腎疾患(CKD)も,これまでにあまり検討されていなかったものの1つです。吹田研究でCKDと循環器疾患リスクとの関連を検討した結果,GFR(mL/分/1.73 m2)が50台の段階から循環器疾患発症の危険因子となっており,男女でほぼ同様の結果となりました。しかも,循環器疾患のリスクはJSH2009の血圧カテゴリーが上がるほど高くなっていましたが,血圧が高い人がCKDを有しているとさらにリスクが高くなるということも,この研究ではじめてわかりました (抄録へ)。
—脂質や糖尿病についてはいかがですか。
岡村: LDL-Cと循環器疾患との関連を検討した論文というのも,今までほとんどありませんでした。住民健診では空腹時の採血を行っていないことが多く,LDL-Cの算出ができなかったからです。その点をふまえ,LDL-C,さらに最近注目されているnon-HDL-Cを加えた検討を行いました (抄録へ)。結果として,心筋梗塞とは有意な関連がみられましたが,脳梗塞との関連はみられませんでした。なお,脳梗塞については,酸化LDLで検討すると発症リスクとの有意な関連がみられるという興味深い結果を最近報告しました (抄録へ)
また最近,糖尿病の診断基準としてのHbA1cが注目され,測定方法についても議論があります。吹田研究では,現在アメリカで用いられているNGSP法による値への換算を行ったHbA1cで,循環器疾患発症との関連を検討しました (抄録へ)。わが国ではおそらく初めての検討ですので,これもガイドラインには重要なエビデンスになるでしょう。
小久保: 糖尿病については,血圧カテゴリーと組み合わせたうえで循環器疾患発症リスクを検討した結果を報告しましたが,ここで,境界型糖尿病で,かつ血圧が正常または正常高値の人も検討しました。つまり,まだ高血圧でなく,糖尿病でもない人ですが,両方の「境界型」をあわせもつと,循環器疾患発症への寄与率が6〜7%となることがわかりました。このようなエビデンスをふまえて,メタボリックシンドロームをどう考えるか,あらためて検討する必要があるのではないかと考えています。
「都市部のデータ」の意義とは
—都市部のデータであるという観点から,吹田研究の成果の意義を教えてください。
岡村: 農村部との比較ということであれば,「違う」という結果も,「同じ」という結果も,どちらも重要です。
たとえば,喫煙のリスクについては,世界中のどこのコホートで検討しても,時代が違っても,研究者が違っても「有害」という結果が出ます (抄録へ)。多様なコホートで繰り返し検討を行った結果が積み重ねられていくことにより,「偶然ではない」と結論づけられるようになります。ですから,久山町で検討しても,吹田で検討しても同じような結果が出たのであれば,それは日本人のエビデンスとして非常に重要なことなのです。
小久保氏(左)と岡村氏(右)。
「吹田研究は,吹田市,吹田市医師会,ならびに健診受診者の友の会の方々,健診部のスタッフの皆さまのご協力により行われている研究です。これらの方々すべてに心より感謝を申し上げます」
ただし,コレステロールや血圧,肥満などの状況には地域差があるため,疾病特性も地域ごとに異なります。吹田では心疾患が多いので,性別,年齢層,病型ごとなど詳しい検討を行うことができ,有意差も検出しやすくなりますが,農村地域では心疾患の症例数が少なく,十分な検討が行えないということもよくあります。このように,もともとの発症率の違いが結果の出かたにも影響を与えますので,どちらかが正しい,あるいはどちらかが間違っているということではなく,複数のコホート研究がたがいに補い合うことによって,はじめて日本人の全体像を明らかにしていくことができるのだと思います。吹田研究は,そのなかで都市部のデータの部分で重要な役割を担い,貢献していると考えています。
—最後になりますが,お二人はなぜこの道に進まれたのですか。
岡村: 私は,大学に入る前は西洋史をやりたいと思っていたのですが,ひょんなことから医学部に入ってしまい,そこで公衆衛生を勉強したいと考えるようになりました。公衆衛生とはつまり,社会とのかかわりのなかで人の健康を考えるということで,その成果は国の政策決定や意思判断にも関わるなど,人間の集団の動きに重要な影響を与えます。そのようなことに携わりたいと考えてこの道に進みました。いまでも,自分は疫学ではなく公衆衛生が専門だと思っています。
医学の役割として,1人1人の人間をみて,重症になってしまった人の手当てをする臨床医の仕事はもちろん大事です。しかし一方で,1人1人のリスクは低くても,集団としてどう手当てをして病気を予防していくのかという,ポピュレーションアプローチもまた必要です。これは私が以前から一貫して考えていることで,一般の人向けの脳卒中予防啓発キャンペーンなどに積極的に携わっているのもそのためです。学生のころは統計学も脂質代謝の講義も大嫌いだったのですが,不思議なものですね。
小久保: 私も,疫学というよりむしろ,社会医学をやっているのだという感覚があります。
疫学研究との最初の接点は,大学の教養課程にあった社会医学系の授業で,たまたまフィールド調査を手伝うために,新潟県や兵庫県に行ったことでした。当時はただ旅行ができると軽い気持ちで参加していましたが,現地に出向いて調査の手伝いをするなかで大学の先輩や,検査技師,看護師などのコメディカルの学生とのつきあいも広がり,とてもいい経験をしたと思っています。
われわれは実験室で動物を相手にするのではなく,人を相手にしているのであって,しかもこのようなコホート研究は9割ぐらいが人とのコミュニケーションで成り立っています。コメディカルや行政,医師会など地域や社会に支えられることも数多くあります。そうして周りのかたに協力していただきながら研究を進めていく,その環境を維持していくことがいちばん大切ではないかと思います。座って疫学解析をして論文を書くことも重要ですが,そのような意味で,私は社会医学をしていると思っています。
正直,大学院に入ったころは,いまさら血圧や喫煙の研究をしても何が得られるのかという気持ちがありました。しかし,血圧やたばこのような基本的なエビデンスが,つきつめていくと意外に「ない」ことが多いということを知ったときは驚きました。そのような,エビデンスというタイルを埋めていくのが私たちの任務ではないかと強く思っております。研究に興味のある方がいらっしゃればいつでも門をたたいてください。一緒にエビデンスをつくっていきましょう。