[学会報告・日本循環器学会2012]久山町研究 50周年記念シンポジウム
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第76回日本循環器学会学術集会は,2012年3月16日(金)~18日(日)に,福岡で開催された。
ここでは,3月16日(金)に行われた会長特別企画・久山町研究50周年記念シンポジウムの前半「I. 記念講演 久山町研究:臨床疫学研究と病理学的研究」(座長: 鹿児島大学・鄭忠和氏)と後半「II. 東西の循環器疫学研究」(座長: 滋賀医科大学生活習慣病予防センター・上島弘嗣氏,ミネソタ大学・Russell V. Luepker氏)の内容,ならびに演者の一人であるJohn Chalmers氏のコメントを紹介する。
尾前 照雄 氏 (国立循環器病センター・久山町ヘルスC&Cセンター) 清原 裕 氏 (九州大学大学院医学研究院環境医学分野) 田中 健藏 氏 (福岡歯科大学) |
1. 日本人における循環器疾患の危険因子: 久山町研究 |
二宮 利治 氏 (九州大学大学院医学研究院 病態機能内科学) |
2. NIPPON DATA |
岡村 智教 氏 (慶應義塾大学医学部 衛生学公衆衛生学) |
3. 韓国人男性の総コレステロール値と循環器疾患リスク: KMIC研究 |
Il Suh 氏 (延世大学医学部) |
4. 中国における循環器疾患の蔓延とその対策 |
Dongfeng Gu 氏 (中国医学科学院協和医科大学付属阜外心血管病医院) |
5. 長寿と生活習慣: ホノルル心臓調査の知見より |
Robert D. Abbott 氏 (放射線影響研究所) |
6. PROGRESS試験,APCSC研究からのエビデンス: アジア人と白人の比較 |
John Chalmers氏 (シドニー大学ジョージ国際保健研究所)
Chalmers氏に聞く: 久山町研究は欧米も注目するデータの宝庫 |
7. 欧州の観察研究: PAMELA研究の結果より |
Giuseppe Mancia 氏 (ミラノ-ビコッカ大学サン・ジェラルド病院) |
最初の講演「久山町研究の歴史」では,尾前照雄氏(国立循環器病センター・久山町ヘルスC&Cセンター)が,久山町研究の概要を紹介するとともに,その50年間にわたる歴史を振り返った。次の講演「久山町研究からみた循環器疾患の長期的な動向と現状」では,清原裕氏(九州大学大学院医学研究院環境医学分野)がこれまでの久山町研究の成果を総括し,最後の「久山町研究における疫学・病理学的検討」では,田中健藏氏(福岡歯科大学)が剖検による成果について解説した。
— 久山町研究の概要 —
研究が開始された1961年当時,日本の脳卒中(とくに脳出血)による死亡率は世界でも抜きん出て高かったことから,海外の専門家からは死亡診断書の正確性に対する疑問が投げかけられていた。そこで,正確な循環器疾患発症率・死亡率の調査を目的として,研究に適した条件(人口の変動が少ない,年齢・性別分布が全国平均に近い,九州大学から車で30分程度と近い,町や地元の開業医が協力的であったなど)に恵まれた久山町において,一般住民を対象とした疫学研究が開始された。
久山町研究のおもな特徴として,前向きのコホート研究であること,40歳以上の住民全員を対象とした悉皆性の高い研究であること,健診参加率80~90%・追跡率99%以上といずれも高いことや,死亡例の75%に剖検が行われるため,有病率や死因の正確な判定が可能であることなどが挙げられる。現在までに計13回のベースライン健診が行われており,1961年に健診に参加した1618人を第1集団,1974年の2038人を第2集団,1988年の2637人を第3集団,2002年の3123人を第4集団とよぶことが多いが,1960,1970,1980,1990,2000年代それぞれの初頭のコホートのみを抽出し,年代間の比較を行うことも可能である。
— 久山町研究のおもな成果 —
久山町研究の当初の目的は,最初の10年でほぼ達成されたといってよい。脳卒中による死亡が全体の4分の1近くと全国平均に近いことや,その内訳をみると,全国平均にくらべ脳出血は少ないが脳梗塞は多いことなどが剖検によって確認された。その後も,循環器疾患の発症・死亡の状況や危険因子の調査などが今日に至るまで脈々と継続され,さまざまな成果が発表されている。
剖検所見から大動脈と脳動脈の動脈硬化の進展度を比較した研究において,大動脈硬化については血清総コレステロール値が高い症例のほうが動脈硬化指数が高かったが,脳動脈硬化については総コレステロール値との関連はみられなかった。また,1961~1976年と2005~2009年の症例の動脈硬化病変の占有面積率を比較すると,大動脈硬化についてはほぼ変わっていなかったが,脳動脈硬化については,2005~2009年の症例のほうが占有面積率が低く,これは血圧管理状況の改善による結果と考えられた。1971~1981年と1988~1996年の症例における冠動脈狭窄度指数を比較すると,男女とも1988~1996年の症例のほうが狭窄度が高かったが,いずれの期間についても喫煙は冠動脈硬化の有意な危険因子とはならなかった 。
1960年代から2000年代にかけての脳卒中および冠動脈疾患発症率の推移をみると,男女とも脳卒中は劇的に減少したが,近年は減少速度が鈍化しており,冠動脈疾患では顕著な変化はみられなかった。男性の脳卒中の内訳をみると,脳梗塞,脳出血ともに経年的に有意に低下しているものの,2000年代に入ってからは減少していない。
剖検は,突然死の実態解明にも有用である。1962~1973年の突然死(発症から24時間以内の死亡)の原因の内訳をみると,心疾患よりも脳卒中のほうが多かったが,その後,突然死全体に占める脳卒中の割合は経年的に有意に低下し,一方で心疾患(とくに虚血性心疾患)や大動脈疾患による突然死が有意に増加してきていることから,日本人において近年,動脈硬化性疾患が増加していることが示唆される。
これらの背景としての種々の危険因子の経年的な変化をみると,高血圧については,有病率は男女とも近年は低下傾向で,高血圧者の血圧値も着実に低下している。また,喫煙率も男女をとわず低下してきた。しかし,このような改善にもかかわらず,脳卒中の減少率が鈍化していること,また冠動脈疾患の発症率が減少しないことの背景には,肥満・脂質異常症・糖尿病といった代謝性危険因子の影響があると考えられる。今日の日本人の循環器疾患予防のためには,引き続き高血圧管理や禁煙に努めるとともに,代謝性危険因子の早期発見・早期介入を行うことも重要と考えられる。
以上のように,この50年間で,生活習慣の変化や医学の発展にともなって循環器疾患の発症や死亡の状況も大きく変化した。しかし,画像診断技術が進歩した現在においても,病理学的検討により得られる所見が重要であることに変わりはない。久山町研究は,町や住民の協力,および分野を超えたスタッフの協同により,臨床疫学研究と剖検による病理学的研究とが一体となった,他に類をみない研究である。今後もこのような特色を維持しながら,これまでの成果から望まれる代謝性疾患のコントロール,老年医学や性差医学の推進を含めた研究の継続・発展が期待される。
1. 日本人における循環器疾患の危険因子: 久山町研究
発表者: 二宮 利治 氏 (九州大学大学院医学研究院 病態機能内科学) |
要約:久山町研究の第3(1988年)・第4(2002年)集団の解析結果から近年の日本人の循環器疾患の危険因子の状況を検討した。その結果,血圧,糖尿病,脂質異常症,喫煙といった既知の危険因子のみならず,メタボリックシンドローム,慢性腎臓病,炎症,血清中の多価不飽和脂肪酸といった「新しい危険因子」についても循環器疾患との関連が示された。残存リスクを減らすためには,新たな予防のストラテジーを確立するべく,さらなる研究が必要と考えられる。
— 既知の危険因子 —
日本人の循環器疾患の危険因子およびその変遷について,久山町研究の第3集団(1988年),および第4集団(2002年)のデータを中心に考察する。
まず,久山町研究のおもに第3集団の参加者を対象に,既知の危険因子と循環器疾患発症リスクとの関連を検討した結果は以下のとおりであった。
- 血圧
日本高血圧学会の『高血圧治療ガイドライン2009』による血圧カテゴリーは,全脳卒中および冠動脈疾患の発症リスクとそれぞれ有意に関連したが,脳卒中のほうがより強い関連を示しており,正常血圧および正常高値血圧のカテゴリーにおいても有意なリスク上昇がみとめられた。 - 耐糖能異常・糖尿病
WHOによる血糖値のカテゴリー(正常耐糖能/空腹時血糖異常/耐糖能異常/糖尿病)と脳梗塞および冠動脈疾患発症リスクとの関連を検討した結果,脳梗塞については,男女とも糖尿病の人の発症リスクが有意に高かったが,冠動脈疾患については,女性でのみ糖尿病の人の有意なリスク増加がみとめられた(抄録へ)。男性で糖尿病と冠動脈疾患との関連がみられなかった理由として,高い喫煙率が影響している可能性が考えられる。 - コレステロール
LDL-C値は,アテローム血栓性脳梗塞および冠動脈疾患発症リスクのいずれとも有意な関連を示しており,男性の冠動脈疾患については126~150 mg/dLのカテゴリーでも有意なリスク上昇がみとめられた(抄録へ)。 - 喫煙
喫煙状況(喫煙未経験/禁煙/少量喫煙者/多量喫煙者)と全脳卒中および冠動脈疾患の発症リスクとの関連を検討した結果,喫煙者では,喫煙本数にかかわらず全脳卒中および冠動脈疾患のリスクが有意に高いことが示された(抄録へ)。
— 新しい危険因子 —
久山町研究のおもに第3集団の参加者を対象に,新しい危険因子と循環器疾患発症リスクとの関連を検討した結果は以下のとおりであった。
- メタボリックシンドローム(MetS)
改変NCEP-ATP III基準(腹囲のみ男性90 cm,80 cmを採用)により診断したMetSは,男女とも,全脳卒中,冠動脈疾患のいずれの発症リスクとも有意に関連していた(抄録へ)。 - 腎機能
蛋白尿のある人では,心血管疾患発症リスクが有意に高く,ハザード比は高血圧や糖尿病,喫煙といった他の危険因子と同等であった(抄録へ)。また,推算糸球体濾過量(eGFR)の低下も,性別をとわず冠動脈疾患発症リスクと関連することが示されている(J Jpn Soc Dial Ther. 2006; 39: 94-5.)。eGFR<60 mL/min/1.73 m2として定義した慢性腎臓病(CKD)は,女性では循環器疾患,とくに虚血性脳卒中発症リスクと,男性では冠動脈疾患の発症リスクと有意に関連していた(抄録へ)。 - 炎症
高感度CRP(hsCRP)値がもっとも高い四分位(>1.02 mg/L)では,もっとも低い四分位(<0.21 mg/L)にくらべて冠動脈疾患発症リスクが3倍と有意に高くなっており(抄録へ),hsCRP値の上昇はわずかであってもリスク増加につながることが示唆された。 - n-3系多価不飽和脂肪酸
第4集団を対象に,炎症状態(hsCRP値)を考慮して血清エイコサペンタエン酸(EPA)/アラキドン酸(AA)比と循環器疾患発症リスクとの関連を検討した結果,hsCRP値<1.0 mg/Lの人では,EPA/AA比とリスクとの関連はみられなかったが,hsCRP値≧1.0 mg/Lの人では,EPA/AA比が高いほどリスクが低くなる有意な傾向がみとめられた(投稿準備中)。
— 結論 —
久山町研究は,日本人の循環器疾患の危険因子に関する数多くのエビデンスを報告してきた。しかし,さらに循環器疾患の残存リスクを減らし,新たな予防のストラテジーを確立するために,その他の危険因子の同定を含めたさらなる研究が必要である。
2. NIPPON DATA
発表者: 岡村 智教 氏 (慶應義塾大学医学部 衛生学公衆衛生学) |
要約:厚生労働省の循環器疾患基礎調査をもとに行われたコホート研究であるNIPPON DATA80およびNIPPON DATA90は,日本人の循環器疾患の危険因子に関する基本的なエビデンスを提供し続け,最近では冠動脈疾患死亡の絶対リスクを評価するリスクチャートが,2012年に改訂予定の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン』に採用された。3番目のコホートとしてスタートしたNIPPON DATA2010にも,新たなエビデンスが期待される。
— NIPPON DATAとは —
National Integrated Project for Prospective Observation of Non-communicable Disease And its Trends in the Aged(NIPPON DATA)は,日本人の循環器疾患の現状を明らかにするために厚生労働省が1961~2000年にかけて実施した循環器疾患基礎調査(対象: 全国から無作為に抽出された300地区に住む30歳以上の12,000人)のデータをもとに,1994年より縦断的なコホート研究として開始された。1980年の第3次循環器疾患基礎調査のデータを用いたものはNIPPON DATA80,1990年の第4次循環器疾患基礎調査のデータを用いたものはNIPPON DATA90と呼ばれている。(NIPPON DATAへ)
NIPPON DATAのおもな目的は,循環器疾患予防のための日常臨床やガイドライン役立つエビデンスを提供すること,および国の健康政策への貢献である。研究のおもな特徴は以下のとおり。
- 対象が無作為に抽出されており,日本人を代表する偏りのない集団と考えられる
- 地方自治体の住民基本台帳データを用い,20年以上と長期にわたり追跡を行っている
- 調査地区の保健所の協力により,日常生活動作(ADL)のデータも得られている
- エンドポイントとして人口動態統計による死因データを用いている
— NIPPON DATA80からみた循環器疾患死亡の既知の危険因子 —
- 血圧
収縮期血圧と循環器疾患死亡リスクは正の関連を示した。この結果は,75歳以上の高齢者における解析でも同様にみとめられた(抄録へ)。 - 総コレステロール
男性では240~259 mg/dLおよび260 mg/dL以上のカテゴリーで,女性では260 mg/dL以上のカテゴリーで,それぞれ160 mg/dL未満のカテゴリーに比し,冠動脈疾患リスクが有意に増加していた(抄録へ)。 - 喫煙
1日2箱以上の喫煙者では,喫煙未経験者にくらべ,脳卒中死亡リスクが2.2倍と有意に高かった(抄録へ)。 - 糖尿病
随時血糖値が高いカテゴリーほど,冠動脈疾患死亡,心疾患死亡,循環器疾患死亡および全死亡のリスクが高くなる有意な傾向がみとめられた(抄録へ)。
— NIPPON DATAによる絶対リスク評価と動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012 —
絶対リスクによる評価は,相対リスクにくらべて患者が直感的に理解しやすいことから,欧米のガイドラインでは絶対リスクの考え方が取り入れられている。ただし,絶対リスク算出のためには質の高いコホート研究(母集団を代表する標本抽出,高い追跡率など)が必要であり,各危険因子についても,疾患への影響を推定するための正確な測定が求められる。
NIPPON DATA80からは,性別および喫煙の有無ごとに4つの主要な危険因子(年齢,収縮期血圧,随時血糖値,総コレステロール値)の状況から10年間の冠動脈疾患死亡の絶対リスクを推定できる,日本人のためのリスクチャートが発表されている(抄録へ)。2012年に改訂が予定されている日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン』では,このリスクチャートから算出した冠動脈疾患死亡率をもとに,個人のリスク分類(低リスク/中等度リスク/高リスク)および脂質管理目標値を決定する。
— 今後の展望 —
NIPPON DATA80およびNIPPON DATA90の追跡は今後も継続し,新しいデータを付け加えながら,より詳細な検討を行う予定である。また,NIPPON DATAの3番目のコホートとして新規にスタートしたNIPPON DATA2010には,現代の日本人における循環器疾患予防のための新たなエビデンスが期待される。
3. 韓国人男性の総コレステロール値と循環器疾患リスク: KMIC研究
発表者: Il Suh 氏 (延世大学医学部) |
要約:35歳以上の公務員・私立学校勤務者を対象としたコホート研究であるKMIC研究より,韓国人男性において喫煙,血圧,総コレステロールが循環器疾患の危険因子であることや,総コレステロール低値は出血性脳卒中リスクとは関連しないことなどが示された。
— KMIC研究とは —
Korean Medical Insurance Corporation (KMIC) 研究は,公務員および私立学校勤務者のためのKorean Medical Insuranceの35~59歳の加入者(韓国の保険加入者全体の11%をカバーする)を対象とした前向きコホート研究。参加者は男性115682人(該当者の25%が無作為に抽出された),および女性67932人(該当者のうち100%が参加)で,1990年と1992年にベースライン健診,その後は隔年で健診が行われている。
ベースラインの平均年齢は男性44.7歳,女性42.3歳,JNC VIによるステージ1~3高血圧の割合はそれぞれ28.6%,11.3%,総コレステロール値≧240 mg/dLの割合は8.9%,7.3%,空腹時血糖値≧126 mg/dLの割合は4.6%,1.3%,喫煙率は57.4%,0.4%であった。
— 循環器疾患の危険因子 —
韓国人の男性において,循環器疾患の危険因子が欧米のコホートと同様であるかどうかを検討した。
その結果,年齢,喫煙,血圧,総コレステロールおよび空腹時血糖は,虚血性心疾患,脳血管疾患,全循環器疾患のいずれとも有意な関連を示し,これらの因子が韓国人男性においても循環器疾患の危険因子であることが示された。また,これらの因子の人口寄与割合(population attributable risk: PAR)を計算すると,虚血性心疾患では喫煙のPARが41%,高血圧が21%,高コレステロール血症が20%,糖尿病が2%であり,これらの因子が一つもなければ虚血性心疾患の8割以上が予防可能と考えられた。脳血管疾患については,喫煙のPARが26%,高血圧が35%,高コレステロール血症が3%,糖尿病が3%であり,これらの因子が一つもなければ脳血管疾患の6割以上が予防可能と考えられた。
— 総コレステロール低値と出血性脳卒中リスク —
欧米にくらべて総コレステロール値が低い韓国人男性において,総コレステロール低値と出血性脳卒中発症リスクが関連するかどうかを検討した。その結果,総コレステロール低値は脳内出血,くも膜下出血のいずれとも関連していなかった。
— 総コレステロール値と循環器疾患発症リスク —
総コレステロール値のカテゴリー(<180,180~189,190~199,200~209,210~219,220~229,230~239,≧240 mg/dL)と循環器疾患発症リスクとの関連を検討した。虚血性心疾患については,<180 mg/dLに対し,210 mg/dL以上のすべてのカテゴリーで有意なリスク増加がみとめられた。一方,全脳卒中については,≧240 mg/dLのカテゴリーでのみ有意なリスク増加がみられた。出血性脳卒中と虚血性脳卒中に分けて解析を行うと,出血性脳卒中については総コレステロール値との有意な関連はみとめられず,虚血性脳卒中については≧240 mg/dLのカテゴリーでのみ有意なリスク増加がみとめられた。
— KMIC研究のおもな成果 —
その他のKMIC研究のおもな成果は以下のとおりである。
- 韓国人男性における循環器疾患の危険因子は,喫煙,血圧,総コレステロールである。とくに喫煙については,総コレステロール値が低い集団においても重要な危険因子となることが示された。
- 危険因子への曝露がなければ,循環器疾患の71%を減らすことができる。
- 総コレステロール低値は,脳内出血,くも膜下出血のいずれについても,独立した危険因子ではなかった。
- 総コレステロール値は,虚血性心疾患については210 mg/dL以上のレベルから,虚血性脳卒中については240 mg/dL以上のレベルから有意なリスク増加と関連した。
4. 中国における循環器疾患の蔓延とその対策
発表者: Dongfeng Gu 氏 (中国医学科学院協和医科大学付属阜外心血管病医院) |
要約: 中国における循環器疾患の負担・影響は,今後さらに増加すると予想される。大きな問題となっている塩分過剰摂取,高血圧,喫煙などの危険因子の対策を含め,循環器疾患予防のための継続的な努力や国家レベルでの対応が求められている。
— 中国の公衆衛生学的な現状 —
◇ この数十年間における公衆衛生上のおもな変化
死亡率は,1952年から2009年にかけて17%→7%と低下。とくに幼児死亡率および妊婦死亡率は劇的に減少した。平均寿命も1949年から2009年にかけて35歳→74歳と大きく増加し,これにともなって,医療費も1981年から2008年にかけて1億6012万元→145億4540万元と大きく増加している。
◇ 死因としての循環器疾患
1970年代以降,循環器疾患は中国における死因の第1位となった。現在の循環器疾患死亡数は年間約300万人であり,実に10秒に1人が循環器疾患により死亡している計算になる。循環器疾患の患者数は2億3000万人にのぼるとみられる。
都市部および農村部の循環器疾患死亡率の推移(1987~2009年)をみると,都市部では循環器疾患,脳血管疾患,心疾患のいずれも徐々に低下してきている。一方,農村部では明らかな低下がみられないばかりか,最近6年間はやや増加の傾向にある。
非伝染性疾患(NCDs: 循環器疾患,慢性閉塞性肺疾患[COPD],癌,糖尿病)による死亡率(2004年)を他の5か国(日本,米国,英国,フランス,オーストラリア)と比較すると,中国では循環器疾患(とくに脳卒中)死亡率,およびCOPD死亡率が他の国にくらべて顕著に高かった。日本とくらべると,循環器疾患死亡率は2倍以上,脳卒中死亡率は3倍以上であった。
◇ 循環器疾患の危険因子
- 高血圧
高血圧有病率は,1959年から2002年にかけて5.1%→17.7%と増加が続いている。 - 肥満
1992年から2002年にかけて,肥満は約2倍に増加し,過体重も39%増加した。成人のみならず小児でも,1982年から2002年にかけて肥満が0.2%→0.9%と増加しており,将来,循環器疾患に対する肥満の影響はより深刻になると考えられる。 - 糖尿病
2007~2008年の糖尿病の有病率は9.7%,前糖尿病(空腹時血糖異常または耐糖能異常)の有病率は15.5%であった。すなわち中国では1億人近くが糖尿病,1億5000万人近くが前糖尿病を有していると考えられる。 - 喫煙
現在の喫煙者は約3億人で,5億人近くが受動喫煙にさらされている。喫煙率は,性別および地域(都市部/農村部)をとわず,1996年から2010年にかけてゆるやかな減少傾向であるが,男性では2010年で54.0%と,女性(2.1%)にくらべて顕著に高く,今後も喫煙の予防や禁煙指導が重要な課題になると考えられる,。 - 塩分摂取
循環器疾患の危険因子(塩分過剰摂取,高血圧,喫煙,運動不足,肥満)を1つ以上もつ人の数は6億人近くにのぼる。なかでももっとも多いのが塩分過剰摂取で,4割以上の人が塩分をとりすぎていると考えられる。中国では塩分摂取量1日6 gが目標とされている。都市部では1992年から2010年にかけて13.3 g→9.1 gと減ってきているものの,まだ目標値には届かない。農村部では13.9 g→11.5 gと都市部にくらべて高く,また減少幅も少ない。今後も継続した対策が必要と考えられる。
◇ 循環器疾患の発症・死亡率
2つのコホート(Multicenter Collaborative Study on Cardiovascular Epidemiology[1998年コホート],China Cardiovascular Health Multicenter Collaborative Study[InterAsia])において,1999~2008年の急性冠動脈イベント+脳卒中の発症率(年齢調整)は約300/10万人・年で,地域ごとにみると,急性冠動脈イベントは都市部のほうが農村部よりやや高く,脳卒中は逆に農村部のほうがやや高かった。
同じコホートで同様に死亡率をみると,1999~2008年の急性冠動脈イベント+脳卒中死亡率(年齢調整)は約120/10万人・年であった。地域ごとにみると,農村部の脳卒中死亡率は都市部の約2倍と顕著に高く,農村部での医療アクセス改善や予防対策が急務である。急性冠動脈イベントについては都市部と農村部の差はみられなかった。
— 循環器疾患発症・死亡の将来予測 —
2010~2030年の冠動脈疾患,虚血性脳卒中,出血性脳卒中の発症率の変化について,人口動態および危険因子の状況も考慮に入れた推算を行った。その結果,人口動態の変化のみを考慮し,危険因子(血圧,総コレステロール,糖尿病)の保有状況には変化がないと仮定した場合でも,循環器疾患発症率は2030年までに現在の1.5倍以上になると予測された。ここに,予測される危険因子保有者の増加も考慮した解析を行うと,循環器疾患発症率はさらに23%上乗せされた。これは2130万件の心血管イベント,および770万人の循環器疾患死亡に相当する。
また,2030年までに,心筋梗塞,および脳卒中による入院数はそれぞれ2~3倍になることが予測されている。
2009年現在,中国の人口は13億3470万人,65歳以上の高齢者は8.5%(1億1300万人)であり,今後も高齢化,都市化,汚染といった公衆衛生上の課題が残されている。
— 今後の展望 —
2011年9月,国連の非伝染性疾患(NCDs)サミットが行われ,中国は,健康政策,財政的支援,ならびに2009~2011年にかけての医療制度改革への取り組みについて情報提供を行った。医療制度改革では,5つの重点分野(医療保険制度,医薬品制度,医療アクセス改善,格差解消,公立病院改革)が掲げられている。
— 結論 —
中国における循環器疾患の負担・影響は,今後さらに増加すると予想される。循環器疾患予防対策を主眼に置いた公共政策の実施など国家レベルでの対応が求められる。高血圧,塩分摂取,喫煙など,介入可能な危険因子の影響を減らすことを目的とした継続的な努力が必要である。
5. 長寿と生活習慣との関係: ホノルル心臓調査の知見より
発表者: Robert D. Abbott 氏 (放射線影響研究所) |
要約: ハワイに住む日系人男性を対象に47年間継続されているホノルル心臓調査において,種々の危険因子と循環器疾患との関連を年齢層ごとに検討した。その結果,LDL-Cのように若年者と高齢者とで疾患への影響が異なる因子がある一方で,身体活動のように,死亡,循環器疾患発症,認知症発症リスクなどに対して,一貫した負の関連を示す因子も見出された。健康増進のためには,年齢層にかかわらず活発な生活を心がけることが推奨される。
— ホノルル心臓調査とは —
ホノルル心臓調査(Honolulu Heart Program)は,ハワイに住む45~68歳の日系人男性8006人を対象とした循環器疾患の前向き疫学コホート研究で,欧米と日本の生活習慣の違い,およびその長寿や慢性疾患発症への影響を検討することを目的としており,今年で研究開始から47年を数える(ホノルル心臓調査へ)。2001年には,ホノルル心臓調査参加者の子供(男性のみ)が参加するERA JUMP(Electron-Beam Tomography and Risk Assessment among Japanese and US Men in the Post World War II Birth Cohort)研究が開始され(ERA JUMPへ),日米の生活習慣の違いや疾患への影響は今日においても引き続き重要であることや,日本に住む日本人も欧米化の波にさらされて肥満や糖尿病といった欧米と同様の危険因子をもちやすい状況であることが示されている。
— ERA JUMPからの知見 —
ERA JUMPの3つのコホート(日本在住の日本人,ハワイ在住の日系人,ピッツバーグ在住の白人)をあわせた解析では,n-3系多価不飽和脂肪酸摂取量の少ない白人およびハワイの日系人では無症候性動脈硬化(冠動脈カルシウムスコア≧10)の割合が20~35%と高かったが,摂取量の多い日本人では無症候性動脈硬化の割合は低かった。
日本人とハワイの日系人で主要な危険因子の状況を比較した結果は以下のとおり。
- 肥満
ハワイの日系人における肥満の割合は日本人の10倍近くであり,過体重は3倍近くであった。 - 血圧
降圧治療率が日本の4倍近くであるにもかかわらず,収縮期血圧値はハワイの日系人のほうがやや高かった。 - 糖尿病
ハワイの日系人における有病率は,日本人の約2倍であった。 - 脂質
LDL-C値は日本人のほうがやや高かった。 - 飲酒・喫煙
1日あたりの飲酒量および喫煙率は日本人のほうが有意に高かった。この背景として,日本ではたばこや酒を購入できる自動販売機が市街地に多いことも関連している可能性がある。米国にはこのような自動販売機はない。 - 肥満
米国における肥満は1960年代から2000年代にかけて男女とも爆発的に上昇しており,男性では約32%,女性では35%近い。一方,ERA JUMPのハワイの日系人男性では約27%,日本在住の日本人男性では約3%であった。なお,米国にもコンビニエンスストアのセブンイレブンが数多くあるが,日本とは異なる点も多く,たとえばコカコーラは1.2Lサイズのカップで売られている。
— 生活習慣と長寿との関連 —
生活習慣と長寿との関連は複雑であり,若年世代での結果を高齢世代にも応用できるか,また,種々の危険因子と疾患との関連が年代ごとに異なるかなどを検討する必要がある。47年間の長期にわたる追跡期間を誇るホノルル心臓調査からの知見を紹介する。
まず,年齢により危険因子の影響が異なる例として,LDL-Cと冠動脈疾患発症リスクがある。71~93歳の男性を対象に,LDL-Cと冠動脈疾患発症リスクとの関連を検討した結果,若年者を対象とした場合とは異なり,U字型の関連がみとめられた。高齢者の場合はLDL-C値の至適値は110~119 mg/dL程度と考えられ,治療目標値をこれより低く設定すべきかどうかは議論が必要である。
一方,年齢をとわず一貫した関連がみられる例としては,身体活動が挙げられる。61~81歳の男性を対象に,1日の歩行距離ごとに死亡率を比較した結果,12年間の累積死亡率は歩行距離が少ない群(1日1.5 km未満)でもっとも高く,この群では,歩行距離が多い群(1日3.2 km超)の12年間の累積死亡率に約8年で到達してしまうことが示された(抄録へ)。
また,71~93歳の男性を対象に,高血圧の有無ごとに歩行距離と冠動脈疾患発症との関連を検討した結果,高血圧を有する人では歩行距離が長いほど有意に冠動脈疾患発症率が低く,とくに高血圧があっても歩行距離が1日2.4 km超であれば,高血圧がない人に匹敵するほど発症率が低くなることが示唆された。同様に,糖尿病の有無ごとに歩行距離と冠動脈疾患発症との関連を検討した結果,糖尿病の有無にかかわらず歩行距離が長いほど有意に冠動脈疾患発症率が低く,とくに糖尿病があっても歩行距離が1日2.4 km超であれば,糖尿病のない人に匹敵するほど発症率が低くなることが示唆された。この結果は,米国心臓協会(AHA)の2009年の科学的声明の内容とも一致するものである。
さらに,71~93歳の男性を対象に,軽い運動(平地を歩くなど)と認知症発症との関連を検討した結果,軽い運動に費やす時間が長いほど認知症発症率が有意に低かった。また,3 mを歩くのに要する時間と認知症発症との関連についても検討した結果,歩くのが遅いほど認知症発症リスクが有意に高かった。
— 結論 —
ホノルル心臓調査を含めたさまざまな研究より,女性や他の人種・民族も含めて,不活発な生活習慣との関連が示されているアウトカムとして,全死亡,冠動脈疾患,脳卒中,癌,認知症,パーキンソン病,うつ病(抄録へ)などがある。年齢層にかかわらず活発な生活を心がけることにより,さまざまな健康上のメリットが期待できる。
なお,Abbott氏は最後に,当初この講演を行うことになっていたJ. David Curb氏が2012年1月に亡くなったことを告げ,科学者,指導者,友人としてのCurb氏に敬意と哀悼の意を表した。
6. PROGRESS試験,APCSC研究からのエビデンス: 血圧に着目して
発表者: John Chalmers 氏 (シドニー大学ジョージ国際保健研究所) |
要約: 血圧と循環器疾患リスクについて,東西で関連が異なるかどうかを検討した。コホート研究(APCSC)においては,アジア人では血圧と脳卒中発症リスク,とくに出血性脳卒中リスクとの関連がオーストララシアにくらべて急峻であり,冠動脈疾患についても同様の結果がみとめられた。臨床試験(PROGRESS試験)でも,降圧治療によるリスク低下率は,アジアのほうが欧州+オーストララシアよりも大きいという結果であった。以上より,降圧によるベネフィットは,アジアのほうが欧州やオーストララシアにくらべて大きい可能性が示唆される。
— 高血圧による世界的な疾病負荷 —
Global Burden of Disease研究からの報告によると,全世界で毎年760万人(全死亡数の13.5%)が高血圧に関連する原因により死亡している。また,脳卒中の54%,冠動脈疾患の47%は高血圧に関連するものである。
高血圧に関連する障害調整生存年数(DALY)*を地域・疾病ごとにみると,地域をとわず,その多くが脳卒中または虚血性心疾患によるものであり,とくに欧州や南アジアでは虚血性心疾患によるDALYが全体の約半分を占めていた。
* 障害調整生存年数(disability-adjusted life years: DALY): 疾病負荷の指標の一つ。ある集団において,健康で過ごした場合にくらべ,病気や障害などによってどのくらいの損失が起きたかを評価する(http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/en/index.html)。
— 血圧と心血管疾患リスクの東西比較(コホート研究) —
アジアおよびオーストララシアの38のコホート研究(アジア約50万人,オーストララシア約10万人)のメタ解析であるAsia Pacific Cohort Studies Collaboration(APCSC)研究から,血圧と循環器疾患リスクとの関連をアジアとオーストララシアで比較した結果を紹介する。
- 収縮期血圧(SBP)と循環器疾患死亡との関連
アジア,オーストララシアともにSBPが高くなるほどリスクが高くなる直線的な関連がみとめられたが,この関連はアジアのほうが強かった(SBP 10 mmHg減少によるリスク低下率: アジア-32%,オーストララシア-25%)。さらに疾患別にみると,アジアでは,SBPが高いカテゴリーほど,循環器疾患全体に占める脳卒中の割合が高くなっていたが,オーストララシアでは,SBPが高くなっても脳卒中と冠動脈疾患の割合は変わらなかった。 - SBPと脳卒中発症との関連
アジア,オーストララシアともにSBPが高くなるほどリスクが高くなる直線的な関連がみとめられたが,この関連はアジアのほうが強かった(SBP 10 mmHg減少によるリスク低下率: アジア-37%,オーストララシア-28%)。この結果はとくに出血性脳卒中について顕著であった。 - SBPと冠動脈疾患発症との関連
SBPとリスクとの関連はアジアのほうがやや強かったが,大きな違いはみられなかった。
— 血圧と心血管疾患リスクの東西比較(臨床試験) —
アジア,欧州,オーストララシアの脳卒中既往例6000人あまりを対象に,ACE阻害薬+利尿薬の併用を用いた降圧による脳卒中二次予防効果を検討したPROGRESS試験結果から,血圧と循環器疾患リスクとの関連をアジアと欧州+オーストララシアで比較した結果を紹介する。
- 心血管イベント発生率
欧州+オーストララシアに対するアジアのイベント発生のハザード比をみると,主要心血管イベントについては同等であったが,脳卒中は有意に高く,冠動脈疾患は有意に低かった。 - 降圧と心血管イベントとの関連
主要心血管イベント,脳卒中,虚血性脳卒中,出血性脳卒中のいずれについても,治療によるリスク低下率は,アジアのほうが欧州+オーストララシアよりも大きかった。 - 降圧と認知機能との関連
認知症,および認知機能低下のいずれについても,治療によるリスク低下率は,アジアのほうが欧州+オーストララシアよりも大きかった。
— 結論 —
- 脳卒中はアジアで多く,冠動脈疾患は欧米で多い。
- SBPと脳卒中発症リスク,とくに出血性脳卒中発症リスクとの関連は,アジアのほうがオーストララシアにくらべて顕著であった。
- SBPと冠動脈疾患発症リスクとの関連は,アジアのほうがオーストララシアよりもやや強かった。
- 降圧によるベネフィットは,アジアのほうが欧州+オーストララシアにくらべて大きい可能性がある。
—久山町研究の欧米へのインパクトについてお話しいただけますか。
久山町研究は,世界でもっとも重要なコホート研究の一つです。10年や20年続く研究でさえ多くはないのに,久山町研究は50年もの長きにわたって継続されている。大変すばらしいことです。また,約10年ごとに第2集団,第3集団……と新しいコホートが加わり,常にアップデートされ続けていることも大きな特徴です。膨大なデータの宝庫である久山町研究には,日本だけでなく欧米の研究者も大きな関心をもって注目しています。
今日のシンポジウムでは,久山町研究のほかにNIPPON DATA研究からも興味深い結果が発表されました。日本は近年,「良い科学(good science)」を数多く生み出している国の一つで,このほかにも重要な研究がたくさんあり,さまざまな学会でも日本からの成果をよく目にします。医学界への非常に大きな貢献だと思っています。
7. 欧州の観察研究: PAMELA研究の結果より
発表者: Giuseppe Mancia 氏 (ミラノ-ビコッカ大学サン・ジェラルド病院) |
要約: ミラノ郊外の一般住民を対象としたコホート研究であるPAMELA研究では,診察室血圧および診察室外血圧(家庭血圧,24時間自由行動下血圧)の測定を行っている。臨床現場でみる機会の多い白衣高血圧や仮面高血圧をはじめ,血圧の日内変動と死亡リスクなど,診察室外血圧から得られる情報の重要性を裏付けたPAMELA研究の成果は,『ESH-ESC 2007高血圧管理ガイドライン』における24時間ABPの基準値や,英国のNICEガイドラインにおける24時間ABP測定の指針にも影響を与えている。
— PAMELA研究とは —
PAMELA研究は,イタリア・ミラノの郊外に位置するモンツァの住民から無作為に抽出した25~74歳の3600人を,1990年から2004年1月10日まで12年以上にわたって追跡したコホート研究。偏りのない集団を対象としていること,また,診察室血圧,家庭血圧,24時間自由行動下血圧(ABP)という3種類の血圧測定を行っていることなどが特徴である。ここではPAMELA研究のおもな結果を紹介する。
— 24時間ABPの基準 —
診察室血圧と家庭血圧,24時間ABP(平均),昼間ABP(平均)はいずれも互いに密接に関連していた。PAMELA研究において,診察室血圧による基準をもとに計算した24時間ABPの正常上限値は125 / 79 mmHgであり,この結果や後に発表された他の研究の結果から,『ESH-ESC 2007高血圧管理ガイドライン』における24時間ABPの正常上限値は125~130 / 80 mmHgとされている。
— 複数の血圧測定法からみた治療中高血圧のコントロール状況 —
治療中の高血圧患者398人を対象として診察室血圧,家庭血圧,24時間ABPを測定した結果,収縮期血圧(SBP),拡張期血圧(DBP)とも正常範囲内にコントロールできている人の割合はかなり少なかった。この結果は24時間ABP・家庭血圧により検討しても同様であり,治療中であっても多くの人がコントロール不良であるという実態が浮かび上がった。
また,超音波検査による左室肥大の割合を,正常血圧,コントロール良好高血圧,コントロール不良高血圧のあいだで比較した。その結果,高血圧患者では,たとえコントロール良好であっても,左室肥大の有病率は正常血圧の人の数倍であった。
— 診察室+診察室外血圧による高血圧のカテゴリーと心血管疾患 —
24時間ABPでは,診察室血圧や家庭血圧にくらべ,値が10 mmHg上昇した場合の11年間の心血管疾患死亡リスクとの関連がもっとも強かった。
また,診察室血圧と家庭血圧または24時間ABPを組み合わせることにより,臨床的にも多く目にする重要な病態である白衣高血圧や仮面高血圧の有無を知ることができる。PAMELA研究では,診察室血圧により高血圧とされた人(全体の約42%)のうち,約3分の1が,家庭血圧または24時間ABPを測定してみると正常値であり,すなわち白衣高血圧であった。一方,診察室血圧により正常血圧とされた人(全体の約58%)のうち約15%が,家庭血圧または24時間ABPを測定してみると高血圧であり,すなわち仮面高血圧であった。白衣高血圧や仮面高血圧と予後との関連を検討した結果は以下のとおり。
- 心血管疾患
持続性正常血圧,白衣高血圧,仮面高血圧,持続性高血圧の人における,長期的な心血管疾患発症,心血管疾患死亡,全死亡のリスクをみると,白衣高血圧および仮面高血圧の人の発症・死亡リスクは,いずれも持続性正常血圧の人より高く,持続性高血圧の人より低いという結果であった。 - 糖尿病
持続性正常血圧,白衣高血圧,仮面高血圧,持続性高血圧の人の糖尿病および空腹時高血糖発症リスクをみると,白衣高血圧および仮面高血圧の人のリスクは,持続性正常血圧にくらべて有意に高いだけでなく,持続性高血圧の人のリスクに近いものであった。 - 持続性高血圧
持続性正常血圧,白衣高血圧,仮面高血圧の人がその後10年間に持続性高血圧に移行するリスクを比較すると,持続性正常血圧に対し,白衣高血圧の人ではリスクが2.51倍,仮面高血圧の人では1.78倍であった。 - 左室肥大
白衣高血圧,仮面高血圧の人の左室肥大有病率はそれぞれ15%,14%で,正常血圧の人における4%よりも高かった。
- 診察室血圧が140 / 90 mmHg以上であった場合は,診断確定のために24時間ABP測定を勧める
- 24時間ABP測定の結果,高血圧と診断されなかった場合は,5年に1度の観察のみでよい
— 血圧変動と死亡リスク —
24時間ABP測定による血圧の日内変動と心血管疾患死亡および全死亡リスクとの関連を検討した。その結果,日内変動の3つの指標(血圧[24時間・昼間・夜間]平均値の標準偏差,昼夜の血圧差,およびフーリエスペクトル解析により得られた規則性のない変動)のうち,多変量調整後にもっとも強い関連を示したのはDBPにおける「規則性のない変動」であり,この不規則な変動幅が大きいということが,心血管疾患死亡および全死亡の独立した危険因子となると考えられた。