[学会報告・日本疫学会2015] CIRCS,EPOCH-JAPAN,日高コホート研究,久山町研究,IPHS,岩手県北地域コホート研究,NIPPON DATA2010
第25回日本疫学会学術総会は,2015年1月21日(水)~23日(金)の3日間,名古屋で開催された。
ここでは,学会で発表された疫学研究の一部を紹介する。
CIRCS | — | 眼底細動脈の異常所見は,脳卒中既往例の要介護認知症の発生と有意に関連 |
EPOCH-JAPAN | — | 心血管疾患死亡の人口寄与割合が高い因子は,高血圧と喫煙 |
日高コホート研究 | — | 心房細動と喫煙は,いずれも要介護発生+全死亡のリスクと関連 |
久山町研究 | — | 高齢者における認知症の生涯リスクは55% |
IPHS | — | 喫煙は,大動脈解離・大動脈瘤による死亡リスクと関連 |
岩手県北地域コホート研究 | — | 高齢の禁煙者の心血管死亡リスクは喫煙未経験者と同等 |
NIPPON DATA2010 | — | 飲酒と高血圧の正の関連は,フラッシング反応に関わらずみとめられた |
[CIRCS] 眼底細動脈の異常所見は,脳卒中既往例の要介護認知症の発生と有意に関連
発表者: 大阪大学・陣内 裕成 氏 (1月23日,優秀演題ワークショップ)目的: | 細動脈硬化に関する眼底血管所見とその後の要介護認知症の発生との関連を検討。 | |
コホート・手法: | CIRCS。1983~2004年に循環器健診を受診した,秋田県井川町および茨城県筑西市協和地区の40歳以上の約12000人のうち,1999~2012年に要介護認知症の認定を受けた296人と,年齢・性・地域・健診受診年により1:2でマッチさせた対照592人におけるコホート内症例対照研究を実施。眼底血管所見については,Scheieの分類の高血圧性変化(0度[正常]~4度),または動脈硬化性変化(0度[正常]~4度)のいずれかで1度以上の場合を異常とした。また,要介護認定に必要な主治医意見書による「認知症高齢者の日常生活自立度」がランクIIa以上(日常生活に支障のある認知症状)と判定された時点を,要介護認知症の発生とした。(CIRCSへ) | |
結果: | 要介護認知症と眼底血管異常所見との関連について条件付きロジスティック回帰分析を行った結果,眼底血管異常を有する場合の要介護認知症オッズ比は,有さない場合と比べて有意な関連はみとめられなかった。しかし,脳卒中既往例のみの解析では,眼底血管異常を有する場合の要介護認知症の年齢・性・地域調整オッズ比は1.75(95%信頼区間1.13-2.72)と有意に高値を示した。この関連は,喫煙習慣,耐糖能異常や糖尿病の有無,さらに収縮期血圧や降圧薬服用の有無で調整した場合も同様にみとめられた。 |
陣内裕成氏のコメント 認知症は要介護の原因疾患の2割を占めており,要介護認知症の予防対策の推進のために有用なリスク指標が求められています。これまでに,横断研究で眼底血管の異常所見と高齢認知症患者の認知機能との関連を示す報告はありますが,前向き研究で要介護認知症の発生との関連を検討した報告はありませんでした。眼底検査は非侵襲的に細血管を評価できる検査であり,時代とともに機器の小型化も進んでいます。今後,脳卒中の既往のある人において要介護認知症の発生を予測する検査としても,活用が期待できると思います。 |
[EPOCH-JAPAN] 心血管疾患死亡の人口寄与割合が高い因子は,高血圧と喫煙
発表者: 東邦大学・村上 義孝 氏 (1月23日,優秀演題ワークショップ)目的: | 国内のコホート研究の統合解析により,3つの心血管危険因子(高血圧: 収縮期血圧≧140 mmHgまたは拡張期血圧≧90 mmHg,総コレステロール高値: ≧220 mg/dL,および喫煙)の保有状況による心血管疾患(CVD)死亡の人口寄与割合(PAF)を比較。 | |
コホート・手法: | EPOCH-JAPAN(国内の13コホートを個人レベルで統合したデータベース; 研究代表者: 上島弘嗣,岡村智教)のうち,血圧,総コレステロールおよび喫煙状況のデータを有する10コホートの40~89歳の90528人を約10年間追跡。 | |
結果: | [男性]3つの危険因子の1つ以上保有のCVD死亡へのPAFは,40~59歳で49.2%,60~69歳で37.6%,70~89歳で26.2%。このうちもっとも高いPAFを占めていたのは,年齢層を問わず「高血圧+喫煙」で,次に高かったのは,40~59歳および60~69歳では「高血圧+総コレステロール高値+喫煙」,70~89歳では「高血圧のみ」であった。[女性]3つの危険因子の1つ以上保有のCVD死亡へのPAFは,40~59歳では56.6%,60~69歳では27.6%,70~89歳で4.7%。このうちもっとも高いPAFを占めていたのは,年齢層を問わず「高血圧のみ」で,次に高かったのは,40~59歳および60~69歳では「高血圧+総コレステロール高値」で,70~89歳では「高血圧+喫煙」であった。 |
村上義孝氏のコメント 心血管疾患死亡の人口寄与割合(PAF)に占める割合を危険因子の組合せごとに比較した結果,男性では高血圧+喫煙,女性では高血圧の影響が大きいことが示されました。PAFは,ある危険因子によるイベントのハザード比と,集団におけるその危険因子の保有率の両方から算出される疫学指標で,PAFが大きい危険因子をコントロールできれば,その集団でのイベントを効率的に減らせることになります。今回の検討では,男性では高血圧も喫煙も保有率が高いことから,両者を含む場合のPAFが高くなっていましたが,女性では喫煙率が低いため,高血圧のほうがPAFへの影響が顕著でした。これらはわが国の10の疫学コホートを統合した,約9万人という大規模な集団における検討結果であり,日本人の心血管疾患死亡リスクを抑制するための公衆衛生学的施策として,男性では高血圧と喫煙,女性では高血圧に対して優先的に取組むべきであることが示唆されます。 |
[日高コホート研究] 心房細動と喫煙は,いずれも要介護発生+全死亡のリスクと関連
発表者: 豊岡病院日高医療センター・田中 愼一郎 氏 (1月23日,一般演題)目的: | 心房細動および喫煙状況と,要介護状態発生+全死亡のリスクとの関連を検討。 | |
コホート・手法: | 日高コホート研究。1993年に兵庫県旧日高町(現・豊岡市)の循環器疾患予防健診を受診した,介護を要さない1238人(男性515人,女性723人)を,2006年まで12.5年間追跡。要介護状態については,介護保険利用の有無により調査した。 | |
結果: | ベースライン時の喫煙率は21.4%,心房細動有病率は1.5%。心房細動および喫煙は,いずれも要介護状態発生+全死亡リスクの相対危険度(性・年齢調整後)との有意な正の関連を示しており,さらに多変量調整を行ったうえでも,それぞれ独立した有意な関連がみとめられた。 |
田中愼一郎氏のコメント 近年,新しい経口抗凝固薬が次々に登場し,心房細動に伴う心原性脳塞栓予防のための抗凝固療法の必要性が広く認知されるようになりました。しかし,研究を開始した1990年代前半は,抗凝固薬を投与されずに重篤な心原性脳塞栓を起こし,入院してくる高齢者があとをたたない状況で,これをなんとかしなければならないと強く感じていました。今回の検討において,心房細動と要介護発生+全死亡リスクとの関連は年齢調整により若干弱まりましたが,このことは「心房細動は年齢の影響をうけるから危険因子として重要ではない」ととらえるのではなく,「心房細動は高齢になるととくにリスクが高い」と解釈すべきではないかと思います。若年者では,心房細動以外に異常のないような人が脳卒中を起こすことは非常にまれですが,高齢の心房細動患者は,適切な治療をしなければどんどん脳卒中で倒れていくのが現実で,今回の結果は,自分が臨床現場で長年みてきたこととまさに一致するものでした。心房細動では自覚的な症状がない場合も多く,抗凝固療法の重要性については,患者さんにきちんと説明する必要があります。そのなかで,心房細動があると要介護状態や死亡のリスクが高まることを示した今回の結果も,ぜひ活用していきたいと思います。旧日高町は,神戸や大阪といった大都市圏とはかなり離れた兵庫県北東部に位置しています。わが国の標準的な農村部一般住民を対象としたコホート研究ですが,アポリポ蛋白や血清過酸化脂質など,これまでにあまり報告されていない危険因子も測定しており,今後もいろいろな検討を行う予定です。 |
[久山町研究] 高齢者における認知症の生涯リスクは55%
発表者: 九州大学・二宮 利治 氏 (1月23日,一般演題)目的: | 高齢の地域一般住民が生涯に認知症を発症するリスク(認知症の生涯リスク)を検討。 | |
コホート・手法: | 久山町研究。1988年の健診受診者で,認知症でない60歳以上の1193人を2005年まで17年間追跡。追跡期間中の実際の認知症発症者数および総死亡数をもとに,ある時点における認知症の推定累積発症率を求めるための数学的モデルを作成したうえで,推定対象者数(認知症を発症せずに生存している人)が0になるまで追跡したと仮定した時点での推定累積発症率を,認知症の生涯リスクと定義した。(久山町研究へ) | |
結果: | 60歳以上の高齢者における認知症の生涯リスクは55%(男性41%,女性65%)と推定された。性・病型別にみると,アルツハイマー型認知症の生涯リスクは男性で20%,女性で42%,血管性認知症の生涯リスクは男性で18%,女性で12%であった。 |
二宮利治氏のコメント 超高齢社会を迎えたわが国では認知症患者が増加しており,大きな医療・社会問題となっています。しかしながら,これまでにわが国の地域高齢者において,生涯にどのくらいの確率で認知症を発症するか(認知症の生涯リスク)を前向きに検討した報告はあまりありませんでした。そこで今回,久山町での追跡研究の成績を用いて,地域高齢者における検討を行った結果,認知症の生涯リスクはおよそ2人に1人と非常に高いことが示されました。今後,より健全な超高齢社会を迎えるために,認知症対策,および効率的な介護行政の確立が重要な課題であることを裏付ける結果といえます。なお,誤解されやすいのですが,この数字は生涯の認知症の累積発症率です。認知症の方は死亡リスクが高いため,ある時点で認知症を有している人の割合を示す「有病率」は,生涯リスクよりも小さくなります。 |
[IPHS] 喫煙は,大動脈解離・大動脈瘤による死亡リスクと関連
発表者: 大阪大学・佐田 みずき 氏 (1月23日,一般演題)目的: | 飲酒および喫煙状況と大動脈疾患(大動脈瘤・大動脈解離)による死亡との関連を検討。 | |
コホート・手法: | 茨城県健康研究(Ibaraki Prefectural Health Study: IPHS)。茨城県の38市町村(当時)で1993年に健診を受けた40~79歳の97882人を,2010年12月まで15.7年間(中央値)追跡。自己記入式質問票により,飲酒状況(飲酒未経験/禁酒/少量飲酒[2合未満/日]/中等度飲酒[2合以上3合未満/日]/多量飲酒[3合以上/日])ならびに喫煙状況(喫煙未経験/禁煙/少量喫煙[20本未満/日]/多量喫煙[20本以上/日])を調査した。 | |
結果: | 飲酒状況と大動脈疾患死亡の多変量調整ハザード比は,有意ではなかったものの,U字型に関連する傾向がみられた。喫煙状況ごとに大動脈疾患死亡の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)をみると,喫煙未経験者にくらべて,禁煙者では有意差はなかったが,少量喫煙者と多量喫煙者ではそれぞれ2.02(1.09-3.75),2.39(1.31-4.38)と有意に高い値が得られた。 |
佐田みずき氏のコメント 本研究から,多量飲酒は大動脈瘤・解離による死亡リスクを増加させる一方で,少量から中等量の飲酒はリスクを低下させる可能性が示されました。さらに,喫煙者は喫煙未経験者にくらべて,また喫煙者のなかでも喫煙本数が多いほど,大動脈瘤・解離による死亡リスクが有意に高いことが明らかになりました。これまで生活習慣と大動脈疾患に関する国内での研究は限られていたことから,約10万人という大規模な一般住民の集団において飲酒・喫煙習慣と大動脈疾患の死亡率との関連を明らかにした意義は大きく,大動脈瘤・解離予防の観点からも,適正な飲酒と喫煙防止の重要性を示したものといえます。 |
[岩手県北地域コホート研究] 高齢の禁煙者の心血管死亡リスクは喫煙未経験者と同等
発表者: 岩手医科大学・大澤 正樹 氏 (1月23日,一般演題)目的: | 喫煙が,高齢者においても全死亡,心血管疾患死亡ならびに癌関連死亡リスクと関連するかを検討。 | |
コホート・手法: | 岩手県北地域コホート研究の70歳以上の男性2821人を平均5.4年間追跡。ポアソン回帰分析を用い,非喫煙者を基準とした調整死亡率比を死亡の相対危険として算出した。(岩手県北地域コホート研究へ) | |
結果: | 全死亡,癌死亡,感染症死亡の相対危険は,それぞれ,喫煙未経験者にくらべて現在喫煙者で2~3倍程度と有意に高かった。禁煙者では現在喫煙者にくらべて全死亡および感染症死亡の相対危険が低めであった。一方,心血管疾患死亡の相対危険は,現在喫煙者では喫煙未経験者の2倍以上と有意に高かったが,禁煙者では1であり,喫煙未経験者と同等であった。 |
大澤正樹氏のコメント 若年から中年の喫煙者では,禁煙によって平均余命が延びることを示唆するデータがわが国のコホート研究から報告されています(抄録へ)。一方,これまで脳卒中や心筋梗塞などの大病を経験していない高齢の喫煙者の場合,禁煙することで死亡リスクが低下するのか,低下するならばどのような死因による死亡が減るのかについて検討した結果はこれまでにありませんでした。今回の研究結果は,今まで循環器疾患を経験しなかった高齢男性であっても,禁煙によってわずかに全死亡リスクが低下することを示唆しており,禁煙による死亡リスク低下のおもな原因が,心血管疾患死亡リスク低下によるものである可能性が考えられます。 |
[NIPPON DATA2010] 飲酒と高血圧の正の関連は,フラッシング反応に関わらずみとめられた
発表者: 東北大学・小暮 真奈 氏 (1月23日,一般演題)目的: | 飲酒時の顔面紅潮(フラッシング反応)の有無が,飲酒と高血圧有病率との関連に影響を及ぼすかを検討。 | |
コホート・手法: | NIPPON DATA2010(全国300地区における2010年の国民健康・栄養調査に参加し,血液検査を受けた人を対象に実施された「循環器病の予防に関する調査」)の対象者のうち,フラッシング反応・飲酒・降圧薬服用に関する情報がない人,および過去飲酒者を除く20歳以上の2819人(断面解析)。フラッシング反応については簡易フラッシング質問紙によって評価し,(1)現在,ビール1杯(180mL)の飲酒ですぐに顔が赤くなるか(はい[一部]/はい[全体]/いいえ/不明),(2)はじめて飲酒してから1~2年の時期にビール1杯の飲酒ですぐに顔が赤くなっていたか(はい/いいえ/不明)のいずれかに,「はい」と回答した場合に「フラッシング反応あり」,それ以外を「フラッシング反応なし」とした。 | |
結果: | フラッシング反応の有無を問わず,男性では飲酒量が多いほど高血圧の有病率が有意に上昇する傾向がみとめられたが,女性では有意な関連はみとめられなかった。男女とも,飲酒量と高血圧との関連に,フラッシング反応による有意な交互作用はみとめられなかった。以上より,フラッシング反応の有無にかかわらず適正な飲酒をすすめることが,集団における高血圧リスク減少に貢献すると考えられる。 |
小暮真奈氏のコメント 本研究の長所として,対象者が日本全国の一般住民から無作為に抽出されているため代表性が高いこと,ならびに過去飲酒者を解析から除外していることがあげられます。今回の結果から,男性では飲酒後に顔が赤くならないタイプだからといって,赤くなる人より飲酒の血圧への影響が小さいわけではないことが示されました。このことを生活習慣指導にも活用したいと考えています。なお今回の検討で,女性では飲酒と高血圧有病率との関連がみられなかったことの背景として,年齢調整を行う前のデータをみると,飲酒量が少ない群ほど血圧が高い傾向にありました。高齢の女性では,血圧が高い人が多い一方で飲酒者の割合が少なかったためと考えられますが,統計学的な年齢調整を行ってもこの影響を十分に調整しきれなかった可能性があります。 |