[編集委員が選ぶ注目文献] 遺伝子型スコアの糖尿病発症リスク予測能は,既知の危険因子を超えるものではない(Framingham Offspring Study)
「新しい危険因子」の予測能が,古典的な危険因子を上回らないというのは,はたして本当でしょうか?
私は,統計解析に問題があり,いまのアプローチではその差が出てこないのだと思います。 集団の設定や指標の工夫など,考え方を変える必要があるでしょう。
大橋 靖雄氏 |
Meigs JB, et al.
Genotype score in addition to common risk factors for prediction of type 2 diabetes.
N Engl J Med. 2008; 359: 2208-19.
- 目的
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これまでに用いられてきた主要な危険因子の情報に加え,遺伝的な情報を用いることによって糖尿病発症リスク予測能が改善されるかどうかについて,前向きコホート研究における検討を行った。
- コホート
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Framingham Offspring Study。
第1~7回健診に参加した5,124人のうち,18のSNPについて遺伝子型決定を行った2,776人を28年間追跡。
- 結論
- 基本的な臨床因子(年齢,性別,糖尿病家族歴,BMI,空腹時血糖,収縮期血圧,HDL-C,空腹時トリグリセリド)を含めたモデルに「遺伝子型スコア」を加えた場合と加えない場合の予測能を比較した結果,予測能の改善はわずかであった。
大橋氏: 10年ほど前から,遺伝子の一塩基多型(SNP: single nucleotide polymorphism)と疾患との関連を検討する研究がよく行われるようになりました。今回紹介するFramingham Heart Studyの文献は,これまでの研究で得られた18のSNPを集めた遺伝型リスクスコアを算出し,それをいわゆる古典的な危険因子に加えたときに予測能が上がるかどうかを検討した研究です。その結果は,「遺伝型リスクスコアによる予測能の上昇はみられなかった」というものでした。実は2006年にも,新しい10のバイオマーカーについて同様の検討が行われていますが(N Engl J Med. 2006; 355: 2631-9. ,文献抄録はこちら),やはり予測能はほとんど改善しなかったのです。
こうした「新しい因子」を検討した研究で,みな同じような結果が出るのはなぜなのでしょうか。多因子疾患において,新しい因子の予測能は低く,遺伝的探索に意味はないのでしょうか。私は統計解析に問題があると考えています。
新しい因子が,疾患の有意な危険因子となるかどうかを検討すると,たいていはイエスです。統計的に十分なサンプルサイズさえあれば,群間で異なる平均値を検出することは可能だからです。しかし,統計的に有意な危険因子であるということと,予測能や判別性が高いということは別です。その因子が高い予測能をもつためには,発症者と非発症者で分布の重なりが小さいことが必要になります。
この文献もそうなのですが,「新しい因子」を検討した研究の多くはロジスティック回帰を用い,ROC(receiver operating characteristic: 受信者動作特性曲線)曲線を描くという統計手法をとっています。そして,既知の危険因子によるモデルに「新しい因子」を加えても,C統計量が少ししか増えないという結果に終わるのです。
私は,線形式で予測する方法も,その評価法も間違いではないかと思っています。集団は均質なものとは限りません。「古典的な危険因子でみると低リスクだが,その中に実は高リスクの人が混じっている」というような考え方をしないと,このような研究はみな失敗に終わってしまうのではないかと危惧しています。集団の設定や指標の工夫など,考え方を変える必要があるでしょう。
― ほかの編集委員からのコメント ― |
磯 博康氏 (大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学) 疫学研究では,基本的に健康な一般住民という「低リスクの集団」を対象としてみています。その低リスク集団を対象にして,さらに古典的な危険因子をしのぐような予測能をもつ新しい因子を見つけるという考え方では,たしかに難しい部分があるかもしれません。
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寺本 民生氏 (帝京大学医学部内科) 脳卒中や冠動脈疾患は多因子疾患です。高コレステロールや高血圧などの古典的な危険因子というのは,何百,何千もの遺伝子型の影響が重なり合ったリスクであり,その影響は非常にヘビーだと思うのです。それを打ち消せるほどの単独のバイオマーカーやSNPを見つけるというのは,なかなか難しいのではないでしょうか。古典的な危険因子と直接比較するという方法論自体に問題があるのかもしれないですね。
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― epi-c.jpのなかで関連するテーマの文献を読む ―
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【Worldwide文献ニュース】 最新の10のバイオマーカーを従来の危険因子に追加しても,リスクの同定能の付加的有用性は期待できない(Framingham Offspring Study)
Wang TJ, et al: Multiple biomarkers for the prediction of first major cardiovascular events and death. N Engl J Med. 2006; 355: 2631-9. -
【Worldwide文献ニュース】 従来の危険因子に複数のSNPからなる遺伝的リスクスコアを加えると,冠動脈疾患発症予測能が高まる(ARIC)
Morrison AC, et al: Prediction of coronary heart disease risk using a genetic risk score: the Atherosclerosis Risk in Communities Study. Am J Epidemiol. 2007; 166: 28-35. -
【Worldwide文献ニュース】 7年間の糖尿病発症予測モデル,およびリスク計算式を作成(The Framingham Offspring Study)
Wilson PW, et al: Prediction of Incident Diabetes Mellitus in Middle-aged Adults: The Framingham Offspring Study. Arch Intern Med. 2007; 167: 1068-74. -
【Worldwide文献ニュース】 apo B/apo A-I比のCHD予測能は既存の脂質マーカーと同等(Framingham Offspring Study)
Ingelsson E, et al: Clinical utility of different lipid measures for prediction of coronary heart disease in men and women. JAMA. 2007; 298: 776-85. -
【Worldwide文献ニュース】 トロポニンI,NT-proBNP,シスタチンC,CRPを組み合わせると,心血管疾患死亡リスクの予測能が改善(ULSAM)
Zethelius B, et al. Use of multiple biomarkers to improve the prediction of death from cardiovascular causes. N Engl J Med. 2008; 358: 2107-16.