日本のプライマリーケア医に伝えたいこと
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FHSの教訓は3大危険因子の克服
FHSから私たちが学んだことは,高血圧,高コレステロール血症,低HDL-C,肥満,糖尿病といった重要な危険因子が心血管疾患に及ぼす影響です。
危険因子と心血管疾患の発症との相関関係は米国で検証されただけではなく,他の国や地域でも確認されました。心血管疾患の罹患率が米国とは異なる国もありますが,危険因子との関連,特に3大危険因子(高血圧,高コレステロール血症,喫煙)はどの国においても危険因子であることが立証されました。喫煙をやめ,生活習慣の改善や治療で3大危険因子をコントロールできれば,心血管疾患の90 %近くを抑制できると考えています。
日本はまだ喫煙率が高いと聞いていますが,喫煙ほど疾病のリスクを高めるものはなく,その治療費を負担するのは社会なのです。今や高コレステロール血症や高血圧を治療することは難しいことではなくなりました。治療のベネフィットは心疾患や脳卒中のリスクを低減させるという点で絶大です。
日本では米国に比べ高血圧患者が多く,あまり積極的に治療されていません。また,食事が米国のスタイルに近づきつつありますので,脂質異常症の同定と治療も重要です。これらに対する対策を行えば,心血管疾患を予防できるはずです。
治療コンプライアンスを上げるためのFHS Risk Score
危険因子を有している無症候の患者をなぜ治療するのか。
心血管疾患の発症を予防したいからです。
重要なのは,患者一人一人のリスクの大きさに合わせた治療をするということです。治療は高価な場合もありますし,副作用の可能性もありますから,患者のリスクに応じて治療戦略を決めなくてはなりません。その判断の手助けになるよう,心血管疾患の発症リスクのある患者をスクリーニングできるようにと長年かけて作成した発症予測式がFHS Risk Scoreです。
患者の年齢,性,総コレステロール,HDL-C,LDL-C,血圧,降圧薬の服用の有無,糖尿病および喫煙の有無という危険因子をスコア化して統合し,10年後の冠動脈疾患(CAD)の発症リスクを予測するものです。(Circulation. 1998; 97: 1837-47. )
医師にとっては患者のリスク度を同定し,どの時点でどの危険因子の治療を開始するかを判断するのに極めて有用で,患者にとってはまだ症状のない時点に服薬することへのモチベーションを上げるのに役立ちます。つまり,FHS Risk Scoreは心血管疾患を予防するための患者,医師双方に有用なツールなのです。
若い世代への危惧
日本にはファーストフードの店が多く,若者が長い行列を作っているのも見ました。現在の日本の食生活は大きく変化し欧米化しています。
日本人,ハワイ日系移民,サンフランシスコ日系移民を比較したNI-HON-SANという研究があります。コレステロールレベルと虚血性心疾患のリスクは,日本に住んでいる日本人が最も低く,最も高かったのがサンフランシスコに住む日系人で,ハワイに住む日系人が中間でした。そして,この結果には移住した際に起こった食生活の変化が関連することが分かりました。
日本における食事の変化により,若い世代での動物性脂肪や脂肪摂取量,飽和脂肪酸,トランス脂肪酸の増加の影響が今後出てきて,NI-HON-SAN研究のアメリカに移住した日系人でみられたように,虚血性心疾患が増加する可能性があるのです。日本人が食の欧米化の代償を今後支払っていかなくてはならないのは明らかです。また若い世代でも喫煙率が高いと聞きました。日本の若い世代は数十年前と比べ大きく変化していますから,注意してみていく必要があります。
米国での変化
FHSや米国全体で観察されていることの一つは,心血管疾患の危険因子の多くが正しい方向に改善されつつあるということです。FHSでも国全体でもコレステロールレベルは下がり続けています。これは,米国の食事内容の変化や薬物治療を受ける人が増えてきたこととも関係があります。血圧についても同様のことが言えます。加えて,他の危険因子も変化しています。米国では効果的な対策により喫煙率が劇的に低下しました。米国は外国に悪い習慣をもたらしたのかもしれませんが,功を奏している施策もあります。日本や他の国でも対策の時を迎えていると思います。
日本のプライマリーケア医に伝えたいこと