[学会報告・日本高血圧学会2015] シンポジウム「国民の血圧低下のためのポピュレーション戦略」,久山町研究,吹田研究,高畠研究ほか

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第38回日本高血圧学会総会は,2015年10月9日(金)~11日(日)の3日間,愛媛で開催された。ここでは,シンポジウム,ならびに学会で発表された疫学研究の一部を紹介する。


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<シンポジウム2 「国民の血圧低下のためのポピュレーション戦略」(10月9日)より>

Keynote Lecture: 集団の血圧低下のための食習慣改善の役割

Lawrence J. Appel氏 発表者:
Lawrence J. Appel氏 (ジョンズホプキンス大学ウェルチ予防疫学臨床研究センター)

血圧低下のためのポピュレーション戦略
今日,高血圧は,先進国のみならず低・中所得国を含めた世界規模での公衆衛生学的な課題となっている。一般に疾患予防のための対策として,リスクの高い人にのみ介入するハイリスク戦略と,集団全体に介入するポピュレーション戦略の2つが挙げられるが,高血圧のような有病率の高い疾患には,以下のような特徴をもつポピュレーション戦略が適していると考えられるpubmed

  • 集団としてのメリットが大きい: 収縮期血圧(SBP)の平均値が3 mmHg下がるだけで,脳卒中は8%,冠動脈疾患は5%,全死亡は4%低下する
  • 行動学的に望ましい: 減塩が当たり前の社会になれば個人の努力は不要になる
  • 本質的な対策である: 高血圧が多い理由そのものを排除しようとする

ただし個人が得るメリットは小さいため,本人も医療従事者もモチベーションを保ちにくいという短所はある。また,成果としての血圧低下は集団全体に一様に起こるとは限らない。もともと血圧が高い人にくらべると,SBPが110~120 mmHg前後の人では低下幅が小さく,メリットも少ないとの指摘があるpubmed

ナトリウム摂取量抑制と包括的な食習慣改善の両方が大切
食習慣の改善は重要なポピュレーション戦略の1つである。血圧低下に関しては,これまでの研究から,塩分やナトリウム(Na)の摂取抑制,カリウムの摂取増加,飲酒量の適正化,体重の適正化や特定の食事(DASH食や菜食)などによる有効性が示されている。無作為化比較試験であるDASH-Sodiumからは,一般的な食事とDASH食のそれぞれについて,含まれるNa量を3段階(1500,2400,または3300 mg/日)に設定した計6群間でSBP値を比較した結果,Na量1500 mgのDASH食群では,3300 mgの一般食群にくらべて30日間の介入後のSBPが8.9 mmHg低かったことが報告されておりpubmed,血圧低下のためにはNa摂取量抑制と包括的な食習慣改善のどちらも重要であることが示唆された。2013年の米国の検討では,Na摂取量が1年あたり4%低下すれば,低く見積もってもその後10年間で27万4000人の全死亡および3万人の脳卒中死亡を抑制できると推算されておりpubmed,脳卒中の多い日本ではさらにベネフィットが大きい可能性が高い。なお興味深い検討として,Na総摂取量に占める加工食品由来のNaの割合を4か国間で比較したところ,中国とは大きく異なり,日本,英国および米国ではNa摂取量の大部分が加工食品由来であったことが報告されている(INTERMAP研究: 抄録へ)。

加齢に伴う血圧上昇は,子供のときから始まっている
高血圧発症をひきおこすもっとも重要な生命現象といえるのが,加齢に伴う血圧上昇である。これは人種に関わらず観察される現象で(塩分摂取量が極端に低いブラジルのヤノマミ族などを除く),上昇率は1年あたりSBP+0.6 mmHgと緩慢ではあるもののpubmed,この上昇をわずかでも遅らせることができれば集団へのインパクトは大きい。DASH-Sodiumの追跡研究では,Na量1500 mgのDASH食を30日間継続した群では,3300 mgの一般食群でみられたような,年齢が高いグループほどSBPが高いという現象が観察されなかったことからpubmed,加齢に伴う血圧上昇を抑制するためには,食習慣改善が有用である可能性がある。じつは,この現象は子供でもみられるpubmed。とくに出生25週後までの低Na調整ミルク摂取が15歳時の血圧低下(vs. 通常の調整ミルク)をもたらしたとするGeleijnseらの報告pubmedは,早期の減塩がその後10数年にもわたって血圧値に影響を及ぼすという「記憶効果(memory effect)」を示唆するものである。

減塩に向けた取組みへの成功例と障壁
フィンランドは,1978年から開始された国をあげての減塩施策が,2002年までに約6 g/日の塩分摂取量低下,ならびに脳卒中死亡率の顕著な低下をもたらした成功例として知られるpubmed。英国でも,2003年に9 g/日超だった塩分摂取量が2011年までに約8 g/日に低下。しかし米国では,研究活動への財政的支援や減塩政策に加え,州・地域単位の取組みも着実に継続されている一方で,商業利益の観点から商工会議所や米国塩協会の反発が根強く,減塩の達成度ではむしろ世界に後れをとっているのが現状である。

また,一部の研究から塩分摂取量と全死亡や心血管疾患リスクとのJ字型の関連が指摘されるなかで,米国心臓協会(AHA)は2014年,Na摂取量と心血管疾患との関連をみたコホート研究26件の多くに方法論的な疑義がみとめられたとの科学的勧告を発表pubmed。Na摂取量を評価する際の系統誤差,因果の逆転や残存リスクの可能性,不十分な統計学的調整など,多岐にわたる問題を指摘した。

結論

  • 血圧低下のためには,減塩と包括的な食習慣改善の両方に取り組む必要がある。
  • 加齢に伴う血圧上昇は子供でもみられる。これまで考えられていたよりもはるかに早期からの生活習慣改善が重要である。
  • 血圧高値の蔓延とそれによる心血管疾患発症・死亡状況,また減塩に伴うこれらの抑制のベネフィットから,今後,高血圧者に対するハイリスク戦略のみならず,非高血圧者も含めた集団全体に対するポピュレーション戦略として,人種・民族・国境を越えて減塩を推し進める努力が求められる。
  • 減塩の大きな障壁となっているのが商業利益の問題であり,いまだ努力の余地は大きい。

1. エビデンスに基づく高血圧対策のためのポピュレーション戦略

岡村 智教氏 発表者: 岡村 智教 氏 (慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学)

健康日本21:行政主導型のポピュレーション戦略
「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」は,健康増進法に基づいて厚生労働省が策定した行政主導型のポピュレーション戦略。現在,2013~2022年の10か年計画として,以下の(1)から(3)へと進む3層構造をもつ「健康日本21(第2次)」が進行中である。
 (1)生活習慣など(例: 食事や運動,飲酒,服薬)の改善
 (2)危険因子(例: 高血圧)の低減
 (3)循環器疾患の予防
そこで,高血圧対策を例にとって,(1)から(2)を介した,(3)に対する効果を推計した。

生活習慣改善による血圧低下や循環器疾患予防効果の推計
高血圧対策のために改善すべき生活習慣として,これまでにエビデンスがある程度確立している3分野(栄養・食生活,身体活動・運動,飲酒)の評価指標について,それぞれ既存の知見に基づく目標値が達成された場合,ならびに,ある意味で生活習慣の一環とも考えられる高血圧者中の降圧薬服用の割合が10%増加した場合に期待される集団の平均収縮期血圧(SBP)値への影響を推計した結果は以下のとおりで,合計で約4 mmHgの低下が期待されることになる。とくに栄養や運動については,特定の高リスク者だけではなく集団全員に対する戦略であるため,一見緩やかな目標であっても,達成された場合の血圧低下幅が大きいことがわかる。

  • 食塩摂取量(1日あたり): 現状10.6 g→目標8 g(2.6 gの低減)によって,2 mmHg低下
  • 野菜および果物の摂取量(1日あたり): 野菜は現状282 g→目標350 g,果物100 g未満の割合は現状61.4%→目標30%によって,カリウム(K)摂取量4.43 mmol増加を介して0.22 mmHg低下
  • 歩数(1日あたり): 現状から約1500歩の増加によって,1.0~1.5 mmHg低下
  • 多量飲酒(男性でアルコール40 g/日以上): 現状15.3%→目標13%によって,男性で0.12 mmHg低下
  • 降圧薬服用率: 現状から10%の増加によって,0.17 mmHg低下

次に,この平均SBP値低下による循環器疾患死亡率への影響について,国内の疫学コホート研究のメタ解析EPOCH-JAPAN(研究紹介ページへ)の当時のデータベースにおける,10コホート6.7万人の10年間の追跡データを用いて検討した(抄録へ)。4 mmHgというのは,個人の血圧値であれば臨床的には誤差の範囲内ともいえる低下幅だが,集団の平均SBP値が4 mmHg低下すれば,脳血管疾患死亡率が男性9%,女性8%減少するとともに,虚血性心疾患死亡率がそれぞれ5%,7%減少すると推計された。

企業における血圧低下のためのポピュレーション戦略
以上のように,ポピュレーション戦略がうまくいけば集団のリスクを効果的に低減できると考えられるが,実践は決して容易ではない。具体例として,循環器疾患予防を目的とした生活習慣改善プログラムの効果を検討するHIPOP-OHP研究(事業所単位で介入群と対照群を設定: 研究紹介ページへ)では以下のような介入が行われている。

  • 栄養・食生活: 社員食堂における健康・栄養一口メモの設置,減塩醤油さし・1滴ずつ出る醤油さしの設置,具だけすくえる穴あきレンゲの導入,味噌汁の塩分濃度の抜き打ち測定,下膳時のつゆ・スープの残量調査など
  • 身体活動・運動: 歩数計の配布,身体活動状況を記録し競い合うキャンペーンの実施,企業敷地内への遊歩道の設置など
  • 禁煙: 分煙スペースの設置など

こうした介入の結果としての血清脂質値や禁煙率の改善についてはすでにいくつか報告しているが(pubmed抄録へ),介入期間が終了するとすぐに介入前の状態に戻ったり,社員食堂で昼食時だけ節制しても帰宅後の夕食ではそれを守れない人が多かったり,結果としての血圧値の低下幅はそれほど大きくなかったりと,職場のみでの減塩介入ではモチベーションの維持が難しいことも示唆された。

結論
わが国の循環器疾患予防の観点からもっとも優先されるべきと考えられる高血圧対策に関して,ポピュレーション戦略は集団のリスク低減に有効と考えられるものの,具体的な手法はまだ確立されていないのが現状である。HIPOP-OHP研究における事業所単位での介入は先駆的な試みの一つだが,一定の効果とともに課題も指摘された。今後,職場だけでなく地域や家庭ぐるみでの効果的なポピュレーション戦略を確立していくために,引き続き研究や行政施策の実施が求められる。

2. 政策としてのポピュレーション戦略: 栄養政策からのアプローチ

河野 美穂氏 発表者: 河野 美穂 氏 (厚生労働省健康局健康課栄養指導室)

健康日本21では社会環境の改善も重視
「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」の第2次では,国民の健康を増進するための基本的な方向として,生活習慣の改善とともに「社会環境の改善」を重要視している点が大きな特徴といえる。そこで,栄養・食生活分野における具体的な目標設定や取組みの一部について紹介する。

まず食生活について,改善の指標として掲げられているのは適正体重の維持,適切な量と質の食事(主食・主菜・副菜がそろうバランスのよい食事,食塩摂取量の減少,野菜・果物摂取量の増加),および共食(1人で食べる子供を減らす)である。このうち食塩については,2010年の摂取量10.6 gを2022年までに8 gに減少させることを目標としている。最新の「日本人の食事摂取量基準」(2015年版)では,食塩の目標量はこれまでよりさらに低い男性8 g未満,女性7 g未満とされた。

はじめて企業との協同を盛り込んだ目標が掲げられた
一方,社会環境の改善として位置づけられる指標は以下の2つ。

  • 食品中の食塩や脂肪の低減に取り組む食品企業・飲食店の増加
  • 利用者に応じた栄養管理を実施している給食施設の増加

このように企業との協同を盛り込んだ目標が掲げられたのは,今回の健康日本21(第2次)が初めてである。その一環として推進されているのがスマート・ライフ・プロジェクトで,健康づくりに取り組む企業・団体・自治体の支援を通じて社会全体としての国民運動に発展させることを目的としている(ウェブサイトへ)。2012年からは,とくに優れた取組みを表彰する「健康寿命をのばそう!アワード」も実施されており,第1回の企業部門優良賞には,かまぼこ会社の「おいしい減塩商品の開発と積極的販売活動の推進」が選ばれた。今後,さらに質の高い取組みを行う企業の参画を目指し,「食品中の食塩や脂肪の低減に取り組む企業」としての具体的な登録要件を2015年度中に定める予定である(2015年10月現在は要件なし)。

学術的な立場からの同様の推進活動として,日本高血圧学会の減塩委員会「JSH減塩食品リスト」がある(pdf)。単純に食塩の量を減じるのではなく,対照品(通常品)に比して20%以上の減塩を達成していることや,対照品と同等以上のおいしさを求める掲載要件を定めることにより,質の高い減塩食品を紹介するものとなっている。

なお2015年4月より,食品表示法に基づく加工食品への栄養成分表示において,ナトリウム量を食塩相当量に換算して表示することが義務化された。5年の経過措置期間を経て,2020年にはすべての加工食品に食塩含有量が明記されることになる。

シンボルマーク
図 主食・主菜・副菜を組み合わせた食事推奨のシンボルマーク

外食や中食でも健康的な食事の普及を
外食率や食の外部化率が進む現在,外食や中食(なかしょく)における「健康な食事」の普及も重要な課題となっている。厚生労働省では,生活習慣病予防や健康増進を目的として提供する食事の目安(例: 主食・主菜・副菜がバランスよく含まれるよう,一食ごとの具体的な提供量を記載,pdf)を作成し,その普及について自治体などに通知するとともに,バランスのよい食事を推進するためのシンボルマークを策定した(図)。今後,外食・中食産業も含めた健康な食事提供の試みに対し,消費者の利用が具体的にどのように進むかの検証を加えつつ,取組みを進めていくことになる。

結論
健康日本21(第2次)では,生活習慣の改善とともに社会環境の改善を重視した計画策定が行われた。行政の立場から,国民へのアプローチとして引き続き食生活の改善を推進するとともに,食品・外食関連産業を含めた社会全体へのアプローチについても重点的に取り組み,さらなる食環境の整備に努めたいと考えている。

3. 国民の減塩のための食品産業の取組み

小澤 真氏 発表者: ヤマキ株式会社・小澤 真 氏

日本人の食塩摂取の現状
2013年の国民健康・栄養調査における食塩摂取量は,男女や年齢層を問わず,最新の目標摂取量(日本人の食事摂取量基準2015年版)にはほぼ達していない。2011年の食塩の用途別需要量をみると,食品用途で用いられた塩のうち,家庭や飲食店での調理用は2割弱であり,加工食品の製造用が残りの8割強を占めていた(カレントテラピー. 2013; 31: 1060-6.)。すなわち,調味料や加工食品中の減塩は,減塩に向けたポピュレーション戦略の重要なポイントとなる。そのようななかで,海産乾燥物(鰹節,煮干し)や加工調味料(めんつゆ)などを製造する企業の視点から,現在の課題と取組みについて紹介する。

食品産業に携わる立場からみた課題
大きな課題の1つが,食塩のとりすぎに対する関心の低さである。「高血圧になったら減塩すればよい」という誤った認識をもつ消費者は多い。普段の食生活の影響や加齢によって徐々に血圧が上昇し,結果として高血圧が発症するということを食品産業側も十分に伝えてこなかった面がある。また,減塩食品に対するネガティブなイメージも根強い。減塩に関心のある人でさえ,単に塩の量を減らしただけのおいしくない減塩食品を食べた経験や,味がうすいという先入観から,減塩食品を敬遠しがちである。現在は受動的・ネガティブにとらえられがちな「減塩」という行動を,今後,よりポジティブなライフスタイルとして位置づけられるようになることが望まれる。

以上のような理由から,減塩食品の市場は顕在化しにくい。全国のスーパーマーケットの売上データ(2012年)をみると,減塩タイプの商品の占める割合は,食塩で4%,だしの素で9%,醤油で16%,味噌で7%,つゆで2%と,前年にくらべると増加傾向にはあるものの,いまだ低いといわざるをえない。

おいしくなった減塩食品をどうアピールし,消費者の目にふれるようにするか
現在,減塩商品の味はさまざまな技術や工夫によってかなり改善されている。たとえばヤマキ株式会社の「減塩だしつゆ」では,通常商品の「濃縮つゆ」(同量に希釈後)に含まれるナトリウム塩の50%をカリウム塩に置き換え,さらにポリグルタミン酸を用いることでカリウム特有の後味のえぐみをカバー。次なる課題は,そのおいしさをどのように消費者に伝えるかである。たとえば,「減塩だしつゆ」のような直接的な商品名の場合,減塩食品であることは非常にわかりやすいが,おいしくないという先入観がハードルとなって購入に結びつきにくい。反面,「おいしいだしつゆ・塩分控えめ」といった婉曲的な商品名の場合は,高血圧ではない人にも使ってもらえる可能性が高いものの,減塩食品を求める人にはそれとわかりにくい。

減塩商品が店頭に並び,消費者の目にとまることも重要である。しかし減塩商品の製造コストは通常商品の1.2倍以上と高く,販売価格差は約1.4倍にもなる。なかなか購入に結びつかないと,結果として店頭での取扱率が低くなってしまう。

企業や産官学の垣根を越えて市場を盛り上げていく試み
最近,テレビ番組での特集なども受け,消費者の関心とともに減塩商品の販売実績も徐々に伸びてきてはいるが,今後さらに市場を盛り上げていく必要がある。企業や産官学の垣根を越えて協同する取組みの具体例をいくつか挙げる。

  • 2012年の第35回日本高血圧学会総会の会場となったホテルの日本料理店では,学会をきっかけに市販の減塩商品も活用した松花堂弁当タイプの減塩定食が登場。2013年にレシピ本「ウェスティンナゴヤキャッスルの減塩松花堂」(女子栄養大学出版部)が出版された。
  • ウェスティンナゴヤキャッスルと,スーパーマーケットなどを擁するユニー株式会社により,種々の減塩商品を使った料理の調理実演・試食や,減塩を学ぶクイズ大会からなるイベントが2014年に開催された。
  • 現在,玉石混交といってよい減塩食品に対し,一定の味覚品質と表示の正しさを保証する基準が整備されつつある。その1つである日本高血圧学会のJSH減塩食品リストでは,2015年6月現在,掲載基準をクリアした22社の88商品を紹介(小売価格ベースで約250億円規模)。2015年からは「JSH減塩食品アワード」も開始され,ヤマキ株式会社の「減塩だしつゆ」を含む10社の18賞品が金賞を受賞した。
  • スーパーマーケット「アピタ」の店頭では,JSH減塩食品アワード受賞商品を中心に,減塩商品をまとめて陳列し,消費者にアピールする試みが行われた。

結論
わが国の減塩に向けたポピュレーション戦略の重要なポイントの1つが加工食品である。さまざまな減塩商品が登場し,以前より味も格段に改善しているものの,いまだ味覚品質や表示の正確さの点では玉石混交の状況であり,消費者の認識や関心も十分とはいえない。今後,一企業としての販売戦略の工夫だけでなく,分野をまたいだ複数の企業や産官学の協同によって市場を盛り上げ,減塩をさらに推進するべく努力を続けたい。

4. クローズアップ現代「道は険しい? “減塩社会”への挑戦」を制作して

阿部 公信氏 発表者: 阿部 公信 氏 (日本放送協会制作局 第1制作センター 経済・社会情報番組部ディレクター)

減塩をテーマとした番組を制作した意図
2014年9月に放送された報道番組「クローズアップ現代」の『道は険しい? “減塩社会”への挑戦』制作のきっかけは,来たる2015年に「日本人の食事摂取基準」改訂で食塩摂取の目標量が厳格化されることを受け,減塩をめぐる社会的状況に興味をもったことであった。番組で使用した,(1)現状・課題,および(2)それに対する取組みに関する映像とともに,取材時の実感などを紹介したい。

【映像1:現状・課題】 埼玉県に住む4人家族の夕食時。夫が健康診断で高血圧と診断されて以来,妻は調味料を以前の半分近くに減らすなど減塩の工夫をしてきたが,この日の夕食(ごはん,味噌汁,パスタサラダ,ソーセージ,かぼちゃの煮物)に含まれる塩分を測定してみると,夫の予想(約4 g)より多い5.8 g。日本高血圧学会が高血圧患者に推奨する1日6 g未満にこの食事だけでほぼ達してしまう。注意しているはずなのに塩分が十分減らせていない理由は,調理に使った食塩(0.7 g)というより,調味料(醤油とマヨネーズに含まれる計2.4 g)や加工食品(ハムとソーセージに含まれる計2.7 g)のほうにあった。このように,日本人がとっている塩分の約7割以上が調味料や加工食品に含まれることがわかっており,家庭での食事にこれらを使う以上,十分な減塩をするのは難しいのが現状である。
 一方,ある大手調味料メーカーでは,おいしさを損なわない減塩商品の開発に積極的に取り組んでいる。たとえば塩分量を従来の半分にした商品では,塩味を塩化カリウムで補い,その独特のえぐみに対しては食品添加物(ポリグルタミン酸)を使用。減らした塩分を補うために食塩より高価な材料を使うことになるため,製造コストがかさみ,販売価格を高くせざるをえない。結果,減塩商品の市場規模は低カロリー商品の約1/8にすぎないなど,消費者の支持を十分に得られていない。

以上の取材のなかで感じたのは,減塩には切迫感がないということだった。摂取エネルギーの場合は太ったりやせたりに直結するわけだが,減塩は基本的に外見には影響しない。減塩に向けた食品メーカーのさまざまな努力が必ずしも消費者に届いていない現状がみてとれたが,「医師からとくに健康問題を指摘されていない独身男性」という自分自身の立場を考えると,実際に減塩は決して身近な話題とはいえない。こうした現状を打開するアプローチを求めて取材した結果,英国では社会全体で取り組むポピュレーション戦略をいち早く取り入れ,結果に結びつけていることがわかった。

英国では業界の自主的な取組みが大きな成果をもたらした

【映像2:課題に対する取組み】 ロンドン市内のスーパーには,日本の商品にくらべて減塩された,食パンやケチャップなどの加工食品が数多く並んでいる。こうした減塩商品の普及は,実は国民が気がつかないうちに進んでいた。当初,国民の健康増進と医療費削減を狙って英国政府が定めた食品85品目ごとの具体的な減塩目標値に対し,食品業界は消費者離れを懸念。そこで科学者団体が「時間をかけて,消費者が気づかないくらい少しずつ,段階的に減塩する」ことを政府に提案した。このアイディアに多くの業界団体が賛同し,各メーカーが足並みをそろえて取り組んだ結果,目標は次々と達成され,医療費も1年あたり約2600億円削減された。科学者団体は「製造する食品中の塩分を少し減らすだけでここまで医療費を削減できるのだから費用対効果はすばらしい。食品業界には,自分たちのつくった食べ物で国民が健康的に暮らせるようにするという,企業としての社会的責任があると思う」と語る。

 現在の日本では,減塩に取り組む企業もあればそうでない企業もあり,努力して取り組んでも売上につながらなければ,その企業が馬鹿をみることになってしまう。これに対して英国の取組みでは,減塩目標値などはあくまで努力目標で罰則規定もなかったが,業界団体が政府の方針に共感し,自主的に取り組んだことが大きな成果をもたらした。同じことが日本でもできるだろうか。今回のような報道番組での特集は,放映直後には大きな話題を呼ぶ効果があるが,その後,時間とともに徐々に視聴者に忘れられてしまう面もある。公共放送の立場から,単に番組を制作するだけでなく,社会を巻き込む大規模な減塩キャンペーンに広げていくなど,継続的に貢献できることがあればと考えている。

<口演・ポスターセッションより>

[久山町研究] 家庭血圧の日間変動の増大は,血管性認知症およびアルツハイマー病の独立した危険因子

発表者: 九州大学・大石 絵美 氏 (10月10日,若手企画シンポジウム2)
  目的: 家庭血圧測定によって評価した血圧日間変動性と認知症発症リスクとの関連を検討。
  コホート・手法: 久山町研究。2007~2008年に健診を受診した60歳以上の1674人を5年間追跡。血圧変動性の指標として収縮期血圧(SBP)の変動係数(CV)を用い,28日間にわたって測定した家庭血圧値のCVの四分位(Q1: 1.2%以上5.1%未満,Q2: 5.1%以上6.2%未満,Q3: 6.2%以上7.6%未満,Q4: 7.6%以上17.6%未満)に対象者を分類した。(久山町研究へ
  結果: 家庭SBPのCVが増大するほど,認知症発症の多変量調整ハザード比(調整因子に家庭SBPを含む)が有意に上昇するとともに,Q1に比してQ4(変動性がもっとも大きい)ではハザード比が有意に高かった。この結果は,病型(血管性認知症/アルツハイマー病)別にみても同様であった。家庭SBP(135 mmHg以上または降圧薬服用[高血圧]/135 mmHg未満)および家庭SBPのCV(Q1~3/Q4)の組合わせごとに多変量調整ハザード比(vs. 「135 mmHg未満+Q1~Q3」)を比較すると,血管性認知症については,家庭SBP高血圧かつ血圧変動が大きい群でのみ有意なハザード比の増加がみとめられたが,アルツハイマー病については,家庭SBP高血圧の有無にかかわらず,血圧変動の大きい群でハザード比の有意な増加がみられた。
大石 絵美 氏 大石絵美氏のコメント
今回の検討では,血管性認知症の発症には血圧レベルの上昇と血圧変動の増大が関与していましたが, アルツハイマー病の発症には血圧レベルにかかわらず, 血圧変動の増大が密接に関連していました。機序として,(1)血圧変動が直接作用として脳の構造変化をもたらす可能性,(2)加齢や糖尿病などによる脳の構造変化が血圧変動を引き起こす可能性の2つが考えられます。いずれにおいても家庭血圧の日間変動の増大は認知症発症の有意な危険因子であり, その機序については今後さらなる検討が必要であると考えます。


[久山町研究] 臥位高血圧は心血管疾患および脳卒中の危険因子

発表者: 九州大学・坂田 智子 氏 (10月10日,高得点演題2[疫学]セッション)
  目的: 臥位での血圧値を用いて診断した高血圧や,座位と臥位での収縮期血圧(SBP)の差と心血管疾患(CVD)発症リスクとの関連を検討。
  コホート・手法: 久山町研究。1988年に健診を受診した40歳以上の2634人を24年間追跡。(久山町研究へ
臥位(仰臥位)および座位での高血圧(≧140 / 90 mmHg)の有無により,高血圧なし(57.1%)(対照)/臥位高血圧(5.3%: 臥位測定でのみ高血圧)/座位高血圧(7.4%: 座位測定でのみ高血圧)/両体位高血圧(30.2%)の4群に対象者を分類。
  結果: 高血圧なしに対するCVD発症の多変量調整ハザード比は,臥位高血圧および両体位高血圧でいずれも有意に高くなっていた。CVDの内訳をみると,脳卒中については臥位高血圧および両体位高血圧,虚血性心疾患については両体位高血圧でのみ有意に多変量調整ハザード比が高かった。年齢層(65歳以上/未満)および糖尿病の有無ごとに脳卒中発症との関係をみても,臥位高血圧はいずれの群でも有意に発症リスクが高かった。体位による血圧差(臥位SBP-座位SBP)とCVD発症との関連をみると,臥位SBPがより大きいカテゴリー(≧20 mmHg)で,もっとも差の小さいカテゴリー(-9~9 mmHg)に比して有意に多変量調整ハザード比が高くなっていた。
坂田 智子 氏 坂田智子氏のコメント
今回の検討では,臥位高血圧は心血管疾患,とくに脳卒中発症の有意な危険因子でした。この機序として,臥位高血圧が加齢や糖尿病などの潜在する病態に伴う自律神経障害を反映している可能性があります。そのため層別解析も行いましたが,臥位高血圧を有する人では,年齢層や糖尿病の有無を問わず脳卒中の発症リスクが高くなっており,他の潜在的病態が関与しているのかもしれません。このように,臥位での血圧測定は,座位血圧だけでは評価しきれない病態の把握に有用である可能性があります。


[高畠研究] 糖尿病を合併していても,正常高値血圧者の脳梗塞発症率は至適血圧+正常血圧者と有意差なし

発表者: 山形大学・渡邊 哲 氏 (10月9日,ポスター)
  目的: 糖尿病を合併した高血圧患者における降圧目標値(収縮期血圧[SBP])について,最近の欧米のガイドラインでは,ADA(2015年pubmed),ESH/ESC(2013年pubmed)とも140 mmHg未満に緩和されたが,わが国の『高血圧治療ガイドライン2014』では,引き続き130 mmHg未満と厳格な管理が推奨されている。そこで,地域一般住民を対象に,正常高値血圧(SBP 130~139 mmHg)が脳梗塞発症と関連するかどうかを糖尿病の有無ごとに検討した。
  コホート・手法: 高畠研究。2004~2006年に健診を受診した40歳以上の3508人を約10年間(中央値3397日間)追跡。(高畠研究へ
  結果: 糖尿病有病者は369人(11%)。高血圧は,多変量調整後も脳梗塞発症のオッズ比との有意な関連を示したが,糖尿病と脳梗塞との関連は,多変量調整を行うと有意ではなくなった。対象者のSBP値を用い,『高血圧治療ガイドライン2014』に基づく4つの血圧カテゴリー(至適血圧[対照]/正常血圧/正常高値血圧/高血圧)間で脳梗塞の発症率を比較したところ,高血圧群では有意に発症率が高かったが,正常高値血圧群では対照との有意差はみられなかった。この結果は,糖尿病有病者と非有病者のそれぞれについて行った解析でも同様であった(糖尿病有病者では至適血圧群における脳梗塞の発症がなかったため,至適血圧+正常血圧を対照とした)。
渡邊 哲 氏 渡邊哲氏のコメント
糖尿病有病者における降圧目標値について,介入を受けていない地域一般住民を対象とした検討を行いました。その結果,糖尿病有病者であっても,正常高値血圧者における脳梗塞の有意な増加はみられませんでした。糖尿病を合併した高血圧患者の降圧目標値が,欧米のガイドラインで推奨されている140 mmHg未満でよいことを裏付ける結果であったと考えられます。


[吹田研究]禁煙者では,禁煙直後の体重増加を介して高血圧リスクが増加する可能性がある

発表者: 国立循環器病研究センター・岸田 真嗣 氏 (10月9日,一般口演)
  目的: 都市部一般住民を対象に,喫煙習慣の変化と高血圧発症リスクとの関連を検討。
  コホート・手法: 吹田研究。1989~1992年に健診を受診した30~69歳の6485人のうち,1994~1997年の追跡健診を受診した2458人(平均3.7年間追跡)。(吹田研究へ
ベースラインおよび追跡健診時の喫煙習慣により,対象者を4つのカテゴリー(非喫煙継続者/喫煙開始者[非喫煙→喫煙]/禁煙者[喫煙→非喫煙]/喫煙継続者)に分類した。
  結果: 高血圧発症の多変量調整オッズ比は,非喫煙継続者(対照)に比して,喫煙開始者および喫煙継続者では有意差がなかったが,禁煙者では有意に高くなっていた(性別,追跡期間中の飲酒習慣の変化,年齢,BMI,血清クレアチニン値で調整)。ただし,さらに追跡期間中のBMIの変化量を調整因子として加えた解析では,禁煙者におけるオッズ比は有意ではなくなった。
岸田真嗣氏のコメント
喫煙は一過性に血圧を上昇させることが知られていますが,血圧に対する喫煙の慢性的な影響に関してはよくわかっていません。そこで,喫煙習慣の変化と高血圧発症との関連について,都市部一般住民を対象とした吹田研究のデータを用いて解析を行いました。その結果,禁煙者では禁煙後の体重増加が高血圧発症リスクの上昇に強く関与していることが示されました。喫煙者が禁煙に至った場合は,禁煙後の体重増加を予防することで,高血圧の予防につながる可能性が示唆されました。





[特定健診受診者48587人]長期的な血圧変動性が大きいほど,血圧値とは独立にCKD発症リスクが増加

発表者: ノースウエスタン大学・矢野 裕一朗 氏 (10月9日,YIA発表会)
  目的: 大規模な日本人一般住民集団において,長期的な血圧変動性の増大が腎機能低下や糖尿病および慢性腎臓病(CKD)の新規発症リスクと関連するかどうかを,血圧値および種々の代謝マーカーの関与も含めて検討。
  コホート・手法: 13都道府県において,2008~2011年にかけて特定健診を受診し,(1)糖尿病とCKDのいずれももたない,(2)毎年の血圧値,ならびに2008年と2011年の推算糸球体濾過量(eGFR)が得られている,の両方を満たす40~74歳の48587人(2008~2011年厚生労働省科研費補助研究・渡辺班)。追跡期間は3年間。
年間(健診受診間)の血圧変動性の指標として,収縮期血圧(SBP)および拡張期血圧(DBP)の標準偏差(SD)とともに,平均血圧絶対値変動*(average real variability: ARV)を用い,それぞれの十分位によるカテゴリーに対象者を分類した(ARVがもっとも小さい十分位: 4 mmHg未満,もっとも大きい十分位: 15 mmHg超)。
*ベースラインから1年目までの血圧変化(mmHg): Δ1,1年目から2年目までの変化: Δ2,2年目から3年目までの変化: Δ3をもとに,ARV=(Δ1+Δ2+Δ3)/3として定義。
  結果: 指標としてSDとARVのどちらを用いた場合でも,年間の血圧変動性が増大するほど,糖尿病発症発症のオッズ比,CKD発症のオッズ比,ならびに3年間のeGFR低下率がいずれも大きくなるという,有意な関連がみとめられた(性,年齢およびベースラインのSBPで調整)。CKD発症およびeGFRの低下について,調整因子として3年間の平均SBP値を含めた多変量調整を行っても,結果は同様であった。さらにCKD発症について,調整因子として3年間の代謝マーカー(BMI,空腹時血糖値,HDL-C,トリグリセリド)の変化や3年間の平均SBP値を含めた多変量調整を行っても,同様の結果が得られた。以上より,血圧値そのものに加えて血圧変動性を考慮することによって, CKDの高リスク者を早期に発見できる可能性がある。
矢野 裕一朗 氏 矢野裕一朗氏のコメント
今回は特定健診のデータを用い,血圧変動性のスパンとしてはかなり長い「年間変動」を用いて検討した結果,変動の大きい人ではCKDの発症リスクが高くなることが示されました。年1回の健診時の血圧値の動きをどう考えるかという点で,実臨床にも即した検討といえるでしょう。血圧変動性については,それ自体が臓器障害や心血管イベントのリスクなのか,あるいは別のリスクを反映するマーカーなのかという議論が絶えず,とくに今回のような長期的な変動性の解釈は容易ではありません。beat-to-beatや日間の変動とは違って,年間の血圧変動性が血管壁などへの直接的な傷害を及ぼすリスクであるとは考えにくいでしょう。私はむしろ,毎日の生活のなかでの食事や運動,生活習慣,精神的なストレスといったなんらかの負荷,すなわちlifetime stressとでもいうべきものを総合的に反映しているマーカーなのではないかと思っています。たとえば,塩辛いものの好きな人では,経年的に徐々に血圧変動性が大きくなるとともに腎機能も悪化していく,あるいは環境ホルモンに曝露されている人では健康に害が生じる過程で血圧変動性も増大するといった可能性があります。したがって血圧変動性を評価するときには,「血圧値だけからはみえてこない何か」を反映しているかもしれないことを念頭に,何がその変動性をもたらしているのかという背景を考察することが重要と考えられます。このような変動性の要因について明らかにしていくのが次の課題です。
文献情報文献情報 Yano Y, et al. Long-Term Blood Pressure Variability, New-Onset Diabetes Mellitus, and New-Onset Chronic Kidney Disease in the Japanese General Population. Hypertension. 2015; 66: 30-6.pubmed




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