[疫学レクチャー第6回] 牛乳の摂取と全死亡リスク:欧米と日本で異なる関連
【1】
牛乳を多く摂取する人では全死亡・心血管疾患死亡リスクが高く,女性では骨折リスクも増加(スウェーデンの3コホート)
牛乳を月に1~2回以上飲む男性では全死亡リスクが低下(JACC)
― 今回とりあげる2つの文献は,それぞれスウェーデンと日本(JACC)からの報告です。まず牛乳の摂取と全死亡リスクについて,スウェーデンの研究では,牛乳の摂取量が多いと男女とも全死亡・心血管疾患死亡リスクが有意に増加するという結果が報告されました。一方,JACCでは,牛乳の摂取頻度が「月1~2回」とそれ以上の男性では,「飲まない」に対して全死亡リスクが有意に低下し,女性でも「週3~4回」で有意な全死亡リスク低下という,逆方向の結果でした。
磯 死亡リスクが増加したというスウェーデンの研究の結果をそのまま日本人にあてはめて,牛乳の摂取が有害とするのは,適切ではないと考えます。一方で,日本人を対象としてポジティブな結果が得られているJACC研究にも,解釈に注意が必要な点があります。文献を詳しくみながら説明したいと思います。
磯 まず,日本と欧米とでは,そもそも食習慣がだいぶ異なります。
ヨーロッパのように酪農がさかんな地域では,牛乳をそのまま飲むだけでなく,チーズやヨーグルトなどの加工乳製品も頻繁に食べますし,料理にも牛乳をたくさん使います。一方の日本では,JACCのベースラインと同じ1990年当時では,牛乳・乳製品の摂取の92.1%が牛乳として摂取されており,加工や料理に用いるよりもそのまま飲むことが多かったのです。
このような習慣の違いや,欧米には乳糖耐性†をもつ人が多いことなどもあって,牛乳や乳製品の摂取量には日本と欧米でかなり差があります。たとえば,米国の牛乳の摂取量は日本人の約3倍です。今回のスウェーデンの研究でみても,1日1杯(200 g)以上飲む人が全体の6~7割を占めています(表)。日本ではどうでしょうか。今回のJACCでは量ではなく頻度を評価しているため,本邦の別のコホート研究のデータをみてみると(表),牛乳・乳製品の摂取がいちばん多いカテゴリーでさえ,おおむね1日1杯程度かそれ以下であることがわかります1,2)。つまり,欧米と日本での摂取量の分布はほとんど重ならないといってよいくらい,異なっているのです。そのため,スウェーデンの文献の考察にも「今回の結果を他の人種・民族にそのままあてはめられるとは限らない」と明記されています。
牛乳1 Lには,乳脂肪分3.3%であれば約33 gの脂肪が含まれ,その4割程度が飽和脂肪酸とされます。日本人くらいの摂取量ならともかく,スウェーデンの研究でもっとも多いカテゴリーでは,1日に600 g(3杯)以上ですから,毎日,牛乳からだけで11 g程度の飽和脂肪酸をとっているわけです。このことが,血清コレステロール値の上昇や肥満を介して,全死亡のリスク増加に影響している可能性があります。
― スウェーデンのほうでは,牛乳をたくさん飲む人のBMIがやや高くなっているでしょうか。
磯 牛乳をたくさん飲む人の総エネルギー摂取量は高くなっていますが,BMIにはあまり大きな差はありませんね。対象者の半数以上が過体重(BMI≧25 kg/m²)であることにも注目してください。JACCでは平均が23 kg/m²程度です。
†乳糖耐性(lactose torelance): 牛乳に含まれる乳糖(ラクトース)は,乳糖分解酵素(ラクターゼ)によってグルコースとガラクトースに加水分解される。離乳期以降のヒトではラクターゼ活性が減少するが,欧米ではラクターゼ遺伝子の変異によって活性が保たれ,多くが大人になっても乳糖を分解することができる。これを乳糖耐性とよぶ。日本をはじめ,アジアではラクターゼ活性をもたない人の割合が高く,大量の牛乳を摂取すると腹痛や下痢を起こすことがある(乳糖不耐)。
― JACCでは,牛乳を飲む頻度とBMIとの明らかな関連はみられていないですね。さらに対象背景をみると,牛乳をよく飲む日本人は野菜の摂取量も多かったり,定期的な身体活動の割合が高かったり,喫煙率が低かったりと,健康的な集団という側面もありそうです。
磯 昔ながらの伝統的な和食といえば,味噌汁・漬け物・塩蔵品ですが,最近は塩分が少なくて野菜が多いなど,昔よりも健康的な,現代的な和食といえるものにシフトしてきているように思います。そのような食事をしている人が,牛乳や乳製品もある程度とっているのではないでしょうか。
疫学の分野では近年,単一の食品や栄養素に注目するだけでなく,食事パターンの調査・分析も行われるようになってきています。われわれはJACCの別の検討で,因子分析を用いて,対象者における以下の3つの主要な食事パターンを見いだしたことを報告しています3)(抄録へ)。乳製品型はもちろん,野菜型によくあてはまる人でも,牛乳・乳製品の摂取量が多くなっていました。
・野菜型: 鮮魚,野菜,きのこ類,芋類,海草類,豆腐,果物の摂取が多い
・動物性食品型: 肉類,魚,揚げもの/天ぷらの摂取が多い
・乳製品型: 牛乳および乳製品,バター,マーガリン,果物,コーヒー,紅茶の摂取が多い
なお,これらの食事パターンにどのくらい合致するかによって対象者をそれぞれ五分位に分け,全死亡リスクとの関連を検討したところ,食事パターンが野菜型および乳製品型に合致する度合いが高い人では,合致度が低い人にくらべて心血管疾患死亡リスクが有意に低下していました。
― いまの食事パターンの検討3)もそうですが,日本の別のコホート研究からも,牛乳の摂取が心血管疾患系のリスク低下に関連するという報告があります1)(抄録へ)。どうやら日本人の心血管疾患予防にはよさそうという印象ですが,牛乳がリスクを増加させるという報告はあるのですか。
磯 心血管系に関して,牛乳が有害であることをはっきり示した報告はありません。おそらく,本邦の平均的な摂取量の範囲内であれば,メリットのほうが優るのでしょう。逆に今後,食生活の欧米化がさらに進み,牛乳や乳製品の摂取量が欧米並みになれば,摂取量がとくに多い人で心血管疾患リスクが増加してくる可能性も否定できません。
― 牛乳の摂取は,どのようなメカニズムで心血管系のリスク低下をもたらすのでしょうか。
磯 JACCからは,乳製品由来のカルシウム(Ca)摂取量が心血管疾患死亡,とくに脳卒中死亡リスクと負の関連を示すことを報告しています4)(抄録へ)。わが国の多目的コホート研究(JPHC)でも同様の結果が得られています5)(抄録へ)。Caには,腎臓からのナトリウム排泄を促す作用がありますから,塩分の摂取量の多い日本人において,血圧低下作用を介して脳卒中を予防する方向にはたらいたものと考えられます。また,とくに脳梗塞の予防について,Caの血小板凝集抑制作用が関与する可能性も指摘されています。
一方で,このどちらの研究でも,Caと冠動脈疾患との関連はみとめられませんでした。冠動脈疾患には,血圧以外にも喫煙,脂質異常症や糖尿病などが影響するためと考えられます。今回とりあげた2つの研究ではいずれも総コレステロール値との関連は検討されていませんが,過去の研究からは,日本でも欧米でも,牛乳を多く摂取する人では総コレステロール値が高い傾向がみられています1,2,6)。
乳脂肪の摂取に関しては,客観的な評価が可能である乳製品由来脂肪酸の血中レベルを用いて,心血管疾患発症リスクとの関連を検討したMulti-Ethnic Study of Atherosclerosis(MESA)の報告があり,ペンタデカン酸(15:0)の血中レベルが高いと心血管・冠動脈疾患の発症リスクが有意に低くなることが示されています7)(抄録へ)。
― 今回の文献で,解釈の際に注意するべきポイントなどはありますか。
磯 スウェーデンの研究では,以下のように,男性よりも女性のほうが,牛乳の摂取量にともなう全死亡および心血管疾患死亡リスクの増加度が大きくなっていました。
摂取量がもっとも多いカテゴリーの多変量調整ハザード比(vs. もっとも少ないカテゴリー)
[全死亡]男性1.10(1.03-1.17),女性1.93(1.80-2.06)
[心血管疾患死亡]男性1.16(1.06-1.27),女性1.90(1.69-2.14)
この理由ですが,まず,女性のコホートのほうが観察期間が長く,さらに複数回の食事調査を行っているため,男性のコホートよりもデータの信頼性が高いことが考えられます。また,対象背景の表をみてみると,女性では,牛乳を多く摂取するカテゴリーほど,飽和脂肪酸と総脂肪の摂取量が明らかに多くなっていました。つまり女性では,牛乳に含まれる飽和脂肪酸や脂肪分が,血清コレステロール値などへの影響を介して心血管疾患の増加をもたらしている可能性があります。あるいは,今回は調査されていませんが,牛乳をよく飲むカテゴリーでは肉もたくさん食べる人が多いのかもしれません。本来は,多変量解析の際に飽和脂肪酸や総脂肪の摂取量でも調整を行い,その影響を除外すべきでしたが,いずれも調整因子には含まれていませんでした(抄録へ)。
― JACCの,牛乳の摂取頻度ごとの全死亡の多変量調整ハザード比をみると,男性では「月1~2回」,「週1~2回」,「週3~4回」,「ほぼ毎日」のすべてで,飲まない人に比した有意なリスク低下がみられましたが,傾向は有意とはなりませんでした(P for trend=0.09)。これはどのように考えればよいでしょうか。
磯 摂取頻度が高いほどリスクが低下する用量-反応関係があるというより,「飲まない人のリスクが相対的に高い」と考えられます。女性でも,「週3~4回」でのみ有意なリスク低下がみられており,明らかな用量-反応関係は観察されていません(抄録へ)。
JACCは,ベースライン時の質問票で食品の摂取頻度をたずねていますが,1回あたりの摂取量(ポーションサイズ)は調べておらず,因果関係についてこのデータだけで踏み込んだ解釈はできません。今後,頻度だけでなく量や,牛乳の種類(普通牛乳,低脂肪牛乳,無脂肪牛乳)を考慮した検討を行う必要があります。
また,今回は日本とスウェーデンのどちらの研究も,発症ではなく死亡のリスクを評価しています。とくに全死亡は,慢性疾患だけでなく,感染症などの急性疾患,事故,外傷などいろいろな要素が入ってくるエンドポイントであるため,慎重な解釈が求められます。
― 牛乳といえばCaの摂取源というイメージが定着していますが,日本人ではCa摂取量が足りていないとよくいわれます。
磯 牛乳に含まれるCaは,カゼインなどにより小腸での吸収が促進されるため,吸収率が約50%と高いことが知られていますが,伝統的な和食でCaの摂取源であった小魚,野菜,根菜類,大豆製品などに含まれるCaの吸収率は,10~30%程度です。そのため,日本では欧米にくらべてCaの摂取量が少ない状況が続いてきました。わが国における2013年のCa摂取量は男性520 mg,女性489 mgで8),男女とも,いまだ「日本人の食事摂取基準(2015年版)」における推奨量(成人男性で650~800 mg,成人女性で650 mg)9)にとどいていません。一方,米国では,1999~2000年時にそれぞれ966 mg,765 mgです10)。今回のスウェーデンの研究では,女性で733~1101 mg,男性では1239~1931 mgにもおよびます。
― すると,日本では欧米より骨折が多いのでしょうか。
磯 それが,そうではないのです。むしろ欧米にくらべると骨折,とくに大腿骨頭骨折は少ないことが知られています。骨折リスクに影響するのは骨密度だけではありません。たとえば欧米の人は,大腿骨の頸体角(大腿骨頸部と大腿骨骨幹部のなす角度)がアジア人よりも小さく,負担がかかりやすいために大腿骨近位部骨折を引き起こしやすいことが知られています。こうした解剖学的な人種差や,身体のバランス保持能,日常生活様式の違いなど,さまざまな要因が関与しているため,Caの摂取量の違いだけで骨折リスクの差を議論するのは無理があります。
― スウェーデンの研究では,骨粗鬆症や骨折の予防によいとして種々の食事ガイドラインで推奨されている牛乳が,ほんとうに骨折リスクを低下させるのか,ということが検討課題の一つともなっていました。
磯 欧米の人々に関しては,牛乳をたくさん飲めば飲むほど骨折リスクが減るわけではなく,心血管疾患リスクの観点からも,極端な飲み過ぎには気をつけるべきであるという示唆になると思います。なお文献の考察でも述べられているように,もともと骨粗鬆症を有し,骨折リスクの高い人が牛乳をたくさん飲むようにしていたという,因果の逆転の可能性は残ります。
スウェーデンの研究が掲載されたBMJ誌は,日常診療における医師の判断に役立つ文献を積極的に採用するというポリシーを公表しています。今回の結果は,一般にも広く認知されている,牛乳の「健康によい」「骨折予防によい」というイメージに一石を投じている点が,とくに興味深い研究結果だと判断されたのではないでしょうか。
― 最後に,あらためて今回の2つの研究から,日本人に向けてどのようなメッセージが読み取れるかをお話しください。
磯 牛乳は,さまざまな栄養素とともに血圧低下作用を有するCaを豊富に含み,さらに腸管でのCa吸収効率にも優れていますが,脂肪,とくに飽和脂肪酸を含んでいることも忘れてはいけません。
今回のJACCの結果は,日本人における牛乳の心血管疾患リスク抑制効果を示唆しており,本邦の既存の報告とも一致しています。ただし,全死亡リスクの低下がみられた男性の「月1~2回」という摂取頻度は決して多いものではなく,有意な用量-反応関係もみられなかったことから,単に飲む量を増やしてもメリットが増えていくわけではないと考えられます。したがって,これをうけてただちに牛乳を多く飲むべきとまではいえず,今後さらなる検討が必要です。
またスウェーデンの研究は,牛乳の摂取量の分布や食習慣,遺伝的・身体的特徴が日本人とは大きく異なる集団での検討であること,また解析手法に適切ではないと考えられる部分もあることから,この結果だけから牛乳が有害と決めつけてしまうのも短絡的といえるでしょう。
牛乳をはじめ,単一の食品を摂取するだけで特定の病気のリスクが明らかに低下するというのは考えにくいことです。むしろ,「牛乳を含むような食事パターン」や,「牛乳をよくとるような社会経済的状況(socioeconomic status: SES)」についても注目すべきなのかもしれません。このように,食事に関する疫学では交絡因子の制御が難しく,調査も解釈も容易ではないことを念頭に置き,複数のエビデンスを参考にしながら客観的に判断していただきたいと思います。
- 1) Kondo I, et al. Consumption of Dairy Products and Death From Cardiovascular Disease in the Japanese General Population: The NIPPON DATA80. J Epidemiol. 2013; 23: 47-54.(抄録へ)
- 2) Ozawa M, et al. Milk and dairy consumption and risk of dementia in an elderly Japanese population: the hisayama study. J Am Geriatr Soc. 2014; 62: 1224-30.(抄録へ)
- 3) Maruyama K, et al.; JACC Study Group. Dietary patterns and risk of cardiovascular deaths among middle-aged Japanese: JACC Study. Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2013; 23: 519-27.(抄録へ)
- 4) Umesawa M, et al. Dietary intake of calcium in relation to mortality from cardiovascular disease: the JACC Study. Stroke. 2006; 37: 20-6.(抄録へ)
- 5) Umesawa M, et al.; JPHC Study Group. Dietary calcium intake and risks of stroke, its subtypes, and coronary heart disease in Japanese: the JPHC Study Cohort I. Stroke. 2008; 39: 2449-56.(抄録へ)
- 6) Sonestedt E et al. Dairy products and its association with incidence of cardiovascular disease: the Malmo diet and cancer cohort. Eur J Epidemiol 2011; 26: 609-18.
- 7) de Oliveira Otto MC et al. Biomarkers of dairy fatty acids and risk of cardiovascular disease in the Multi-ethnic Study of Atherosclerosis. J Am Heart Assoc. 2013; 2: e000092.(抄録へ)
- 8) 平成25年国民健康・栄養調査報告. http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/h25-houkoku.html
- 9) 日本人の食事摂取基準2015年版. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000041824.html
- 10) Ervin RB et al. Dietary intake of selected minerals for the United States population: 1999~2000. http://www.cdc.gov/nchs/data/ad/ad341.pdf